10
扉の先。
影が部屋の中を走った。
「ハァ――ハァ――」
光の先、何かがいる。
幾つもの目が僕を捉えていた。
「人間っ!」
光の線――咄嗟に身を引く。
「お前!」
扉の外にまでそいつはこなかった。
鎖に繋がれ、扉より外には行けないようにされている。
「こっちに来い! 殺してやる! お前ら人間一人も残さず、殺してやる!」
伸ばされた手は扉を掴む――。
「何度わたしを裏切るのだ! 人間など誰一人も必要ない。わたしを二度も化け物に売りやがって! 体の中を知らないものに犯される感覚を、お前は知っているか! お前たちは知らないだろう! こっちに来い!」
白銀の手は焼けて爛れていた。
その姿は鬼のようだった。
顔はひび割れ、中から青みがかった肌色が見える。
人の肌だ。
白銀の皮膚の内側に、もうひとつ皮膚が存在している。
「君の生きていた時代、どんなことがあったのか知らない」
いくつもの橙色の瞳は、怒りに染まっていた。
手のひらから流れ出した血は、止まらない。
彼女の体は傷だらけだ。
ずっと足掻いてきたのだろう。
「あの扉に入ってきたものがいた。君たちはこの世界のずっと昔に生きていた人だ。資格のないものは追い出さなければならない。でも君は、外に出たかったんだ――」
侵入者に手を伸ばし、外に出た。
それはあの部屋の中にいた彼らが言ったことだ。
あいつは裏切ったと。
「この時代は今を生きる僕たちのものだ。君のわがままのせいで、君の望んだ通り人間はこの世界からいなくなろうとしているよ。身勝手だろ、そんなの。自業自得じゃないか。騙されたから怒るなんて、そんなの子供すぎる」
「お前は人間だ。お前の話は聞かない。わたしの体をいいように使って、彼奴はわたしの体を捨てた。もうすでにカウントダウンは始まっている。そうだな、このまま放っておけば人間は滅びる。わたしの復讐はそれで終わ――」
彼女は部屋の奥にまで戻る。
そのまま力を失ったように座り込んだ。
「……」
足音が聞こえた。
「――」
だれかがここにやってくる。
僕が感じていたものは死だった。
このままここにいれば、僕は死んでしまう。
「――」
足が動かなかった。
羽音ではない。
足音がここに向かっている。
「ふふ、ふふ、ふふふふ」
部屋の奥で座り込んだまま、そいつは笑っていた。
「貴方の女王はもうここにはいないわよ」
背筋が凍りつく。
人というには異常だ。
化け物というにも足りない。
白銀の羽、青みがかった肌。
汚れたマフラーに、そして所々が破れた人間の服を着ている。
頭から突き出た二つの何かは、音に反応したのかゆらりと揺れた。
「そうか――」
目の前に立っていた。
目が離せなかった。
死はそこにあった。
手を伸ばせばすぐに届く。
握っていた蜂の腕を落とす。
からんと乾いた音を立てた。
「――」
掌が顔のすぐ前まできていた。
蜂の腕のことはすでに頭から消え去っている。
体が揺れていた。
自分を支えていたものが崩れ落ちていく――。