表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
6章 Mother
105/147

 

「そこだ――」


 その場所にたどり着くまで、僕とコトコは蜂に出会わなかった。

 巣の中を見回るような蜂がいなかったのだ。

 まるで侵入されているのを知らないようだった。

 だからこそここまでこれた。

 何の戦闘のないまま、二人揃って。


「……」


 その場所に行くことには勇気がいる。

 扉の前に6匹の蜂。

 コトコひとりではどうしようもできない。

 彼女にはまだ、あの蜂を破壊することができない。

 しかし、あの扉の先にはいかなければならない。

 ここで立ち止まっていても、なにも進まないのはわかっていた。


「――」


「な……!?」


 蜂の前を横切り、男が部屋の扉を叩いている。

 蜂は彼のことを襲おうとしていない。

 蜂と人が共存しているその光景は、あまりに衝撃的だった。

 そんなこと、あるはずがない。

 この建物がいくら人間的で、人間がいるかもしれないとそんな可能性を感じていても、この光景だけは信じられなかった。


「どうする?」


「いまの男が出てくるまでは中に行けない」


 なんとなく感じていた。

 あの6匹の蜂をどうにかして扉の先にいけるのは一人だけだ。

 中に目標と別に人間がいては困る。

 既に複数人中にいたのであればそれは諦めなければならないが、少なくとも確定している二人の状況で飛び込むのは無謀だ。


 扉を睨みつけ、ただ時が過ぎていく。

 自分の呼吸の音がうるさかった。

 息を抑えると今度は心臓の音が響く。

 建物内の音には既に慣れてしまい、聴覚は完全に麻痺してしまっていた。

 ただ自分の音だけが聞こえる。

 それが苦痛だった。


「わたしが引き付けるから」


「いや、その仕事は僕だ」


 あの扉の先、そこになにがいるかわからない。

 ただそれが人間であっても、人間でなかったとしても、僕にはどうもできない。

 武器代わりに持ってきた蜂の腕。

 墓場にあったものをそのまま持ってきたのはよかったが、それだけでどう戦えば良いのだ。

 針を避けて――あの鋭い腕を避けて――イメージができなかった。

 自分の体が震えていた。

 額の汗が鼻筋を伝う。

 気持ちの悪さに袖で拭い、また扉に視線を向ける。


「……」


 扉が開いた。

 男が出てくる。


 時は来た。

 僕が先にいかなければ、僕が先に飛び出さなければ、コトコはすぐに行ってしまうだろう。

 先に飛び出したほうがあの蜂の標的になる。

 行かなくては――。


「コトコ」


「……なに?」


「楽しかったよ。お前と会って、琴子に会って」


「わたしも、すごく。記憶こころの底からそう思ってる」


 震えが収まる。

 男は既に下に降りて行っていた。


「英雄とか、そういうのはもういいさ。きっと僕はここで死ぬ。あいつらに傷一つつけられず、僕は死ぬだろう――」


 僕は立っていた。

 陰から飛び出し、蜂に向かって走りだす。

 静かに感じていた羽音が、急に激しくなった。

 気が付いた蜂が一斉に襲いかかってくる。

 なにもできなかった。

 避けたはずだったが、弾き飛ばされるように壁に打ち付けられていた。

 針は僕を向いている。


「――」


 これでいい。

 針はすべて僕が受ける。

 彼女は先に進めるだろう。

 重くなる瞼。僕の視界は閉ざされた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ