第十九章:命がけの投刀
本当に悪戯好きな子だ。傭兵団のメンバーにヒソヒソと声をかけてまわり、
自分を見張りにしてもらえるようにした。皆が所々笑っているので、わかる。
もはやこれは「裏取引」という奴だ。だが皆、「いいじゃねーか」という感じでヘラヘラ
笑っている。シンを夜中の見張りにするのは、ベグオンにしては心配でしょうがない。
そこでとっさにベグオンは、いいことを思いついた。
「そうだ、シン。俺と一緒に飲み水と食料の調達に行こう」
「は? そういうのって一般兵の係りがやるものじゃ……」
シンは反論するが、軍のことについてはよく知らない。なので、シンはこういう手を使われる
と勝てない。
「いーんだよ、たまには。行くぞ」
ゴリ押しするベグオンに、ギャーギャー言いながらも渋々ついていく羽目になったシン。
いや、正確に言えば「引きずられて」いった。
「武器は持ってかせろよ」
「どーぞ」
こうして二人は、軍を離れ、暗闇へと歩いていった。手には竿に大きめの容器。背中に槍と
大刀。それと弓。きっと動物でも狩るつもりだろう。竿は釣りに使う気だ。
それにしてもこの辺に川などあっただろうか。シンが訊いてみると、「念のため」と
言ってそのまま歩いていった。
「敵襲です!」
ハロンが声をあげた。もう夜中で、砦の中で見張りじゃない多くの兵が眠りに就こう
としていたときだ。
皆わっと驚き、だがすぐに落ち着いて鎧を身に着ける。見張りたちのいる外では、もう戦い
が始まっていた。
外からは、見張りのケイトやハロンの武器を振り回す気合の声が聞こえる。
砦の中から出てきた戦士達は、口々にある男の名を口にする。
そう、まだベグオンが帰ってきていないのだ。勿論シンもだ。
「団長なら大丈夫! あの人が、これしきの軍勢に負けるはずがない!」
「シンもついてるしな」
いつの間にかハロンの隣にいたおなじみジェイクが呟く。少しはシンの事も信用してきた
らしい。だが、最後に小言を呟く。
「ま、夜の森はあいつの苦手分野だが……」
一方、暗闇で道に迷って襲われた二人だ。
「うらぁ!」
ベグオンの怒声が夜空に響き、同時に血しぶきが空を赤く染めた。
そのたびに兵の悲鳴が鳴り、ユラユラと大地は揺れる。
シンの槍も負けてはいない。振るたびに轟音がなり、うかつに近寄れずに立ちすくむ兵は
いつの間にか手足の筋を切られ、武器を落とす。
「なんという技……」
やられた兵は必ず驚愕の声をあげて倒れていった。シンの攻撃で死んだのではない。
倒れたあとに、踏まれ蹴られ戦の巻き添えをうけ死んでいった。
その時、戦う二人の背後からドタドタと走るような音が響いてきた。
その音にはっと気づいた二人は、さっと側転して身をかわす。
後ろから二人を目掛けて走ってきたのは沢山の騎馬兵。兵の流れに流されそうになったが、
なんとか体勢を立て直して走りながら二人は戦い続けていた。
途中木の陰に隠れ、突き、斬り、敵を蹴散らしていく。だが、次から次へと一般兵が
流れこんできた。
「本当、二人じゃ拉致があかねぇ!」
ベグオンが叫ぶ。ととっさに、背後の何者かとぶつかった。
「俺も同感だ」
シンが背中越しに言う。こっちは何故か傷だらけだ。さすがのシンでも、この大群が相手だ。
ボロボロで息が切れるのも無理はない。
「誰か加勢に来てくれれば楽なんだがな」
「いけねーよ。団長が部下に頼ってちゃ!」
どうやらシンは不機嫌のようで、目の前に現れた敵を間髪入れずに切り刻んでいった。
ベグオンはそっちをチラッと見る。
「俺より重症の癖に、よく言うぜ!」
ベグオンはそう怒鳴ると、シンに当たりそうでちょっと危ないくらいのところにまで
大刀を振る。そのたんびに体中に風を感じ、傷口に爽やかにしみわたって気持ちがいい。
そこからだんだん離れていき、二人はまたバラバラに戦い出す。
だがボロボロで疲れきったシンは見るだけでも危なっかしく、ハラハラする。
疲れが蓄積し、一瞬シンの動きがピタッと止まった時だ。
「危なっ……」
弓を構える暇はない。敵はシンの後ろから迫ってきて、今正に刀を、シンの背中に
振り下ろそうとしている。
ベグオンはとっさに、己の武器を投げた。
飛んできた大刀は、凄い力で投げられたらしく、ブンブン回りながらシンの背後の敵に
命中した。
シンはハッとそれに気づき、後ろに振り向く。敵はもう死に、崩れていったが、
その向こうで戦っているベグオンが心配だ。なんせ自分の武器を投げてしまったのだから、
今は武器がないはず。いくらベグオンでも、武器なしじゃこの軍勢に勝ち目はない。
シンは落ちた大刀を拾い、掛け声をあげながら走り出したその時だ。
シンの眼差しの先から、ベグオンの叫び声が聞こえたのは。