第十三章:村にして、国
翌朝、また朝早くに起こされた。
起こされてすぐにライル兵とジキル軍で拡張工事開始。その工事を傭兵団は手伝わず
さっさと行ってしまった。城に残る大将はレイス。そしてベグオン率いる傭兵団総勢百十人は、レイスの簡単な見送りを横目に城を後にした。
「さぁて、行くか」
ベグオンは背伸びをし、手を後ろから引いた。兵もすぐについてきた。
行き場所も告げられぬまま、ただ黙々と馬に鞭を入れる。進む方角はグレールのある南ではなく、よりグレールより遠い北の方だった。
「なあ、どこに行くんだ?」
シンが小声ですぐ隣にいたサナに尋ねる。しかしサナは、「私も知らないわ」と答える。
しかしその後、「ジェイクなら知ってるかも」と付け足した。ジェイクはベグオンと一番仲がよく、なによりレイスの弟の息子という立場だ。目的地を知っている可能性が高い。
それを聞いたシンは、馬を少しずつ横にずらして前を歩くジェイクの隣にきた。この軍は少数だから、移動は容易かった。
「なあ、なあ、ジェイク」
「あ? なんだ?」
シンが話しかけると、ジェイクがだるそうに返した。戦中は誰よりも興奮して凄い気迫のジェイクだが、普段はかなりだるい。冷静で、おとなしい。そして、渋い。シンから見ると、「カッコイイ」なんて思えた。
「言っとくが、目的地は知らねーぞ」
ジェイクはシンがこれからなにを言おうとしたのか読んだかのように先に答えた。
シンは一瞬驚いたが、「そっか」と呟くように言って普通に戻る。
「ベグオンの奴が、教えてくんねーんだ」
ジェイクが少しシンに首を傾けてささやく。シンは「ほー」とまた小声で呟き、もとの位置に戻った。
戻るとすぐに、サナがにこやかに話しかけてきた。
「どうだった?」
「いや、知らねーってさ」
「そっか。彼なら知ってると思ったんだけど……」
会話はすぐに終了。サナは口を閉じてそのまま馬を歩かせる。
誰にも目的地を告げずまま、ベグオンは無言で北に向けて馬を歩かせた。
「ついたぞ」
ベグオンが小声で全軍に到着を告げた。その声は小さくても、何故か軍全体に広く深く響き渡った。辺りを見回してみると、シンの周りにあるのは山ばかり。
多少霧が出てたが、周りが見えないという程でもない。すぐそこには、広い、いや、村にしては広い村が広がっていた。
「ここぁ、どこだ?」
シンがベグオンの隣に移動し、訊いた。
「ここはジキルより少し北の、辺りを山に囲まれた普通より少しだけ栄える村」
「チェイス……だな」
ベグオンの話の途中に、ジェイクが背後から近寄ってきて割り込んだ。
何故だろう。シンも気配すら感じなかった。
「そうだ」
ベグオンは真顔のまま言う。真っ直ぐ前だけを睨み、険しい表情をしている。
「ジェイク……。なんだ? チェイスって」
「チェイス国。アイリスという女王が治める土地だ。ローラシアにある国は俺らのジキルと、
海が大半を占める最も北のバールカイン王国。その二つの大国に挟まれる形になっている小さな国だ」
「村なのに国?」
「ああ、そうだ」
ジェイクは自分から入ってきたくせに手短に済ませ、前に出た。
「なあベグオン、こんなところにきて何するつもりだ?」
「ふ……」
ベグオンはそれ以上何も言わず、後ろに馬をかえして大刀を振り上げた。
「これから俺と傭兵団はチェイス国の女王にお会いしてくる! お前らはここで待機だ!」
その合図を最後に、ベグオンは馬をおりて村に入って行った。
その後に続く形で、傭兵団の皆、シンを含めて皆が村へと入っていった……。
比較的小さめの城・チェイス城。その門前に、十人の戦士達が、いや、客人達が集まった。
ライルの軍が城の前で集まっている……。その報告を見張りの兵から受け、玉座の間で独り座るチェイスの女王・アイリスが直々に門に出向いた。
「お主らか? ライルの軍とは。……たった十人か。我が国もナめられたものじゃのう」
アイリス女王が門の奥からゆっくりと歩いて出てきた。護衛は誰もつけず、綺麗な水色のドレスを身にまといゆっくりと。髪が見たこともない程サラサラで綺麗で、一瞬皆見とれてしまった。
「お会いできて光栄です。アイリス女王」
それにベグオンは微笑んで応えた。そっちの方こそうちをナめんなというツッコミは、
敢えてしない。
「まあよい。ここになにをしにきた? まさか戦を仕掛けにきたわけではあるまい」
気を取り直してアイリスが門の方に振り向き、ベグオンたちに背を向けた。そして目で
合図をし、一行を招き入れる。
ベグオンが城の中に向かってアイリスの後を歩きながら言った。
「グレールからの侵略によって、チェイス国も多少の被害をこうむっていますね?」
「……ふむ」
「我が領地も……ライルも奴らに手間取っておりまして」
「前置きが長い。率直に申せ」
アイリスがせかす。だんだん、暗い廊下の向こうに出口が見えてきた。
ベグオンはもはやこんなつまらない話術など不要と、率直に言った。
「あなたの城の兵を少しかしていただきたい。これから我々はグレールに乗り込み、
奴らの侵略を食い止めます。そのために、あなた方のお力が必要なのです」
「ほう……」
アイリスは無表情で顔を動かさず、目だけをベグオンに向けた。
会話がそこまで進むと、もう大広間に出た。高い位置に窓。そこから光が差し込み明るい。
湖のように綺麗に光る床に、踏むのを戸惑ってそれ以上進まないベグオンたちをおいてアイリスが前へと、大広間の中心へと歩いて行った。
「主らがグレールと戦うに足る器か確かめたい」
アイリスが冗談半分で言ってみると、ベグオンは余裕で「どうぞ」と返す。
アイリスもまた「ほう」と呟くように言って、振り返って一行の方を向き、言った。
「まあ、一日でそんなに人がわかるものでもない。今日はとりあえず、この城に泊まるがいい。案内役をつけよう。この城は綺麗だぞ」
大人っぽい声で微笑むアイリスに何か裏のような、企みのようなものを感じ取ったベグオンだが、確かに今日だけでは話はつかないだろうと判断し、「恐縮です」とペコッと頭を下げた。