第三章:破られた誓い
「ふん! 口じゃなんと言おうと、この人数相手に一人で何ができる!? やれ!」
マーゼレンの合図で、兵たちは待ってましたとばかりにシンに一斉に襲い掛かる。
シンも勇ましく、敵兵から奪った槍を振り回す。その見事な槍さばきに、マーゼレンの兵たちはどんどん打ち倒されてゆく。
「ぐっっ……! そんな小僧一人になにをやっておる! さっさと片付けんか!!」
と、武器の一本も持たずに指を差すマーゼレン。周りの兵を怒鳴りちらしてはいるが、自分は
戦う気はないらしい。まあ、一応君主のようだから仕方あるまい。
「グルイド! 何しとる! お前もさっさと行け!」
「はあ……、しかし、一人相手にこの人数では……」
「うるさい! わしに口答えする気か!!」
そう言って、嫌がるグルイドも無理やり行かせる。
そのグルイドの様子を察したシンは、兵を蹴散らしながらズンズンとグルイドの方にむかう。
マーゼレンはサッと大柄なグルイドの後ろに隠れ、「やれ」と小声で合図する。
「かあっ!」
シンが遂にグルイドの目前の兵を一突きし、殺した。そして、グルイドの前で足をとめる。
周囲の兵は、ビビッて後ずさりしている。兵の訓練はなっていないようだ。
二人のにらみ合い。まあ、グルイドの方は汗を額から流し、あまりその気じゃないようだが……。
「いくぞ!」
「こ、こい!」
シンはグルイドに打ちかかる。何度も打ち合っているが、決着がつかない。
ガンガンと槍と剣のぶつかる音がたえない。周りの兵も魅入っている。しかし、どこか雑な
戦い方の二人。打ち合いながら、シンが言う。
「なんでそんな奴の下についてんだ」
「お前には関係ないっ!」
シンが何を言ってもグルイドは聞く耳を持たない。
しかし、絶対にグルイドは悪い奴には見えない。そう確信したシンは、まだ戦いながら話を続ける。
「なんか恩でもあんのかよ!?」
「うるさいっっ!」
「これ以上尽くす必要があるっつうのか!??」
「黙れえええ!」
シンの言葉が逆鱗に触れたのか、その一瞬でグルイドが怒り出し、気合をこめた一撃。
剣を力強く横に振り、シンの……いや、シンが敵兵から奪った槍が折られてしまった。
「このボロ槍……!」と、槍を非難するシン。それに、剣を振り回して言う。
「終わりだな……」
そういいながら、グルイドの目はだんだん悪魔のようになってゆく。心を鬼にしようとしている
のだ。
「いいのかよっ、そんな奴のために……」
「黙れと言っている!」
そう怒鳴ってグルイドが最後の一撃を振り下ろそうとしたときだった。
ドスッ……と音が鳴り、辺りは静まり返る。見ればなんと、シンがグルイドの大きく開いた股に、
強烈な膝蹴りを入れたのだ。
「ふぐぅ……」と声を出し、剣を落として崩れるグルイドに見かねたマーゼレンだが……。
「もうよい! グルイド!」
マーゼレンのやかましい怒声が建物中に響いた。
その真横には、重そうな沢山の鎧兜に身を包んだ巨大な兵。
「ぐふぅ……、マーゼレン……様……?」
「もうよいと言っている! さっき、援軍を要請したところ、ガキ一人なら十分だと、
この重装兵を一人よこしていただいた!」
「ちっ」と、シンも舌打ち。グルイドは、まずそうな顔をしている。
「この男一人で将軍レベルの力をお持ちになるらしい! もはやお前に勝ち目はない!」
マーゼレンが言った瞬間、その重騎士がシンに襲い掛かった。しかし、あまりに大振りで、
シンはあっさり避ける。だが、いくら避けようと、武器を持たないシンに、この重騎士は倒せない。
さっきのように、金的を入れることもできないのだ。
「クソ……!」
シンはすかさず兵の死体から槍を奪い、襲い掛かる。だが、固い鎧に傷ひとつつけることもできず、その槍もまた折れてしまった。
「ははは! そんな非力な一撃では、傷ひとつつかんぞ!」
重騎士は、大槍を振り回しながら怒鳴る。そしてシンが疲れて、もう動けなくなったところで、
重い一撃をはなった。そのときだった。
「受け取れ! シンとやら!」
その声が聞こえた瞬間、シンの方に一本の大槍が飛んできた。
グルグルと回りながら飛んできた槍はジークの……もとい、シンの槍である。
そして投げたのは…………兵士グルイド。
「なっ……!?」
「! ……お前!」
シンは驚いたが、迷わずその槍を受け取る。重いその槍を片手でキャッチしたとき、
シンの腕が以外に筋肉質だったことがわかる。
一瞬驚いた重騎士だが、自分の一撃の威力に任せ、一撃。しかし、体重をめいっぱいにかけた
そのすさまじい一撃を、シンは槍を片手で持ち、見事に受け止めた。
「へへっ……持つだけで気合が入るぜ!」
「なにっ……」
「オルァー! 死にやがれええ!」
次の瞬間シンが放った一撃は、驚くほど強く、重騎士の鎧を砕き肉体を切り裂いた。
騎士は叫び声をあげ、胸から下腹部にかけて血を噴出し、倒れた。これは確実に死んだ。
実際先ほどの雑兵の槍は、結構強い槍だった。その槍でも傷ひとつつけられなかった鎧を、
父ジークから受け継いだ槍は切り裂いた。ちなみにシンの大槍は、横にも刃がついていて、
突くことも斬ることもできる赤い槍である。
ドシャッと音がし、倒れた重騎士の後ろには、さっきまでずっと隠れていた腰抜けが立っていた。
あわわと本当に腰が抜けかけたが、頑張って立っている状態のおっさんマーゼレンである。
「な、何故だグルイド! わしから受けた恩を忘れたか!!」
おっさんは必死だ。しかしグルイドはもう忘れたという顔だ。
「恩……? いったいどういう……」
「身寄りのない俺を……拾ってもらった」
「そんだけか? つまんねぇなぁ……」
マーゼレンは見誤った。グルイドは忠義の士だ。だが、同時に正義の心を持つ。
こんな暴君に、最後までついてくるわけがなかったのだ。
「く、くそっ……! くそっっ……!!」
そう言ってマーゼレンは奥へ走り出した。「あ、待て!」とシンは右手を前に出す。
しかしグルイドはそれを止める。
「あいつをほっといていいのかよ!?」
「まあ、待て。……俺は奴の兵器と化した化け物の存在を知っている……。
今は逃げた方が……」
グルイドがそう言ったときだ。奥から大きな音がして、建物が崩れだした。
グオオオオオォォォォォォ
大きなうめき声のようなものが聞こえ、建物内に振動がなる。
同時にガラガラと崩れだし、天井からは粉のようなものが降ってくる。
「な、なんだ!?」
「まずい! 奴の最終兵器、それは……」
グラグラとゆれる廊下で、ほとんどの兵士は逃げ出していた。
グルイドが話している途中、より大きく揺れて口を閉じる。やがて奥から現れたものは……。
「竜だ!!」
叫び声と同時にその生物は姿を現す。
硬い鱗におおわれて、真っ黒で巨大な体に大きな翼をはやす。
尾は長く、巨大な鞭のように扱ってそこらじゅうの残兵たちをなぎ払っている。
辺りはまがまがしいオーラに包まれ、兵たちは一目散に逃げ出す。
「な……!? なんだありゃあ!?」
飛んでくる石から顔を守りながら、シンが必死に叫ぶ。グルイドも、竜に背中を向け、顔や急所を守りながら言う。
「あれはマーゼレンがグレール王国の王・レイスから貰い受けた兵器、『腐竜』!
その存在を知る者は、グレールの一部の人間のみ! 私もマーゼレンの護衛隊長として、
秘密裏にその存在を明かされた!」
グルイドが説明し終えたころには、巨大な腐竜の全貌が明らかになる。
目は不気味に白い。その頭から首を伝って見てみると、その上に偉そうに立っているのは、
マーゼレンだ。
「グルイド! 何故だ!! 何故わしを裏切った!! 恩を忘れたか!!!」
腐竜の上から、腕を組むマーゼレンが怒鳴る。きっと今、外も大騒ぎしていることだろう。
ここはまだ建物の中で、壁はかろうじて大破していない。しかし、腐竜の体の後ろの方は、
建物を突き破っている。一体どこにいたのだろう。
「マーゼレン! 貴様にはもはや、恩など果たす義理はない! 貴様の行動は、
民からの税で遊び、目が合っただけで村民を殺し、己は豪遊の限りを尽くす暴君!!
私が入ったときの面影など、もうどこにもないのだ!!」
グルイドは、今まで思っていたことをすべて吐き出した。この状況下で、勇ましい限りだ。
「ふん! 状況をわきまえてほざくがいい! 殺せ、『腐竜』!!」
くる! と思って2人が身構えたときだった。
腐竜が暴れだした。丁度腐竜の脈のあたりにのしかかっていたマーゼレンを、腐竜はうっとおしく
思ったらしい。
「なっ!? ……やめろ! し、死にたくないいいいい!!」
そう虚しく叫びながら、マーゼレンは振り落とされて、その巨大な足に踏み潰された。
足の下からは、哀れなおやじの骸がころがっている。
しかし、腐竜の怒りはおさまらない。まだまだ暴れる。
「くっ……、終わりか!?」