9 崩壊
「大丈夫か! 恵美!」
彼が走り、倒れたまま動かない彼女のもとへと急ぐ。
「う、うう」
瑛士もつられて歩み寄る――
「手をどかせ! 治療するから!」
無理やり彼女の傷口を抑える手をどかす――そこには白い肌、女性特有の綺麗な肌だった。
あるものから目を離せば――だけれど
「そ、それ……さっき刺された場所だよね……」
奈々嘉が声をあげる。
その傷口には薄く膜が張り――少しずつだが確かに、結晶化が進んでいた。
「ガラス……」
瑛士はついそう口にしてしまい、慌てて口を塞いだ。
「嘘だ……嘘だ……」
佐上はその傷口を見て同じ言葉をひたすらに紡ぐ。
ずっと考えていたことがあった。
ガラス人間はいったいどこからきたのだろう。
ガラス人間に襲われて、襲われた人間もまたガラス人間になってしまうのなら、茜は死んではいなかったはずだ。
「はやく治し……て。痛いかかよ兄さかかかかかん」
「あぁ……」
佐上は銃を握って
「待て! 佐上!」
銃を握る彼の目には涙――銃を握る腕を掴んだはいいけれど、瑛士は彼になんと言えばいいのかがわからない。
なにも言えない。
どうしたらいいのかがわからない。
恵美――彼女の傷口から垂れる水色の液体は、あの蜂の尾から出ていたものと似ていた。
その液体はみるみるうちに個体となり、ガラス体のように、透明なものと変わっていく。
それを見て、佐上の銃を握る手がさらに強まった気がした。
あの蜂の毒が、ガラス人間を生んでいたのだ。
いまやっと、瑛士は理解した。
「なんとかなる。だから――」
「なんとかなるわけないだろ……お前も分かっているだろ……」
もう助からない。
彼は口にはしなかったが、確かにそう言った。
「にかかかかかかかかか――さかかかかかかかか――かっ」
誰かが悪いとか、そういった話ならまだましなのかもしれない。
どこかに怒りを向けられるだけで、それだけで人間というものは生きていけるのだから。
どこに向けていいのかわからない怒りは、関係のないなにかにぶつけることしかできない。
それは隣にいるだれかかもしれないし、あるいは自分自身かもしれないし。
そうやって結局は、人間という生き物が怒りという感情を抑えることなんてできないのだとわかる。
銃声は二回――。
もう何が起こっているとか、そういったことは理解しようとは思わない。
生きていく、ただそれだけを望んでいるだけなのだ。
彼女と共に――奈々嘉と共に――。
もし怪我をしたのが奈々嘉だったのなら、自分はどうしたのだろう。
瑛士はそう考えて、嫌になって目を瞑って――現実を見る。
倒れていくひとりの男の姿を見据えた。
彼がとったその行動は決して褒められたものじゃないし、見習いたいなんて思いたくもないけれど――。
「ははっ、ざまあみろ! 生かすために逝かしてきた結果がこれか!」
「瑛士くん……」
「そうやって結果自分を殺すんだ! 生きるために殺している僕の方が正解だった!」
「瑛士くん――」
「結局妹も守れず、自分も守れず、なんて格好悪い奴なんだ!」
「瑛士くんっ!」
背中になにかがぶつかって、体の前に手が回される。
背中から伝わってくるほのかなぬくもりが、やけに心地よい。
「どうしてそうやって死ぬんだ……どうして……」
その涙は悲しいというより、悔しさからだった。
頬に張り付いた血の飛沫は赤い線を作って頬を流れる。
力が抜けていく
「あ――」
疲れが来たのだろうか。ずっと休めていなかったのが今になって、睡魔となって襲いかかってくる。
「大丈夫。ゆっくり寝ていいよ」
瑛士はその声に安心してゆっくりと目を閉じた。