第二十章:虎へのサイン
ベグオン!
ポツポツと雨が降り注ぐ中、誰かの声が、ただ同じ言葉を繰り返している。
ベグオン! 大丈夫かぁ……、今いくぞ!
(ベグオン? ……俺のことか)
彼、薄れ行く意識の中で、たったひとつの声だけがハッキリと耳の奥に響き渡ってきた。
視界に映るのは、鮮やかに紅色に染まる血と、誰かの腕がブンブン振り回されているだけ。
景色もめまぐるしく変わっていく。自分が回っているのか、世界が回っているのかもわからないほど感覚がない。
(え……、まさか…………俺は、死んだのか!?)
ベグオンはそう考えてみた。だがまずは落ち着く。
感覚は戻りつつあった。自分では死んだと思い込んでいた。
視界ももっとハッキリした。誰のものかは知らないが、振り回される腕の先に、強く握り締められた棒がちゃんと見えた。
(……サオ? ……わかった。これ、俺の腕だ)
ベグオンが気づいた時、既にシンは目前まで迫り、サオの当たる間合いの一歩手前まで詰め寄り、今正に大声を張り上げようとしていたところだ。
「ベグ……」
それにとっさに気づいたベグオンは、必死にそれを押さえる。
シンは後ずさり、べぐオンに投げかけた。
「どうして返事しねーんだよ!」
そんな事を言われてもベグオンにはよく意味がわからない。
そこで彼は、素早く状況を飲み込みとっさに答える。
「わ、わりぃわりぃ! 意識とんでたもんだから……」
「はあ? サオで大立ち回って、まだ無傷の癖によく言うぜ」
シンに言われたとき、ベグオンはやっと状況を完全に飲み込んだ。
(俺が無意識にサオ振り回して無傷……。わかったぞ。つまり、俺が刀投げてやられたと思い込み、意識は一瞬とんだが、それでも体が勝手に動いたと……)
そこまで考えてみると不思議になり、自分の手に持つ血まみれのサオを眺める。
(サオ持ってきてよかったぜ。川がなくても見つけるまで帰らない覚悟だったからな。やっぱ、諦めなくてよかったぜ!)
ベグオンが考えているうちに、敵はすぐそこまで迫ってきた。
だが、ことごとく返り討ちにし、物凄いサオ捌きで数多の敵をなぎ払った。さすがにサオでは
敵兵を殺すまでには至らないが、それでも構わない。虎のごとき暴れぶりで、兵を獲物のように狩る。
「なあ、ベグオン!」
「なんだ!?」
急にシンが話しかけてきた。
「ありがとな!!」
「……おう!」
思わぬシンからの礼の言葉に、呆気に取られそうになったベグオンだが持ちこたえる。
そして元気に返事を返す。この男の、あるべき姿だった。
「お前の刀……、持ってくることはできんかった! すまん!」
シンが怒鳴る。もちろん体は動きっぱなしだ。
ベグオンは黙ってサオを打ち続けるが、それを放ってシンは一瞬手を止め、ベグオンより少し奥の方を指差した。
「お前、意識なくてもかなり動いてたからな。お前の後ろに、刀はあるぜ!」
「……おう!!」
ベグオンは更に勢いをつけてサオを振りだした。
(あそこだ……。あと十メートルくらいか。あれさえ取れば……!)
「邪魔だ――――――――……」
暴れ狂う虎が、大きく怒鳴って大地を揺らしかけた時だった。彼の頭に、ある映像が流れ込んできた。
――――父ちゃん!
――――元気出してくれ、父ちゃん!