8
「そこだ――」
その場所にたどり着くまで、僕とコトコは蜂に出会わなかった。
巣の中を見回るような蜂がいなかったのだ。
まるで侵入されているのを知らないようだった。
だからこそここまでこれた。
何の戦闘のないまま、二人揃って。
「……」
その場所に行くことには勇気がいる。
扉の前に6匹の蜂。
コトコひとりではどうしようもできない。
彼女にはまだ、あの蜂を破壊することができない。
しかし、あの扉の先にはいかなければならない。
ここで立ち止まっていても、なにも進まないのはわかっていた。
「――」
「な……!?」
蜂の前を横切り、男が部屋の扉を叩いている。
蜂は彼のことを襲おうとしていない。
蜂と人が共存しているその光景は、あまりに衝撃的だった。
そんなこと、あるはずがない。
この建物がいくら人間的で、人間がいるかもしれないとそんな可能性を感じていても、この光景だけは信じられなかった。
「どうする?」
「いまの男が出てくるまでは中に行けない」
なんとなく感じていた。
あの6匹の蜂をどうにかして扉の先にいけるのは一人だけだ。
中に目標と別に人間がいては困る。
既に複数人中にいたのであればそれは諦めなければならないが、少なくとも確定している二人の状況で飛び込むのは無謀だ。
扉を睨みつけ、ただ時が過ぎていく。
自分の呼吸の音がうるさかった。
息を抑えると今度は心臓の音が響く。
建物内の音には既に慣れてしまい、聴覚は完全に麻痺してしまっていた。
ただ自分の音だけが聞こえる。
それが苦痛だった。
「わたしが引き付けるから」
「いや、その仕事は僕だ」
あの扉の先、そこになにがいるかわからない。
ただそれが人間であっても、人間でなかったとしても、僕にはどうもできない。
武器代わりに持ってきた蜂の腕。
墓場にあったものをそのまま持ってきたのはよかったが、それだけでどう戦えば良いのだ。
針を避けて――あの鋭い腕を避けて――イメージができなかった。
自分の体が震えていた。
額の汗が鼻筋を伝う。
気持ちの悪さに袖で拭い、また扉に視線を向ける。
「……」
扉が開いた。
男が出てくる。
時は来た。
僕が先にいかなければ、僕が先に飛び出さなければ、コトコはすぐに行ってしまうだろう。
先に飛び出したほうがあの蜂の標的になる。
行かなくては――。
「コトコ」
「……なに?」
「楽しかったよ。お前と会って、琴子に会って」
「わたしも、すごく。記憶の底からそう思ってる」
震えが収まる。
男は既に下に降りて行っていた。
「英雄とか、そういうのはもういいさ。きっと僕はここで死ぬ。あいつらに傷一つつけられず、僕は死ぬだろう――」
僕は立っていた。
陰から飛び出し、蜂に向かって走りだす。
静かに感じていた羽音が、急に激しくなった。
気が付いた蜂が一斉に襲いかかってくる。
なにもできなかった。
避けたはずだったが、弾き飛ばされるように壁に打ち付けられていた。
針は僕を向いている。
「――」
これでいい。
針はすべて僕が受ける。
彼女は先に進めるだろう。
重くなる瞼。僕の視界は閉ざされた。