第九章:横入りの矢の勝利
「グルイド! 大丈夫か!?」
「こっちは大丈夫だ、任せろ! お前はそいつとの戦いに集中しろ!」
ベグオンが叫ぶ。シンも任せることにした。
「てめぇ……、卑怯だぞ!」
シンが怒る。だがマグラガンはそれを見て、更に嘲笑う。
「くくく……。戦にルールなし。ならば卑怯も、面白みと言えよう」
「ぶっ殺す!」
シンがまた懲りずに飛び上がる。マグラガンは避ける。その繰り返しだ。
グルイドのことも気にかけながら、慎重に戦わなければならない。飛びすぎてもだめ。不意を突かれる。
しかし、飛ばなければ届かず、隙ができて、シンがやられる。調節が難しかった。
「実におもしろくない!」
シンが飛び、しかし届かなかった。そのとき、その一瞬を突かれた。
だが見事な反射神経で、体を反らして腹にかすった低度ですんだ。
痛かったが、グルイドの怪我に比べればと堪える。そういえば、グルイドはどうしたのだろう。
屋根の上に落下後、シンはチラッと下を見た。そのとき。
「よそ見かね?」
小さな声が聞こえた。上空から、物凄い速さで近づいてくる。やられた……。シンが諦めかけたその時だった。
「お前こそ!」
また声が聞こえた。先ほどのものとは違い、大きく、鈍い声。それと同時に、剣が空を舞った。
マグラガン目掛けて投げられた、グルイドの剣だ。しかし、手負いのグルイドにできるはずなど……ない。
だが、グルイドはもう手負いではなかった。
「降りて来い! 将軍!」
叫んだのはグルイドだった。脇腹の傷は塞がり、あとには服に、血が染みるだけ。
シンも思わずグルイドの名を叫ぶ。だがどうして? 何故傷は塞がっている? 不思議である。
「ちっ……」
おもしろくないのはマグラガンだ。折角当てたのに、回復。おそらくグルイドを囲む円の
中の端にいる少女がやったものだと、マグラガンは確信した。
そこで笑っている少女をギロッと睨むマグラガン。その少女は、サナだ。
前に説明された中に、『回復魔法』という物があった。グルイドはつまり、回復させられた。それだけ。
(まずあの小娘をやるか……)
イラッときたマグラガンは、槍を下に向けた。焦りで判断力が鈍ったのだろう。
掛け声をあげ、目立つサナを槍で刺しにかかった。その時。
「お前、馬鹿だろ?」
当然のごとく、シンの槍が突き刺さった。真っ赤な血が勢いよく飛び出し、ギャアアと悲鳴をあげる。
だが醜い声だ。さっきまでの貴族声とは正反対。
マグラガンはそのまま墜落した。だが無傷だ。そう、刺されたのは竜の方だったのだ。
無様なものである。どんなに優れた将でも、一瞬の油断と過信。そう、マグラガンは、
あの目立つ位置に立つ小娘をひとり、殺すのに技などいらないと思ったのだろう。それがベグオンの
策戦だったのには、焦りで気づかなかったようだ。
「ぐっ……、くそ」
マグラガンはなんとか起き上がった。隣に上竜が死んでいるのを見て、すぐに悟った。
敗北。
なんともおもしろくない勝負だったというマグラガンに対し、これじゃ満足できないというシン。
2人は敵同士だが、意見は一致した。
「決着つけるか」
大きな鈍い音が城内に響き渡り、2人の男は一旦間合いをとった。ただいま、決闘中。
レイスは、「やれやれー」と冷やかし、ベグオンは「はぁ」と溜息をついている。さっさと終わらせたい
のだろう。
「ふん!」
途端にマグラガンが声をあげ、槍を大きく振りかぶる。そして、振り降ろす。
シンはかわし、突く。それをマグラガンはかわす。そして突く。避ける。斬る。
そんなのの繰り返しだ。グルイドだけは真剣に見ていたが、他の者達はかなり冷めている。
なにをこんな弱いのと決闘など……。そう思っているのはきっと、ベグオンだけではないだろう。
実際普段のシンならもうこいつを切り殺しているのは間違いない。だが、
今はシンの精神状態が雑すぎる。怒りに、復讐の念。勝てない焦りと、周りからのプレッシャー。
明らかにやけになっている。弱すぎる。
もうそれに呆れたのか、どこかから声が、静かに飛んだ。
「終われ」
声とともに飛んできた矢が、戦闘中のマグラガンの喉に突き刺さった。マグラガンはぶっと血を吐き、
最後の力を振り絞り振り返った。自分を殺した、矢を放った者の顔を見るために。
自分の背後で矢を持っているのはひとりだけだった。そいつは、冷たい目線でシンと、自分のことを
見ていた。矢を持つ手を下ろした男。傭兵団長・ベグオンであった。
その姿を見た後すぐに、マグラガンの口からは更に血が溢れ出て、目を大きく見開いたままうつぶせに
なって倒れた。最後までベグオンは、冷たい目線でその姿を見ていた。
シンも驚いて、開いた口が塞がらない様子。自分が今決闘中で、もうすぐ憎いマグラガンを殺せた。
それを簡単に弓で射殺したベグオン。なぜ邪魔をした。手柄でも持っていくつもりだったのか。
そんな感情に刈られ、怒りの対象はベグオンに代わった。
「なんでだ!!」
シンは思い切りベグオンの胸倉を掴み、怒鳴る。自分より背の高いベグオン相手に、見上げている形に
なったが、剣幕はすごい。だがベグオンは全く動じず、相変わらず冷たい目でシンの目を真っ直ぐに。
ずっと見ていた。
でもシンはおさまらない。
「なんで殺ったんだよ! もうすぐ俺が殺してたじゃねえか!」
「黙れ!」
シンの第二声が入った瞬間、珍しくベグオンが怒鳴った。そして、拳がとんだ。
シンの顔に、クリーンヒットした。
「お前の私的な戦いに付き合ってる暇はねぇ! あれを見ろよ!!」
そう怒鳴ってベグオンは、丁度大きな窓から外の、さっき通ってきた丘を指差した。
その丘には砂煙が立ちこめ、沢山の騎兵が見えた。今きっと、走ってこっちまで来ている。
それはシンにでもわかった。
「わかるだろ……? ここのクソ城主が援軍を呼んだんだ。あの数じゃあこっちのが不利。
もう城主を殺してる時間もねえ。さっさと帰るぞ」
ベグオンはレイスになにか言って、レイスはそれを聞きいれて全軍に合図を送った。
「おめーら! 退くぞ! さっさと外に出て、遠回りで退却だ!」
その合図に従い、兵たちは「押忍!」と声をあげすぐに城外に走って行った。
シンの周りを、兵は極力避けていた。