表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/26

Episode1-4 試練開始

 黄色の炎に照らされた広大な洞窟内に、同じく黄色の鮮やかな鱗に覆われた巨大なドラゴンが君臨している。

「なんで、始祖竜がこんなところに……?」

 始祖竜。

 かつて七柱の女神が姿を変え、暗黒大陸の魔族を人間と協力して大陸ごと沈めたとされる強大無比のドラゴンである。

 伝説の存在。

 けれど架空の存在ではないことは、ランベール王国の貴族であれば幼子だって知っている。幼少期に没落貴族となったアリスフィーナも耳にタコができるほど聞かされてきた。

 ただその居場所についての情報は、学術都市ルサージュにある国立魔道図書館を禁書保管庫まで探し尽くしたとしても見つからないだろう。

 噂を頼りにやってきた岩山で、偶然遭遇するなど奇跡に等しい。

 なのに、現実として始祖竜はアリスフィーナの目の前にいる。

「なんだ、大貴族に戻るって息巻いていたから知ってんのかと思ったぞ」

 呆れた口調でジークが言う。そんなのは言葉のあやだった。元大貴族がドラゴンの加護を取り戻せば、たとえ始祖竜でなくても元に戻れるという期待もあった。

「あ、あんたこそ、ここが黄の始祖竜の巣だってことどうして知ってるのよ?」

「前にも来たことがあるからだ。んなことより、アリスお嬢様は大貴族に返り咲くんだろ? 始祖竜相手なら丁度いいじゃねえか」

「そうだけど……」

 出会ったドラゴンが始祖竜だった事実に、そこまでの覚悟ができていなかったアリスフィーナは若干腰が引けていた。

『おんしら、なにをこそこそ喋っておるのじゃ。わしに用があるのではないのか? ないのであれば早々に立ち去るがよい』

 岩塊の頂上から退屈そうな声が降ってくる。前脚の指一本動かしただけで、アリスフィーナの小さな体などゴミ屑のように吹き飛ばされてしまいそうな威圧感。

 ――わたし、アレに勝てるの?

 あまり待たせるのは始祖竜様に悪い。だけど、アリスフィーナの足は石にでもなったかのように動かすことができなかった。

 すると――

「自信を持てよ。お前はこの十年間、なんのために頑張って来たんだ?」

 ポン、と誰かが優しく背中を押してくれた。誰かとは言うまでもない。ここにはアリスフィーナを除けば一人しか人間はいないのだから。

「ジーク……」

「ま、俺が知ったことじゃねえんだけどな。こっから先は手伝いなしだ。お前が勝手に挑んで勝手に負けるとこを勝手に観戦させてもらうぜ」

「むっ」

 ニヘラと意地の悪い笑みを浮かべるジークの適当な言い方に、アリスフィーナは思わず頬を膨らました。この男、アリスフィーナの勝利を微塵も信じていない。なんだかわからないけど無性に腹が立つ。

 ――ちょっと剣の腕が立つからって……いいわよ、目に物見せてやるんだから!

 ジークにはもう視線を向けず、アリスフィーナは数歩前に出てまっすぐに黄色いドラゴンを見上げた。足は不思議と自然に動いた。

「俺もあいつに用事があるからな、頼むからなるべくさっさと終わらせてくれよ?」

「ええ、やってやるわ」

 壁に凭れて腕を組んだジークに一言だけ告げ、アリスフィーナは深く息を吸って吐き出す。

 気持ちを整えたアリスフィーナは、腰のホルスターに竜装があることを確認してから、大声を張り上げた。


「黄の始祖竜――ランドグリーズ様とお見受けします! わたしはアリスフィーナ・フランヴェリエ! どうか、わたしにドラゴンの加護をお与えください!」


 凛とした表情に、力強い声。まだ少し緊張で力んでしまっているが、引けていた腰はもう直っている。これなら大丈夫。やれる。

『加護、か。それはつまりわしに挑むということか、小さき者よ』

「はい!」

『おんしはフランヴェリエと言ったな? 彼の一族は赤の始祖竜の加護を失って久しいと聞く。なるほどのう、この国でドラゴンの加護を失った貴族はさぞ生き辛かろう』

 憐れむような言葉だが、ランドグリーズに憐憫の念は感じない。ただ淡々とこの国における事実を述べただけに過ぎない。

 それでいい。情けをかけられた加護などいらない。

『既にわしはグランボルカ家に加護を与えておるが……まあ、それも二千年前のこと。以前より千年以上も経っておるゆえ疑似竜核の生成は可能じゃな』

 ランドグリーズがなにを言っているのかはちょっとわからなかったが、グランボルカ家は知っている。ランベール王国の六大貴族――今は五大貴族だが――の一角だ。

『よかろう、おんしに試練を与える』

 ぐっと首をもたげたランドグリーズが、透き通るようなアイスブルーの瞳にアリスフィーナを映した。

 ――やった!

「あ、ありがとうございます!」

 ここまで来て試練すら受けられなかったらどうしようかと思った。込み上げてくる歓喜にアリスフィーナは深々と低頭する。

『では、早速じゃが試練を始めるとしようかの。ほれ、もうちと下がれ』

「えっ?」

 なにをするつもりなのか疑問に思いながらアリスフィーナが数歩下がると――ボゴン! さっきまで立っていた場所から鋭い岩塊が突き上げてきた。

「なっ!?」

 隆起した岩塊はそこだけではない。空洞のほぼ全域――入口付近以外が次々と形を変えていく。

 轟音が響き、砂埃が巻き上がる。

 気がつけば、アリスフィーナとランドグリーズの間に剣山のごときフィールドが展開されていた。

「これは……」

 突出した岩塊はほとんど尖鋭な形だったが、中には足場になりそうな岩もいくつかある。あのフィールド内でなにをさせられるのだろう? もしランドグリーズと正面から戦うという話なら、正直かなりの無茶振りである。

『試練の内容じゃが……なに、難しいことは言わん』

 剣山の向こう側、高い岩場に悠然と寝そべる黄の始祖竜が、紅葉のような尻尾で自分の足下をツンツンと示す。

『わしの下へ辿り着いてみせよ。小娘、おんしの勝利条件はたったそれだけじゃ』

 この剣山のフィールドを越えて、ランドグリーズまで辿り着く。

 簡単そうに言うが、ちょっと足を踏み外したら即死の可能性もある危険な地形だ。でもミスさえしなければ、ランドグリーズまでの道はきちんと用意されている。

 ――大丈夫、行ける。

『そして敗北条件じゃが』

「……うそっ」

 アリスフィーナは青ざめた。岩塊の陰という陰から、異形の生物が次々と這い出て来たのだ。ロックリザードや、それよりも一回り大きな上位種、さらに土人形ゴーレムやサンドワームと言った地属性の魔獣たちである。

『おんしが試練を続行不可となった場合、試練は終了じゃ。負けるにしても、せいぜい死なぬよう努力するがよい』

 ランドグリーズの声が残酷に響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ