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大陸の覇者  作者: 熱悟
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第二十一章:闇のトラウマ

「父ちゃん、こんな天気で釣り?」


それは少し雲行きの悪い日の夜だった。真っ直ぐな道を歩き続ける少年は、隣を歩く父親らしき人物に問いかける。


「たりめーよ。今日釣らなかったら、一週間飯ぬきだぞ」

「それはやだよ」


会話をひとまず終え、ただただ真っ直ぐ、歩く。


何か胸騒ぎがした。胸の下みぞおちの奥の方からドクドクとこみ上げてくる不安な気持ちのやり場がわからず、少年は落ち着きなく左右へブラブラ動き回る。父は、どーした、と訊く。


「なーんか不安」


少年がそう言っても、父はただ大丈夫、とひと言言って歩き続けた。少年もそれにしたがい、せっせと歩く。


「雨など怖くない。何故なら、それは自然。自然とは、人間の本来居るべき場だからだ」


自身ありげに、父は語ってみせる。少年は意味が全然わからなかったようで、適当にふーんと納得したフリをした。それからしばらく歩き続けると、目の前の川に突き当たった。


「ついたぞ」

「うん」


そうひと言ずつ言葉を交わすと、親子はすぐに持っていた釣竿を構え、糸を海に投げた。父はすぐに川魚がひっかかり、引くと釣れた。

少年の方はなかなかこない。いつまで待っても、こない。魚は、子供に興味がないのだろうか? なんて、少年は思う。その間に、魚にえさを取られてしまったのに気づいたのは約五分後のことだ。


「あ、取られてた」


少年の呟きに、父は素早く振り返る。


「はあ? お前、一匹も釣らねぇ間にえさ一つなくしたってか。こっちあもう十匹は釣ってる。えさなんて残ってねえぞ?」

「嘘!」


少年は、ヤバッ、という表情を浮かべた。それを見て父は、やれやれと首を振り、しょうがないから取ってくる、と言って、来た道を走って行った。


「そこで待っとけよ!」


父は走りながら息子に向かって叫ぶ。息子が確かに頷くのを確認したら、また猛スピードで走っていった。


暇になった少年は、とりあえず寝た。しかし、胸騒ぎがどうしても収まらない。落ち着いて眠れやしない。何度も起きては寝て、起きては寝てを繰り返した。最後に少年が起き上がり、はあっ、と溜息をついた時だった。


何かを感じた。背後の茂みから、沢山の人間の気配がする。研ぎ澄まされた直観力で、沢山の人間の気配を察知し、気づいていないフリをして油断を誘った。背後の茂みから大勢で忍び寄るなど、賊に違いないと少年は確信したのだ。案の定だった。


急に茂みから飛んできたのは石斧だった。わざと敵に背中を向けていた少年だったが、物凄い直感で斧から身をかわす。


「ちっ! 惜しかったぜ!」


茂みから一人の山賊らしき男が飛び出してきた。それに誘われるように、沢山の仲間たちが次々現れて、少年を囲む。少年はすぐに武器を構え……ようと思ったが、武器など持っていない。それに気づいたのが遅かった。腰に手をかけ、自分の愛刀がないことに気づき軽いリアクションをとった隙に、やられた。


だが惜しかった。少年はまたも身を翻し、敵の剣は肩にかすっただけで済み、致命傷にこそならなかったものの、かなり出血した。このままでは、この浅めの傷で死んでしまう。その上武器もなく、沢山の山賊に囲まれたこの最悪な状況下で少年の体力が切れ、膝をガクンと落とした時だった。


「ベグオン! 大丈夫かあ!」


父が急いで帰ってきた。だが勿論、武器など持っておらず、山賊に立ち向かうことなどできない。そう思って諦めかけたベグオンが、目を閉じようとしたときだ。

父の気合の声が響いた。それに続き、山賊の悲鳴が鈍く飛び交った。


ベグオンは、目を開けた。見れば己の父が、己を守らんと必死に、サオで戦っている。だんだん雨が降ってきた。山賊のリーダーらしき男が合図をすると、そこらじゅうの茂みや木の陰などから大量の山賊が流れ込んできた。こんな山奥に釣りをしにきたのが失敗だった。


戦い続け、父はひとまず息子のもとへ駆け寄る。


「出血しすぎだ! 大丈夫か!」


父は自分の服をひきちぎり、それを息子の肩に巻いて止血した。だが、その間に山賊の石斧が背中に直撃した。


それで、一瞬静かになった。賊たちも、これで強敵は死んだと思って笑みを浮かべる。

だが、虎の父は再び雄たけびをあげた。そして暴れ狂い、敵から奪い取った斧とサオを両手に握って戦い続けた。だが、背中が痛む。傷口が開き、大出血だ。

自分の体力もこれ以上もたないと判断した父は、武器を捨てた。敵の攻撃をかわし、息子をおぶり逃げた。それから、全速力で一時間は走り続けた。



ベグオンが目を覚ました時だ。父親の大きな体は倒れ、体中から血が流れていた。矢を何発も喰らっていた。


その時、やっと意識と記憶がつながったのか、ハッとしたように、倒れる父にしがみついた。


「父ちゃん!」


いくら叫んでも、父は起きなかった。もはや息はせず、その鼓動を感じることはできなかった。


「父ちゃん……、起きてくれよぉ…………」


広い森の奥で、どしゃぶりに体中を濡らされながら、少年の鳴き声だけが雨音よりも大きく聞こえた。

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