第十四章:女王、余裕の防衛線
その日の夜中だった。大きな角笛の音が村中に響き渡り、村人たちは一斉に起こされた。
「敵襲――――!! 敵襲!!」
夜中の見回りをしていた兵が高台の上から角笛をならし、慌てた声で叫んだ。
村人たちは慌てふためき、全速力で城に向かった。敵の軍が攻めてきたら、とりあえず城に
逃げろと言われている。そのために、大広間はライル城より広い。
村人全員が城へと逃げ込み、窓から空を見上げた時だ。
皆目を丸くして驚いた。山を越えて村へ、いや、国へと攻め入ってきた兵はみな、奇妙な生き物にまたがっていた。
「……上竜!?」
シンとグルイドはてっきり、上竜も一応竜。だから上流階級の一部の奴にしか与えられないものものだと思っていた。実際、バーデンで上竜を使いこなしていたのはマグラガンひとり。
だがしかし、今回は雑兵が皆上竜を乗りこなし、細身の槍をしごいて突っ込んでくる。
「なに驚いてんだ?」
正門から外に飛び出し、邀撃の準備をしたジェイクが平然と言う。
「いや、だってあれは、いや、だからあれ……」
グルイドは完全にパニクっている。シンは、むしろニヤニヤと笑いながら空から迫り来る
竜と人の大群を待ち構えている。
「ああ、そうか。いや、上竜はもともとこの大陸に存在している天然の竜とは素が少し違う。
天然竜が五十存在するとすれば、この上竜の素になる竜は二百存在すると言われる。
比較的小さくて、攻撃力や耐久力の高い天然竜より弱弱しい草食竜。ハッキリ言って、
一般人が簡単に手なずけられるぐらいの竜からつくられてんだ」
「なるほど……だからあんなに、て、わあっ!」
ジェイクの説明に聞き入っているうちに、グルイドの目前まで敵の兵が迫ってきていた。
しかし説明していたジェイク本人に守られ、転んだだけですんだ。
「大丈夫かよ?」
「あ、ああ。ありがとう……」
少し焦る様子でグルイドはジェイクの手をかり起き上がる。
「そんな慌ててたら勝てる戦も勝てないぞ。シンを見てみろ」
ジェイクが指差した先で暴れていたのはシンだ。大声を張り上げながら、自慢の槍をブンブンと振り回して迎え撃っている。シンが何人か蹴散らし、周りに死体が目立つようになったころ、目の前から直線に一際大きな上竜を扱う騎兵が突っ込んできた。だがシンは笑う。
「へっ! 甘ぇ!」
シンは槍をしごき、真っ向から突っ込んで自分の胸を狙ってきた騎兵の隙だらけのコメカミを
貫いた。一閃だ。その騎兵は前のめりにドシャッと倒れ、滑ってシンの後ろに倒れた。
頭からドロドロと血が流れ出て、あたり一面真っ赤だ。
シンは槍を突き出したままカッコつけている。
「凄い……、あいつ、こんなに強かったのか」
グルイドがあっと驚いているときだ。ジェイクが声をあげた。
「くるぞ! 歩兵隊だ!」
いつの間にか二人の前に迫ってきたのは多数の歩兵隊だ。地上に舞い降りた上竜の尾から飛び降り、様々な武器を持って突っ込んでくる。上竜の背と尾とで二人乗りしてきているので、ひとり降りてももうひとりが上空から襲う。
グルイドも慌ててその兵たちを蹴散らしにかかる。隣のジェイクはいつも通り余裕の表情で
雑兵を切り刻んでいる。そのまた隣では、ベグオンやケイトなどの歩兵が戦闘中だ。珍しく、
かたまって戦っている。
その時、城の上から声が鳴った。
「ライルの者たちよ! もうよい!」
傭兵団員たちは一斉に振り返った。城の上で堂々と立っているのは、あろうことか
女王アイリスだ。城主があんなところに立っていては、弓兵に格好の的だ。
丁度アイリスに向かって、一筋の光がヒュッと放たれる。
「危ない!」
ベグオンが叫んだが、もう遅かった。矢はカーンと音をたて、城外へと落ちた。
「……あれ? 落ちた?」
さすがにベグオンもビックリしている。そして顔を上げてみると、アイリスは無傷。
その後、もう一本矢が飛んできた。今度はベグオンも目を離さず、また「危なっ……」と
叫びかけた時だった。
一本の矢はアイリスの直前で綺麗な音をたてて弾き返され、地に落ちた。
アイリスはふんっと笑っている。
「あれは……」
「ここは我の城なり! 主らの助けは必要ない!」
アイリスが強がっているが、まだまだ続いて無数の矢が閃光のように飛んでくる。
だがそれらは全て、アイリスの直前で弾かれた。
「あの女王、まさか……」
ベグオンがハッと感づいたときだ。アイリスは両手を上空に掲げ、そこから眩しく光を放った。
「魔道士!?」
「我が魔法は、そのような脆い棒では貫けぬ!」