10
三人が共に生活を始めてどれほど時間が経ったか――。
日に日にエッジの姿は減り、いつのまにか、ガラス人間もいなくなっていた。
ノゾムは雪の降る空を見上げて、白いため息をつく。
もう彼が一人で外を歩いても平気だと思えるほど、平和だった。
もう全てが終わったのだと言われても、信じてしまえるほどに。
何も見つけられないまま時間だけが過ぎ、ただ今生きていくために食料を確保して――。
「……」
この時代にもし、あの恐ろしい生き物たちがいなかったとすれば、自分はそうやって生きてきたのだろうか。
ノゾムには想像ができなかったが、だとすれば今はいない家族たちと、それなりに楽しく生きていたのかもしれない。
つまり彼は、孤独を感じていた。
シェルターの存在を知った今、どこかに人間が生きている可能性はある。
しかし、あの危険生物たちから本当に無事で生きていられたのかがわからなかったのだ。
それにもし、その中の人間に女王が生まれたのであれば、他の人間が無事ではいられないだろう。
「寒い。帰ろう」
腕を摩って、帰路につく。
いまも基地で、ナナカとヤマキは調べ物をしているだろう。
ノゾムは一歩一歩、雪を踏みしめていく。
カチカチに固まった氷のような雪は、光を反射して目を刺激する。
「ん?」
こつんと、足に何かが当たった。
固まった氷にしてはなにか妙な音。
雪が少し盛り上がっていて、そこに何かが埋まっているのかと、そんなことが予想できた。
「……」
少しばかり興味がわいたノゾムは、雪を払いのけていく。
ほんの数センチの固まった雪の下に、鉄のようなものが転がっている。
一部が顔ををのぞかせたところで、それが何なのかすぐにノゾムには理解できた。
エッジである。
恐ろしくてこんなに近くで見ることはなかったわけだが――。
まるで中で蠢いているようだった複眼は、力を失い白く変色している。
ヤマキかナナカが破壊したものなのだろうと、目を離そうとして、その違和感に気がついた。
「銃痕?」
ナナカとヤマキによる破壊なのであれば、そんなものがつくはずもないが――。
二人より以前に銃で挑んだだれかがいたのかと考えたが、それは少し違うようである。
二人に破壊されたのであれば、エッジの体はそれなりに崩れているはずだ。
このエッジの残骸には銃痕が一箇所集中して残っているだけ。
これがエッジの命を絶ったものであり、つまりそれは、ノゾムの仲間である二人が倒したものではないということになる。
「――」
自分たちの他に戦っている人がいる。
ノゾムは急に体が軽くなった。
影が走る。
「二人に報告しよう。きっと、近くにだれかが来ているん――」
浮いていた。
「え?」
羽がある。
「お前――」
耳を塞ぎたくなる奇怪な音はなく、空気を震わす羽音もなく、鼻をつく刺激臭もない。
極限にまで抑えられた機械音。
赤い羽を広げた蜂のような何かは、尾の先からなにかを出している。
カチ――カチ――。
秒針が進むようにゆっくりと、その銃身は回転している。
動けないでいた。
少しずつ短くなっていく間隔。
それにつられてノゾムの鼓動も高まっていく。
なにをするべきだったのか――ノゾムはもうなにも考えられない。
雷のような一瞬の音と共に、ノゾムの体は宙に浮いていた。