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湖の側でその時を待っていた。
湖はやはり凍っていて、おそらく割れても人の重さには耐えられそうである。
耐えられなければ、それはそこまでの話だ。
「ヤマキには飛んでいるあいつらの気を逸らして欲しいの。そのうちにわたしたちはなかに行くから。無理はしなくていいからね」
「わかった。まあ、俺がついていっても目的がないからな。俺は適当にあいつらを引きつけて、あとは帰る。別に倒さなくてもいいってことなら楽な話さ」
巣が湖に着く直前だった。
ヤマキは僕の顔を見る。
「あんた、人間だろ。だが、もういい。そのおちびが必死に隠してるから仕方なく騙されていてやったが、次会った時におちびがいなかったら殺してやるよ」
「……そうか」
彼なりの励ましに聞こえた。
僕は頷く。
「ヤマキ、囮をさせるようなことを頼んで悪い。でも、約束する。コトコは僕が最後まで守る。だからお前も――」
「ほら、いくぜ」
氷の割れる音。
ヤマキは影から飛び出していた。
割れていく氷の上を、ヤマキは走っていた。
飛び込んでくる人影に気づき、飛んでいた蜂が一斉に彼に向かう。
「いくよノゾム!」
コトコが飛び出すと同時に、僕も走り出していた。
ヤマキは巣の外周を走り僕たちが入る方向から意識をずらさせている。
「コトコ! あそこだ!」
氷から高さ数メートル。
穴が空いていた。
そこが入り口だ。
しかし、そこまでの高さに飛び上がることはできない。
まだ完全に降りてきていたわけじゃないのだ。
すこし飛び出すのが早かったかと後悔しつつも、もう引き返すことはできなかった。
「う、うあああああああ!」
コトコは氷面を叩いていた。
ひびの入った氷は、簡単に割れる。
割れ目に手を入れたと思うと、コトコは氷を抱え上げ――
「ノゾムぅ!」
コトコの声に振り返り、彼女の元に走った。
「いくよ!」
おおよそ1メートルほどの氷の塊を巣に投げつける。
コトコは僕を抱え上げて氷に向かって飛び上がった。
氷は巣にぶつかり――しかし、穴を開けることはできていない。
「コトコ、空いてないぞ!」
「だいじょう、ぶ!」
巣に刺さった氷を踏み台に、コトコは入り口まで飛び上がっていた。
第一の問題、突破だ。
「KA――」
入り口にはいまにも飛び出そうとしていた蜂たちが、うじゃうじゃと待っていた問題は、初めの想定にはなかったわけだが。
「どうするノゾム」
「……こんな言葉を」
「はいはい。いいよ、わかった」
下がってて、とコトコは僕を庇う。
鼻をつく刺激臭にはやはり慣れない。
針から滴る濁った液体――鈍く光る尾の先は間違いなく僕たちに向けられていた。
コトコの足は震えている。
力があることはわかった。
ただ、立ち向かう勇気と力は関係のないものだ。
彼女は初めて、蜂に立ち向かう。




