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Episode2-1 旧知の依頼人

 重層な壁に仕切られた室内に、カチャリ、カチャリ、となにかを接合させる音が響く。

 やや薄暗い部屋の床には回路のような溝が刻まれ、そこを埋めるようにして青白い光が中心に向かって伸びている。

 部屋の中心――溝と連結した広い作業机と向かい合うジーク・ドラグランジュは、右手に握ったドライバーで机上に置かれている筐体の中身を弄っていた。

 無数の回線がごちゃごちゃと張り巡らされた筐体は素人が見たところで理解できないだろう。

 ひたすら無言で手を止めることなく精密な作業をし続けるジーク。室内にはその小さな作業音だけがリズムを刻み、そして虚しく消えていく。

 一分、二分、三分……。

 どのくらい経過しただろう。時の流れを感じさせない集中力。魔巧具の開発は一つのミスで大事故を起こすことだってある。特に量産体制の整っていない手作業によるものは、魔力回路の設定ミスや接続不良、想定されていない魔力の暴走などが起きやすい。

 やがてジークは筐体を白い外装で覆うと、小さく一息ついて工具を置いた。床の光もすぅっと消え失せ、代わりに強くなった照明が部屋全体を明るく満たす。

「やあやあ、もう入っても大丈夫かな?」

 そのタイミングを待っていたかのように、後ろから軽薄な声がかけられた。

「もう入っているだろ」

 ジークは振り向こうともせずそう答えると、工具箱にドライバー等を片づけていく。

「わざわざルサージュの中央工房に一室借りて、一体なにを作っていたのか訊いてもかまわないかい?」

 遠慮なしに近づいて来た人物が後ろから覗き込む気配に、ジークは特に拒絶することなく片づけをしながら世間話の感覚で口を開く。

「もうすぐ夏だからな」

「うん、まだ三ヶ月くらい先だけど、それが?」

 脈絡のない発言に戸惑う声。工具をあらかた片づけたジークはそこでようやく振り返った。そこには度の入っていない丸眼鏡をかけた紳士服の優男が立っていた。

「で、ヴィクトラン・ド・シュレッサー――ラザリュス魔道学園の学園長殿よ。てめえで呼びつけた客人を三日も待たせるたあどういう了見だ?」

「ちょっと待って、僕の質問の答えってさっきので終わり?」

 優男――ヴィクトラン・ド・シュレッサーはまさかの回答に眼鏡の奥から覗く翡翠色の瞳を丸くしていた。

「……まあ、いいや。えーと、急に呼んじゃってごめんごめん。大陸各地の工房を転々としながら魔巧技術を極め発展させる旅をしていたんだよね? まだ若いのに凄いねぇ。いや、若さ故のバイタリティかな?」

「大陸だけじゃない。東の島国にも行ってみた。魔道術も魔巧技術もランベールやレーヴェンガルドに比べたら周回遅れだったが、それだけに独自の文化があって勉強にはなったよ。で、なぜ三日も待たせた?」

「どうだい、久々に戻ってきたルサージュは? 随分と発展しているだろう?」

「そうだな。中央工房も三倍くらいに大きくなっていて正直驚いた。魔巧具もよく普及しているようだし、この街の様子を見たら親父も喜ぶだろうな。で、なぜ三日も待たせた?」

「旅の話を聞かせてよぉ~ジークちゃ~ん。五年も旅してたんだから面白い話の十や二十あって当然だよねぇ?」

「なぜ三日も待たせた?」

 スチャリ、と。

 ジークは魔巧剣の刃をヴィクトランの喉元に突きつけた。鋭く冷酷に睥睨する漆黒の瞳に、ヴィクトランは冷や汗を掻きつつ両手を上げて降参のポーズを取った。

「用意が間に合わなかった、とだけ言っておくよ」

「なんの用意だ? 俺になにをさせたい?」

 次ふざけたら殺すとばかりに問い詰めるジークに、ヴィクトランは目線だけで周囲に人がいないことを確認すると――


「先日、緑の始祖竜が討たれた」


 短く、声を潜めてそう告げた。

「……誰に?」

 竜殺しが行われた事実にジークは一瞬目を見開いたが、すぐに冷静になって同じように声を小さくした。

「十年前に黒の始祖竜を殺し、フランヴェリエ公爵家を襲撃したのと同じ連中だよ。どうも最近になって活動を再開したようだね」

「あんたは大丈夫だったのか?」

「なにが?」

 ジークの問いを理解しているのかいないのか、ヴィクトランはへらっとした笑みを浮かべる。

「緑の始祖竜はあんた――六大貴族の一角であるシュレッサー公爵家に加護を与えていたはずだ。その加護が消えればあんたもフランヴェリエと同じように没落することになるだろ?」

「心配してくれてるの? ジークちゃんてばやっさしー♪」

「警備呼んで摘まみ出す」

「ははは、このシュレッサー公爵様にそんな不敬を働ける胆力ある警備員がいるといいね」

「……チッ」

 実際、いないだろう。この街――学術都市ルサージュはシュレッサー公爵家の領地でもある。いくら旧知の仲とはいえ、彼に対してなんの敬いもなく接しているジークの方が異常なのだ。

 護衛も連れずにこんなところに一人でやってきている彼も異常と言えば異常であるが。

「その点は問題ないよ。緑の始祖竜――エルルーンの肉体は滅んだけど、竜核は僕らが死守したからね。加護はどうにか消えずに済んでいる」

「……なるほど、だいたい理解した」

 ヴィクトランがわざわざジークを呼びつけ、なにをさせたいのか。

 ルサージュの魔巧技師には頼めないこと。いや、頼んだところで実現できないこと。

 つまり――

「その竜核で竜装を作れってことだな?」

「ピンポンピンポン大当たり! いつまた連中に狙われるかわからないからね。生のまま放置しておくわけにもいかないんだよ。これはエルルーンの意思でもある」

 大当たりの部分は大声で、その後は小声に戻るという面倒なことをするヴィクトラン。ジークは彼の謎なテンションに一つ溜息をつく。

「わかった、始祖竜の意思なら断るわけにはいかない。だが、竜装ができても使い手がいないんじゃ意味ないぞ?」

「そこも問題ない。僕でもいいし、エルルーンの疑似竜核を組み込んだ竜装を扱える人間もいる」

「そうか」

 ヴィクトランは仮にも始祖竜の加護を持つ六大貴族にして、魔道術を極めた大魔道師の一人だ。今この場でジークが思いつくような問題点などとうに解決しているに違いない。

「エルルーンの竜核はどこにある?」

「安全な場所に隠してあるよ。ジークちゃんにはそっちに移動して住み込みで制作を行ってもらいたい」

 三日も待たされた『用意』とは竜装を制作する環境を整えることだったようだ。

「で、その安全な場所とは?」

 もう一度口にした同じ意味の質問に、ヴィクトランは唇を斜に構えてから答える。


「ラザリュス魔道学園――僕の庭だよ」


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