終
ああ、手が震えているわ。
――、――、――、――、――。
決して、彼が悪かったわけではない。
彼はまだ若い。
彼を見捨てたとしても、彼女は死に――彼を庇ったとしてもそれは変わらないだろう。
ならば、それなら自分が先に死んだほうがいいと思った。
彼の体を突き飛ばして、体に痛みを感じると自然と言葉が溢れていた。
それは彼に言ったのか、あるいは自分の子供達に言ったのか彼女自身にもわからなかったが、彼女はそうするしかできなかった。
死を覚悟して、彼に覚悟を強要させる。
きっと彼なら、子供達を助けてくれるかもしれない。
体に痛みはなかった。
泡が弾けるように、記憶が弾けていく。
泣き声が、体を響いている――。
彼は記憶を食い、眠りにつく。記憶を反復して、人間に近づいていく――はずだった。わずか数センチの雪の下。もう一つの肉がなければ。
顔に何かが流れている感覚があった。
なにかの飛沫が、彼の顔を汚している。
「カ――?」
喉に違和感があった。
何かが詰まってしまったように、うまく声が出せない。
目の前の光景が理解できなかった。
悲鳴をあげたくても、何の声も出なかった。
自分の体がもう自分のものではないことに気がついた。氷のように固まりつつある体を引きずるように家の外に飛び出す。
助けを呼ばなくては。
助けを呼ばなくては。
呼吸をするたびに、喉の結晶が擦れて音が鳴る。助けを呼べば、きっとなんとかなるだろう。
手を振る人影が、希望の光だった。
また目が覚める。
何度か首を振って、おぼつかない足取りで部屋を出た。
何度も足を躓いて、体を打つたび、彼は生きている感触を噛みしめた。
外に出ると、心地よい風が頬を撫でる。
吹雪は止みそうにないが。初めて自己を認識して土を踏んだ時も、こんな天気だったのかもしれないと歩みを進める。
どこかにいる自分を殺した――――を探し続ける。