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「あーあー面倒臭い。なんだよこれ。あーあー汚ねえなあもう」
這うように暗闇を進んでいく。
「なに? なんで? あー終わらないよもう。くそぅ」
腰に付けてある箱からまた新しいものを取り出しては、彼はまたぶつぶつと文句を言う。
カタカタと何かが揺れる音がすると、彼はフードをギュッと引いて顔を隠す。
ひんやりとした空気が、体を撫でるように抜けていく。
「うーうー」
風がおさまったところで、彼は顔を上げた。
指先の感覚だけで、敵を認識する。
「なんだよもう。なんで俺なんかが、くっそ。絶対楽だって思ったのになあ」
唾液で湿らせた布を、壁に擦り付け――ただ前に進んでいく。
換気口の掃除。
それが彼の仕事である。
監視の目がないものだから、きっとそれは楽なものに違いない。
そう考えていた彼は、いざ掃除を任され始めてみたところで、自分の性格を思い出した。
汚れが嫌いなのである。
明かりも渡されているのに付けないのは、明るくしてしまい、隅々まで見渡せるようになってしまうといつまでたっても掃除が終わらないから。
汚れをみるとつい、綺麗にしてしまいたいと思ってしまう。
カタカタと音がして、ああ、またくるぞと彼は構えた。
しかしどれだけ待っても、刺すような冷たい風は流れてこない。
代わりに何かが落ちたような重い音と、わずかに体を揺らすほどの衝撃があった。
「ん?」
それほど遠くはないと、彼は判断した。
まだ汚い場所を進んでいくのは嫌だったが、何があったのか確認したほうがいいかもしれないと、先に進むことにする。
彼の目が暗闇に慣れてきたからか、先が少し明るく見えていた。
淡い青の光が、ぼんやりと見える。
「――――」
換気口はいくつかの建物をつないでいる場合もあると説明されていたため、それは繋がった建物からの光だと考えた彼は、ここにきて初めて、なんとなく明かりをつけた。
「カ――――」
街には多くの人間がいて、彼はその中の小さな部品にすぎない。
他より少しばかりズレている認識はあったようだが、排除されるほど逸脱した存在ではなかった。
彼は街の大人になる儀式を正式に通過し、ただの一部品として掃除をしていただけだ。
そのときまでは――。
「首が折れてるぞお前。なんで動けるんだよ」
頭の上に首があった。
足の裏が背中を撫でている。
目を離すことができなかった。
体が硬直してしまっていた。
迫る大きな口が、彼が部品ではないことを思い出させる。




