15
もう間に合わない――。
ナナカは吹雪の中、その二つの躰を発見した。
基地からそこまで距離が離れているわけでもない。
探そうと思って外に出てから数分のことだ。
まだどこを探そうか考える前。
ほんの少しの距離だ。
いつか彼は死ぬだろう。
それはわかっていたことだ。
彼女も、ヤマキも。ノゾムという最後の人間がいつか死ぬことくらい――それはなんらかの外敵によって殺害されること以外でも――老衰によって死ぬことはわかっていたのだから。
自分たちが人間と同じように老いて死ぬのかどうかという疑問からは目を逸らしながら――。
老衰によって死ぬのなら、それは彼の人生を終えることだ。
それならば、ナナカもヤマキも、なにも考える必要などなかった。
それは仕方のないこと。
平和に残りの人生を過ごせたのだから、それを哀れむ必要はない。
赤く染まった雪が、次第に白くなっていく。
ナナカとヤマキの二人が考えてきたのは、こうして――彼の人生が切られてしまった場合のこと。
ずっと考えてきたことだ。覚悟が必要だった。
覚悟を押しつける必要があった。
「…………ぅ」
微かに息がある。
「――っ!」
間に合わなければよかった。
ナナカはそう思った。
間に合わなければ、なにも考える必要なんてよかったのに。
なにも、する必要がなかったのに――。
ナナカは上着の内側に隠すように持っていた瓶を取り出した。
淡い水色の液体。
それを人間が摂取すればどうなるのか、彼女は知っている。
「さあ、飲んで」
「…………」
もう彼に飲み込む力なんてものはなかった。
無理やり体に流し込まれていく。
黒く染まる彼の記憶が、何かに汚染されていく。
「がっ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
吐き出そうとする――拒絶する体を無理やり抑えて、それはまるで拷問のようだった。
痙攣する体が雪を抉る。
ナナカは腰に巻いていたベルトを抜いて、暴れる両手を固定させた。
「――――」
耳に刺さる声だった。
人を殺している感覚があった。
それは、あの人のしていたことと同じものだ。
ならば、これからすることも、あの人と同じことだ。
一際大きく体が跳ねた。
拒絶反応が途絶えたところを見計らって、ナナカはもう一つの躰に向かった。
ナナカに覚悟なんてものはできていなかった。
だからといってヤマキにできていたのかというと、もう死んでしまった彼のことはわからない。
どちらにせよ、こうなるとは想像できていなかっただろう。
ヤマキとナナカの覚悟。
もしノゾムの人生が切られたら、どちらかの記憶を差し出そう。
もしヤマキが生きていたとしても、彼ならば自分を犠牲にしたのかもしれないが。
「覚悟を決めて」
死人に耳はない。
聞いたのは、言葉を発したナナカだけだ。
ナナカは肩に止めてあったナイフを抜いて、少年のものとは思えない大人びた笑顔を浮かべるその表情を削ぎ落とした。