5
蜂が飛び出した。
一匹が動くと、他の蜂も同時に動き出す。
コトコは一歩後ろに体を引いた。
構えたというよりは、怯えて後ろに下がっただけ。
「針だけを避ければいい! それ以外には――」
転がって避けてみると、すれ違いに触れた伸ばされた腕――ぱっくりと、服が切り裂かれている。
「う、腕もだめだ!」
「わかったから、黙ってて!」
片手で飛び込んでくる蜂を払って、コトコは今度こそしっかりと立った。
彼女が戦えなければ、この先には進めない。
遺跡の中でなくしてしまったスーツを思い出す。
あれがあればもしかすれば、こうして襲われることもなかったかもしれないのに。
コトコは蜂の突撃を弾き返すことはできるが、しかし破壊とまではいけないようだ。
まだ勢いに押されたまま、前には踏み出せないでいる。
僕はその姿を後ろで眺めて、外を見下ろした。
ヤマキはまだ外の蜂を相手にしている。
彼をここに呼ぶことは不可能だ。
「――!」
と、ヤマキがだれかに向かって叫んでいた。
なにを言っているかはわからないが、僕に言っているわけではないようだ。
少しでも蜂の気を自分に向けさせようとしているのか。
「うっ」
コトコの腕から血が飛ぶ。
青みがかった血だ。
だめだ。
やはり彼女にはまだ、蜂を相手にすることはできない。
僕はこうして眺めていることしかできない。
戦うことはできない。
彼女を抱え上げて巣から飛び降りることを考えた。
その逃げは先につながらない。
ここより先に進まなければ、なにも始まらない。
「――ふぅ」
跳躍。
ヤマキの側を走り抜け、たった一度の跳躍で数メートルを飛び上がってきた。
ぶかぶかの衣服。
大人のものを無理やり着ている。
とはいっても、彼のもつ雰囲気は負けていなかった。
蜂を目の前にしてもまったく動じない。
「ヤマキに話は聞いた」
「君は」
「おれのことはいい。先に進むんだろ」
なんとか蜂の相手をしていたコトコの首を掴み、僕の方へ投げる。
と同時、彼は踏みつけていた。
土などを固めて作られた巣。
彼らほどの力なら、穴をあけることくらい容易だった。
「おれはただ、お前たちを助けてやってくれと言われただけ。だからおれがしてやるのはここまでだ」
「ノゾム!」
起き上がったコトコに引き連れられて、無理やり開けられた穴に飛び込む。
目標はおそらく上だが、いまはまず敵の目から隠れなければ。
「ありがとう、道城さん!」
合っている確信はなかったが、そう言うと彼は笑った。
僕たちが飛び降りた後、彼は襲いかかってくる蜂を連れて巣から飛び降りていく。
ひとまず、急に起きた危機からは免れた。
とはいえ――
「う……」
「大丈夫かコトコ」
破かれた服をそのまま引き裂いて、傷口に当てる。
治療方法なんて知らない。
僕には、そんなことすらできない。
「大丈夫、刺されてないから」
もう一度蜂と出くわしたらどうすればいい。
また彼女を盾にするのか。
そうしていればいつか、彼女は倒れてしまうだろう。
そうなれば、僕は死ぬ。
僕が彼女を守れば、僕は死ぬ。
巣が揺れていた。
もう一度飛び上がり始めたのだ。
もう降りることもできない。
登っていくしかない。
この巣の中、何があるのかもわからない道を。
「なんで泣いてるの」
「わからない」
「そう、なでなでしてあげよっか?」
「いいよ、熱いだろ」
コトコは吹き出し、笑い声をあげる。
「恥ずかしいから嫌とかじゃないんだね」
ぽん、と頭に手を置かれると、なんだか落ち着いた。
彼女には力がある。
だけどまだ勇気が足りていない。
少しでも彼女の力になるためには、僕も戦おう。
共に立ち向かって、それが彼女の勇気に繋がるのなら――。