第二章:主従関係
「グルイド。なんだ? その小僧は……」
入り口の影から現れたのは、髭をはやし、髪の毛が少なく、背の小さいおっさんと、
数人の兵士たちだった。
朝とはいえ、建物の中に光は一切なく、カーテンが閉められている。
カーテンの両端から漏れるかすかな陽の光で、なんとか顔がわかるぐらいの明るさ。
そこで、部屋の隅にある松明に灯りがともされ、まだ薄暗いものの、まあ、話すだけなら
十分な明るさになった。灯りをつけたのは、気の利いた兵士たちだ。皆軽い鎧を装備している。
「申し訳ございません……マーゼレン様。昼食をとっている最中に侵入者が……。
すぐ、外につまみ出しますので……」
グルイドと呼ばれるその短髪野朗は、即座にシンの背後にまわる。
シンはハッとして、槍に手を当てるが、押さえられる。そこでグルイドの主らしきおやじ、
マーゼレンが何かに気がついたように言った。
「む? 貴様、その顔……どこかで見たことがあるような……いや、それよりその槍……」
「? ……どうかされましたか……この槍は別にそう高価な物では……」
シンは、グルイドがそう言った隙をついて太い腕を振り払い、大槍を片手で抜いて構えた。
するとマーゼレンがジリジリと近づいてきて、警戒するシンの手の槍をじっと見つめる。
いや、どちらかというと「睨む」という表現の方が合うだろう。
「おい、小僧。貴様、父の名を言うてみよ」
「あ?」
たいして動揺した様子もなく、シンは槍を振りなおす。
「俺の親父……ジークだ。……なんか文句あっか」
そうカミングアウトした途端、皆が一気にシーンとした。
マーゼレンの口からは、くくくと不気味な笑みが漏れる。
「お前……なに言ってんだ。ジークと言ったら、あの‘覇者’ジーク殿か……?
そういえばその槍も、ジーク殿の使っていた物とよく似ている……。大分古いようだがな……」
グルイドがすかさずそう言って連れ出そうとすると、シンは「は?」と言って首をかしげた。
「ちょっと待て。なんだそれ?」
「ほう、知らんのか?」
マーゼレンは、シンの様子を見ておもしろそうな顔をする。シンは状況がサッパリ読めない
というような表情だ。
「昔このパンゲア大陸全土をまわり、英才教育を受けた貴族だろうと、
民を困らせる悪名高き山賊団だろうと、誰もが恐れる猛獣だろうと、全てをたった一人で
撃ち滅ぼし、制した‘覇者’ジークといえば、知らない者はいない」
マーゼレンの言うジークは、まるで自分の父とは全く別の人物のように思えた。
しかし、実際シンの父・ジークこそ、その‘覇者’だったのである……。
ポカンとした表情をするシンに、マーゼレンが言う。
「とりあえず、取調べ室に来い」
呆然とするシンは、もうただただ奥の暗い部屋につれていかれるだけだった。
コッコッコ
ゆっくりと歩く音がする。
木の床を、ブーツで歩く男。正確には、おっさんだが……。
そのおっさんの行き先、右隣には、1人の男が立っている。グルイドだ。
ということはもちろん、おっさんはマーゼレンである。
「どうでしたか?」とグルイド。
「くくく……どうやら奴は、本当にあのジークの息子らしい。あの槍、鑑定士にじっくり見させたが、偽者ではないようだった。……くくく……」
「はあ……」とグルイドは驚いたか驚いてないかよくわからない目でマーゼレンを見下ろしている。
「なにを笑っておられるのですか?」
「わからんかね?」
なにやら算段を始めたグルイドとマーゼレンの姿を、シンがこっそりと覗く。しかし、兵に
見つかり、おとなしく顔を引っ込めざるをえない。
むすっとした顔で、腕を組むシンに、「おとなしくしていろ」と兵の一言。
「あーあーあーあーあーーーーーー」
「黙れっっ!」
というシンの声を完全に無視し、話を続けていたマーゼレンたちだが、
やっとグルイドの声が聞こえてきた。
「なっ……」
そのあとすぐに「静かに!」というマーゼレンンの声が飛ぶ。そしてその度に、
グルイドは謝って後ろ髪をかく。2人の会話が気になるのは当然だが、遠くて聞こえない。
シンはよーく耳を澄ますが、全然聞こえない。10メートルは離れているうえに、声が小さい。
聞こえないのもしょうがない。
「しかしそれでは……」とグルイドの声。
「うるさい! この私の言うことに口出しする気か!」とマーゼレン。
いったいなんだとシンの興味が余計そそられる。しかしその度兵に、「座れ」と言われる。
毎回毎回ことあるごとにシンが、椅子から立ち上がっているからだ。
「なぁー兵士さんよー。あの花瓶の奥にあるあれ、なんだ」
と、そう言ってシンは部屋の隅にある部屋より綺麗な花を飾ってある花瓶を指差す。
「ん?」と兵士がそっちに目をむけたそのときだった。「ふん!」と小さな掛け声をあげ、
シンが兵士の後頭部を殴る。兵士は、声をあげる間もなく気絶。
10メートル離れているお2人さんは、どうやら気づいていないようだ。
「……よし!」
シンは倒した兵の鎧を急いで脱がし、自分で着る。幸いなことに、その兵士は比較的小柄で、
鎧はシンにピッタリだ。
もちろん、2人の会話を盗み聞きするために、護衛兵に紛れ込もうというのだ。好奇心も、
ここまでいくと迷惑だ。
鎧兜を深く着込み、もとの皮の服が見えないように、その辺になぜかあった腹巻をつける。
意味はあるのだろうか。そして最後に、バレないようその兵の槍を持ち、堂々と歩く。
2人のすぐ近くまできたときに、すれ違いにマーゼレンが不適な笑みを浮かべる。そして言った。
「馬鹿め」
その声を合図に、そこらじゅうからマーゼレンの兵が現れ、変装したシンを取り囲む。
ニヤニヤと笑うマーゼレンを前に、シンは驚いた様子であたりをキョロキョロと見回している。
「くくく……お前の槍にはかなりの高値がつく。どうせお前の存在はこの世にあまり知られて
いない。貴様を殺して、槍を売り払えば私達はおおいに得なのだよ!」
マーゼレンはそう言う。シンは眉間にしわを寄せ、怒った様子だ。
そのとき、丁度さっきの部屋からマーゼレンの兵の声。
「マーゼレン様! 槍を見つけました!」
「よし! そこで待機しておれ! こやつを始末したら取りに行く!」
槍も見つかってしまったらしい。敵の狙いが父の槍だと知り、ますます怒るシン。
「渡さねーぜ……! ……親父の槍は……!!」