表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
断章 紅の瞳
127/147

 

 それは本能だったのかもしれない。

 それが一体何なのか、彼には一切分からなかったが、ここで大人しく死を受け入れるようなことはなかった。

 明かりとして渡されていた懐中電灯――彼の持っているもので武器として扱えるのはただひとつ。

 体を起こすこともできない換気口の中では、まともな攻撃などできない。


「カッ――」


 大きく開けられた口だ。

 殴る必要はない。

 ただ、そのぽっかりと空いた口の奥に向けて、電灯を押し込んだ。

 それの手足は動きそうにない。

 口さえ塞いでしまえば、それは危険ではないと判断した。

 メキメキと、電灯のフレームが悲鳴を上げている。

 このままではいずれ、電灯は噛み砕かれてしまうのかもしれない。


 ここでこいつをこのままにして、後ろに這って戻ることはできるが。


「……」


 彼は側壁を軽く叩いた。

 音の様子では土に面しているということはない。

 街の換気口のほとんどは外に晒されているとはいっても、もしものこともある。

 これから彼がしようとしていることは、壁の外が空洞でなければできないことだ。


「ふっ!」


 狭い空間とはいっても、それは縦幅の話。

 横幅となれば、腕を振る余裕は十分にある。

 体を横に向けて、何度も、側面を叩いた。

 比較的やわらかいものでできている換気口は、人を乗せて歪むほどのものではないが、衝撃には弱い。

 数回繰り返すと、頼りない音を上げて外の世界に繋ぐことに成功した。

 見下ろしてみると、地上までは十数メートル。

 彼でなくても、人間ならば無事に降りることのできる高さではない。

 ずいぶんと大きな音がしたはずだが、だれも集まってきてはいなかった。

 落ちた換気口の薄い鉄板を、通りがかる人はだれも気に止めず踏みしめていく。


「……」


 街の本当の姿を見た気がした。


 彼は自分もそうしていただろうと考える。

 この街で生きるということはそういうことなのだ。

 この街の大人とは、そういう部品たちだけなのだ。

 彼らは人間ではなく、街を動かす部品以外にはなれないのだ。


 それは無意識だったが、彼は胸に手を当てていた。

 落ち着かない心音が、自分の生を確かなものだと教えてくれる。

 自分は部品ではないのだと、彼はもう知ってしまった。

 死の恐怖によって初めて、人間という生き物だと自覚した。


 決して、彼がしようとしていることは正しいわけではない。

 何も見なかったと、彼は目をそらして帰るべきだった。


 彼は換気口から身を乗り出してぶら下がり、体を揺らす。

 何度も、何度も。


「いっ!」


 化物のすぐ真下を狙って蹴りを打ち込む。

 すでに落ちてきた衝撃で歪んでいたからか、簡単に破壊することに成功した。

 ズルリ、と足だけがぶら下がる。

 放っておけば、そいつは下に落ちる。

 何も知らない部品たちが、そいつが落ちてきてどんな反応をするのか、彼にとってはどうだっていいことだ。


 目が合ったような気がした。

 それは一瞬だったが、落ちていく。

 肉の潰れる音がした。


 爆弾だ。


 彼は換気口に戻ると、それが落ちてきたところを覗き込む。

 足場を完全になくすのは、少し壊しすぎたかもしれないと反省しながらも、真っ直ぐ真上に続く換気口の先に、光を見つける。


 ああ、そんなはずはないと、部品これまでの彼は言うが――。


「空より上に何があるんだ?」


 空を這う換気口。

 それは空より上に繫がっていて――彼は登り始める。

 なぜ換気口の中に梯子があるのか、そんな簡単な疑問も浮かばないまま、彼はただ光を追っていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ