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Episode1-7 下山

 どさり、という大きな物音にアリスフィーナの意識は覚醒した。

「ここは……?」

 まだ重たい首をどうにか持ち上げて辺りを見回す。どこかの森の中らしく、アリスフィーナは一本の大樹に寄りかかるようにして眠っていたようだ。空はオレンジ色に染まり、西の稜線に沈みかけた太陽がもう数刻もしないうちに夜がやってくることを教えてくれる。

 自分は一体こんなところでなにをしていたのだろうか?

 その疑問の答えは、すぐ近くに聳える岩山を見た瞬間に思い出した。

「そうだ! ドラゴンの試練!?」

「やっと起きたか。人間一人と大荷物抱えて下山するのは大変だったぞ」

 声に振り向くと、真っ黒な装いをした青年がやれやれといった風に肩を竦めていた。

 ジーク・ドラグランジュ。

 流石に忘れてはいない。アリスフィーナに竜装を与え、ドラゴンの巣までの道のりを協力してくれた者だ。

「そう……わたしは失敗したのね……」

 理解してしまうと、悔しさや悲しさが心の奥から込み上げてきて項垂れてしまう。フランヴェリエ家の復興という悲願を成し遂げられなかった。大見栄を切って学園を飛び出したのに、このままではとんだ笑われ者だ。

「ま、ありゃ無理ゲーだ。命が助かっただけでも上々。もっと強くなってから出直せばいい」

 ジークの言う通りではあるが、頭では理解していても気持ちが追いつかない。

「……あんたが、助けてくれたのよね?」

「さて、どうだったかな?」

 飄々とすっ呆けるジーク。だが、アリスフィーナは薄らと覚えている。試練に失敗し、剣山に落下しそうになったところを彼に助けられた。

 彼がいなかったら死んでいた。それは、間違いない。

 命の恩人なら、言わなければならない言葉がある。

「……あ、ありが、とう」

 消え入りそうな声で告げると、ジークはキョトンとしたように目を見開いた。

「素直すぎて気持ち悪いぞ。頭でも打ったか?」

「わ、わたしがせっかくお礼を言ってるのに!?」

 なんかお礼を言って損した気分になった。

「そんなことはどうでもいいとして」

「よくないわよ!? あんたもっと命の恩人としての自覚を持ちなさいよ!?」

「お前、馬はどこに繋いでいるんだ?」

「は?」

 ジークが突然なにを言い出したのか一瞬アリスフィーナには理解できなかった。

「いや、その制服はラザリュス魔道学園のもんだろ? てことは学術都市ルサージュからここまで来たってことだ。乗ってきた馬はどこにやったのかって聞いてんだよ」

「なに言ってんのよ? 馬なんて借りられるお金があるわけないでしょ? 徒歩よ」

 当たり前のことを当たり前に言うと、なぜだかジークは愕然とした様子で顔に手を被せた。

「……そこまで貧乏とは。ルサージュからここまで歩きだと三日はかかるぞ。根性あり過ぎて泣けてきた」

「うっさいわね!?」

 あの剣を竜装と勘違いして買わなければ貯蓄はそこそこ……ちょっとはあったのだ。やはり洞窟に落ちていた鱗を何枚か拾っておけばよかった。なんなら今から拾いに戻るのもアリなのでは……?

 アリスフィーナが昏くなりつつある岩山を未練がましく眺めていると――ドルルルルルルン!! 唐突に馬の嘶きのような咆哮が耳朶を打った。

「えっ!? なに!? 魔獣!?」

 反射的に立ち上がり身構えて振り返る。しかしそこにはアリスフィーナが思い浮かべたような恐ろしい怪物の姿はなく、代わりに奇妙な形をした機械が置かれていた。

 獣のような胴長の全身は漆黒の装甲に覆われ、前方と後方にゴム製の車輪が嵌め込まれている。人が座るための平たい部分や手綱と思われる握り部分があることから、乗り物だということがわかる。角のように伸びている突起の先端に装着されているのは小さな鏡だろう。大きな目玉のように見える部分が強烈に輝き、ドルルル、ドルルル、と今にも暴れ出しそうな唸り声を上げながら振動する様子はまるで機械の獣だ。

「それ、もしかして、駆動車?」

「そうだ。よく知ってるな」

 駆動車とは最新鋭の魔巧技術で作られた機械の乗り物だ。最高速度は馬よりも圧倒的に速く、王都の上流階級を中心に少しずつ普及が始まっていると聞く。

 アリスフィーナも見たことくらいならあるのだが、それはどれも車輪が四つで屋根と扉があり、人は中に乗り込んで操縦していた。

 だから、今そこでジークが馬のように跨った機械が本当に駆動車なのか、アリスフィーナには確証が持てなかった。

「そんな形の駆動車なんて初めて見たわ」

「そりゃそうだろ。この二輪駆動車はまだ世に出回ってないからな」

「まさか、それもあんたが作ったの?」

「半分な。親父が作りかけて俺が完成させた」

「あんたホントに何者なのよ?」

 最新鋭の、いやもしかするとそれ以上の技術力を彼は持っていることになる。アリスフィーナは魔巧技師に詳しいわけではないが、それでも『ドラグランジュ』なんていう名前は今まで聞いたこともない。

 ――そういえばこいつ、竜装も作れるのよね……。

 本当に底が知れない。

 と――

「ほれ」

「え?」

 唐突にジークがなにかを投げて寄越してきた。ボールのような丸っこい物体をアリスフィーナは反射的にキャッチする。それは金属とは違うような銀色の硬い素材で覆われ、頭がすっぽり入りそうな穴が開いていた。兵士が被るヘルムに似ている。

「なにこれ?」

「被れ」

「なんで?」

「日が暮れるまで突っ立ってるつもりか? 馬がないなら送ってやるって言ってんだ。そいつは念のための防具。滅多にないが、転倒したりすると危ないからな」

 面倒そうに言って、ジークも黒いヘルムを頭に装着した。

「送ってくれるって、本当に? いいの?」

「荷物はどうにかサイドカーだけで収まったし、ルサージュなら丁度俺も用があるしな」

 近づいてよく見たら二輪駆動車の反対側に座席らしきものが取りつけられている。サイドカーというらしいそこにはパンパンに膨れた大きな袋がいくつも積み込まれていた。

「その荷物って……え? まさか」

「ああ、始祖竜様の鱗や牙、角だな。涙や炎なんてものまで出血大サービスしてもらった」

 なんともなしにとんでもないことを口にしたジークに、アリスフィーナは一瞬ポカンと開口した。そしてすぐに言葉の意味を理解して驚愕する。

「嘘っ!? あんたどうやって黄の始祖竜からそんなに奪ったのよ!?」

「奪ったとは人聞きが悪い。自分で剥げたのは鱗一枚だけだ。あとは手土産と交換で手に入れたんだよ」

「あのお酒?」

「ランドグリーズは無類の酒好きでな。『実は東の島国で手に入れた希少な酒を持ってきてたんだが』って言ったら目の色変えて『それを早く言わぬか馬鹿者!?』って怒鳴られた」

「へえ……」

 あの厳格そうな黄の始祖竜が酒を目の前にして豹変する姿はちょっと想像できなかった。

 だが事実、そこに積まれているのは黄の始祖竜の鱗などだ。袋の隙間から見えた黄色い輝きが正真正銘の本物であることを告げている。

 本物の始祖竜の鱗。

 これを売れば……一枚で一体いくらになるのだろう?

 ――ごくり。

「やらないぞ?」

「ふぁあっ!? い、いいいいらないわよ!? いるわけないでしょあたしが欲しいのはドラゴンの加護だけよ!?」

 アリスフィーナはついつい鱗の入った袋を見詰めてしまっていた目をぷいっと明後日の方向に向けた。そんなに物欲しそうにしていたのだろうか?

「どうでもいいけどさっさと後ろに乗れ。歩いて帰るつもりなら止めはせんがな」

「うっ……わ、わかったわ」

 アリスフィーナは恐る恐るといった様子で、ドルルル! と急かすように躍動する二輪駆動車の後部座席によいしょっと跨った。乗り心地は思いのほか悪くない。

 ジークの肩幅を広いと思いながら手を置く。

「おい、もうちょっとしっかり掴まれ。振り落とされるぞ」

「え? で、でも、これ以上はむ、胸があたって……」

「ないもんはあたらないだろ」

「ふん!」

「痛っ!? 馬鹿お前ヘルメットで頭突きすんな!?」

「うるさい馬鹿!」

 アリスフィーナはもう一度思いっ切り頭突きを食らわすと、ヤケクソ気味にジークの体にしがみつくのだった。

 二輪駆動車が大きな唸りを上げ、信じられない加速力で前進していく。風を切り裂くようなスピードは、確かにしっかりとしがみついていなかったらあっと言う間に振り落とされていただろう。

 ドラゴンの試練は失敗に終わったが、今回の挑戦が無駄だったなんて思わない。

 得たものはある。次は必ず成功させる。


 そのためには――


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