第八章:無力の二人
朝に出発し、もうすでに5時間は経過している。今もうす昼というところだろう。
レイス率いるライル正規兵・傭兵構成員は、遂にバーデンの町にたどりついた。
町は随分さびれており、にぎやかなのは遠目に見えるバーデン城だけだった。どうやら、このバーデンの領主の悪評は本当らしい。
町の人間は、商売人が所々座り、客をただずっと待っている。他に人は殆どおらず、
客も来ず商人たちは痩せている。
敵の領地とはいえ、シンはだんだん腹が立ってきた。この領主に呆れた。
一行はバーデン城のお偉いさんになりすまし、門をくぐるとバーデンに簡単に侵入できた。
それから少し馬で歩く。……バーデン城は、目の前にそびえたっている。
そこからレイスは声を荒らげた。
「突撃ィィィィィィィ!!!」
その掛け声に少し遅れ、兵たちも鬨の声をあげ、破城ついで城門を突く。突く。
すぐに城門は壊れ、兵士たちは城内に突入した。
バーデン兵とその領主は、毎日城で酒を飲み豪遊している。当然ビックリして、酔っ払って、
戦えない状態だ。だが、さすがに将までそうであるとも思えない。
だからきっと、慌てた城主はまず真っ先に将を正門へ向けるはずだ。今のうちに、
傭兵団は裏口にまわっている。
レイスの予想通りだった。
「な、なんだ!? て、敵襲! マグラガン! さっさと正門に行かんか!」
ありえない慌てぶりで、名前不明の城主はその城で最も強い将・マグラガンを正門へ向けようとした。だが、将は城主とは違い、至って冷静だ。
「まあ落ち着きなさい、主よ。いくら弱小国家の一隊とは言え、そんな正面から突っ込むことはありますまい。私は裏門を見てきましょう。他の将兵を正門に向かわせるのです」
貴族のような喋り方のそのゴツい将は、そのあと慌てる城主を横目にさっさと裏門へ向かった。
その頃シンとグルイドを含む傭兵団員たちは、数多の敵を蹴散らし、裏門まで到着していた。
あと少し。あと少しの兵を打ち倒せば、城内に入ることができる。入れば勝てる。そんなときだった。
「困りますなぁ。人の城でこんな挟み撃ちなど……」
シンの真後ろから声がした。怪しい声。シンはすぐにそれが敵であることを確信した。
「! 誰だ!?」
シンは振り向き、そのまま後ろに飛ぶ。幸い、一緒に戦っていたグルイドが、そこの敵は全滅させていた。
さすがである。
「誰だとは……、客の癖に生意気な。まあ、貴方には関係ありません。ここで死ぬのですから!」
急に怪しいオーラが殺気にかわり、シンはビックリしてまた後ずさり。そしてグルイドの肩の鎧に
コンと当たり、グルイドも振り向く。
「どうした? シン……」
「危ねぇ!!」
振り向いたグルイドのすぐ目の前に鋼の槍が突き立てられ、今突かれるというそのとき、
シンがとっさに飛び込み助ける。マグラガンはシンではなく、その後ろのグルイドを背後から狙おうと
していたのだ。しかし、シンの助けで鋼の槍は空気を貫くことになる。シンの頬にかすり、血が出る。
「くそっ……」
シンはピッと頬を親指でこすり、血をなめる。傷口がビリビリする。
なんとなく腹の立つ野朗だ。そう思ったシン。怒りに任せて己の槍をマグラガンに向かって放つが、
軽々と避けられた。
「なんと面白みのない突き方……」
マグラガンは見下したような目でシンを見ると、大きな槍を一振り。シンは避けるが、後ろに倒れ、
しりもちをつく。その後ろから、またグルイドが掛け声をあげて剣を振り回す。
だが、マグラガンは華麗にかわし、受け続け、連撃を完全に受けきった。
「やはり……。貴様らの戦いには美学がない」
「ぐっ……」
そるとグルイドは後ろに退き、シンと2人で構える。
「さあ! 弱者よ! 死ぬがいい!!」
なんの説明もないまま、マグラガンは2人に襲い掛かろうとした。だが、そこであることに気がついた。
――味方兵が……全滅している!?
そう、シンとグルイドがまるで最初から戦力外だったかのように、残りの団員だけで
すでに裏門周辺の敵を全滅させていたのだ。辺り一面、死体だらけ。
生きて立っているのは、ライル傭兵団ご一行と、マグラガンだけだった。
「しまった!」
マグラガンはベタな叫び声をあげ、すぐさま逃げ出そうとする。だが、もう囲まれている。
やっと気づいたようだ。マグラガンは、自分の力を過信していたことに。裏門に、自分独りで行っても
意味などなかった。
「で、どうする気?」
「こんな奴に時間かけんなよな」
ベグオンのマグラガンへの問いかけと、ジェイクのジョークが少し時間差で放たれた。
マグラガンは高く飛び上がり、城門の上の屋根に飛び乗り、走っていった。一時撤退というやつだ。
「さ、行こうぜ!」
ベグオンが一言言うと、団員たちは「おー!」と声をあげ、城内になだれ込んだ。
シンたちは団員たちの強さに唖然としていたが、すぐに「お、おー!」と掛け声をあげ、一緒に城内に進入した。
シンたちが裏門から城に入った頃には、敵兵たちは慌てふためいて降伏。城内はもう制圧したと言って
いいほど静かになっていた。ライル騎士団の看板に、偽りなしである。
「は、はえー」
「想像以上だな、シン……」
2人は呟く。だが、まだ戦いは終わってないことを傭兵団員たちは知っていた。
そうだ。マグラガンだ。あいつはまだ降伏なんかしちゃいない。それは誰もがわかった。
そのとき、城の天井が急に大きな音をたて、崩れた。綺麗に加工された石の天井の破片が、
ガラガラと降ってきて、上にポッカリと大きな穴が開いた。
「な、なんだ!?」
「あれを見ろ!」
兵たちのそんな声が飛び交う中、シンは顔を上げ、空を見た。
そのとき、聞き覚えのある貴族っぽい声が空から降ってくるように聞こえた。
「ははははは!! 調子ずきおって、ライルの小僧どもめ!」
やはりだ。マグラガンは諦めちゃいなかった。
しかも、小型の竜のような生物にまたがり、上空を飛び回っている。
「な、なんだ!? ありゃあ!!」
シンが疑問を大声で叫んだ。それにレイスが答える。
「あれは『上竜』……。ただ人間が空を飛ぶのが目的で、特殊な薬を服用した竜だ。厄介だな」
偉く詳しいようだ。まあ、それについてはいろいろ調べていたのだろう。
「竜に薬使って改造か……。気にくわねぇぜ! 降りて来い!」
「くかーっかっかっか!! 馬鹿め! 降りて来いと言われて降りてくる馬鹿がどこにいる!?」
まさにそのとおりだ。降りてくるわけがない。
マグラガンは、大きく冷静な声で言った。
「おい、そこの小僧ともう1人のお守り野朗! どっちか来い!」
『お守り野朗』というのは腹の立つ挑発だ。グルイドが「なにおう!」と言いかけたときだった。
「なめやがって!」
シンが、普通じゃないようなとんでもない跳躍力で天井の穴を飛び越え、その上に着地した。
周りのライル兵たちも、思わず「おお」と声をもらす。
「くく……まずはお前か……」
マグラガンの挑発は尚も続く。シンは舌打ちして、槍を向ける。
「行くぞ!」
そう言った瞬間、シンは上空のマグラガン目掛けて走り出した。マグラガンの斜め下で飛び上がり、
遥か上空のマグラガンの上竜の羽を斬ろうとするが、避けられる。
「ほう、まず竜を狙うか」
マグラガンは関心したように言った。シンは気に食わない。
「この!」
「だがやはり単純だ」
シンがもう一度飛び上がると、それとすれ違いにマグラガンは急降下し、シンの槍は空ぶる。
「……は?」
「とった!」
シンが呆気に取られている間に、マグラガンはなんと、天井より下、城内のグルイドを狙い突進していた。
「しまっ……」
気づいたときには遅かった。ベグオンとレイスの、「危ない!」という声も虚しく消え、
グルイドは体を反らしたが、わき腹に槍が刺さってしまった。
「がっ……」
グルイドは声も出ないような状況になり、槍に貫かれてその場にドサッと倒れこんだ。
「グルイドーーーーーー!!」