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Episode4-4 アリスフィーナの失踪

 学術都市ルサージュ――中央工房。

 ジーク・ドラグランジュは作りかけだった魔巧具の最終調整を行っていた。

 密室にした室内の天井に筐体を取りつけ、遠隔操作で起動させる。ガコンと静かな起動音。筐体の底が開き、冷たい風が優しく吐き出され始めた。

 部屋の温度が緩やかに下がっていく。設定した温度になったところで気温の低下は止まり、室内はずいぶんと涼しくなった。今の時期だと少し肌寒いが、これから暑くなるに連れて需要が高まっていくことだろう。

 魔巧具に組み込んだ魔力資源は水・風・雷の三属性。そのうち水属性を火属性の魔力資源に取り換えると冷気ではなく温風を放出するようになる。今は手動で取り換えるしかないが、やがては火属性も最初から組み込んでおいてスイッチ一つで切り替えられるようになれば便利だろう。

「いい調子だ」

 魔巧具が問題なく作動していることを確認してジークは満足気な笑みを浮かべる。こういった空調魔巧具が他に存在しないわけではない。だがそのほとんどは王宮や貴族の屋敷などで使われる高級品か、この中央工房に設置されるような業務用の大型ばかりである。庶民に普及できるコストで制作された物はジークが知る限りない。

「あとは量産体制を整えれば完璧……まあ、それは俺の仕事じゃねえな」

 この魔巧具は中央工房に提出する予定だ。ジークが行うのは開発と技術の提供までであり、作った物を独占して売り捌くつもりはなかった。もっとも、ジークにしか作れない物に関してはその限りではないが。

「ジーク様、お客様がお見えです」

 ドアが控え目にノックされ、中央工房の職員と思われる女性の声がかけられた。

「ヴィクトラン魔道学園長か?」

「いえ、その学園の生徒のようです」

「なに?」

 ジークは怪訝に眉を顰め、遠隔操作で空調魔巧具を停止させる。

「背の低い銀髪の女の子です。酷く慌てているようでしたが……」

 ――銀髪……フリジットか。

 他に思い当たる女子生徒はいない。しかし、既に夜も遅い時間だ。深夜とまではいかないが、夕食時はとっくに過ぎている。学園の寮には確か門限があったはずで、この時間に外をうろついているのは一部の不良学生くらいだ。

 ――酷く慌てていると言ったか? あのフリジットが?

 感情の起伏が乏しく、どんなに内心で熱くなっていても氷のように冷めた表情をしている彼女が赤の他人にそう捉えられるとは……余程の事態が発生したに違いない。

「工房のエントランスでお待ちいただいております」

「すぐに行く」

 ジークは部屋を片づけることも後回しにし、職員に案内される形でエントランスに急いだ。


        †


「……ジーク!」

 エントランスに現れたジークを見つけるや否や、フリジット・グレイヴィアはスカイブルーの目を見開いてすぐに駆け寄ってきた。

 工房まで急いで来たのだろう。だいぶ落ち着いているが、息切れしていた様子が窺える。なるほど、これは確かに酷く慌てているようだ。

「なにがあった?」

 職員を手振りで下がらせ、ジークは慎重にそう訊ねた。

「……アリスフィーナがいなくなった!」

「は?」

 意味がわからなかった。いや、言葉としては理解できる。それがどういう状況なのかが言葉足らずなのだ。まさか、あのお嬢様はついになにかやらかして寮を追い出されてしまったのだろうか?

 そう真っ先に思ってしまえる程度にはアリスフィーナという人物を把握しているジークだったが、どうやら違うようだ。

「……寮の門限を過ぎても帰ってこない」

「バイトでもしてるんじゃないか?」

「……あり得ない。この時間に学生を働かせることは禁止されているから」

 夜間の学生バイトの禁止は学園側としては当然だろう。シュレッサー家はそのルールを学生だけでなく都市全体に敷いている。そうなるとまともなアルバイトであれば門限には帰宅しているはずだ。ちなみに、竜装製作はまともじゃないアルバイトである。

「遠出をした……ならなにかしら手続きはしているか」

 黄の始祖竜に喧嘩売りに行った時は数日戻って来なかったはずだが、それが問題にならなかったのは事前に外泊申請などを出していたからだろう。

「……パン屋のおばさんが言ってた。アリスフィーナが怪しい男たちの後をつけて行ったって。パン屋のおばさん、心配そうに店の前で立ってたから」

 怪しい男たち――もしそれが変装した猟兵団員だったとすれば非常にまずい。あのアリスお嬢様のことだ、黙って見ているだけでは絶対に済まない。済んだとしても、なにかしらドジ踏んで見つかってしまうのがオチだ。

 奇跡的にドジらなくて今も尾行を続けているか、それとも見つかって捕縛されてしまったか。前者もかなり危険だが、後者だとすれば最悪既にこの世にはいない可能性もある。

 急ぐ必要が出てきた。

「このこと、ヴィクトランは?」

「……学生会長から伝わっているはず」

 となると、フリジットはさっきまでアルテミシアと一緒にアリスフィーナを捜索していたのだろう。

「わかった。まずは学園に行くぞ。ヴィクトランがなにか掴んでいるかもしれない」

「……うん」

 ジークとフリジットは足早に工房を出た。ジークの歩幅に合わせているためフリジットは小走りだった。

「お前、魔巧機装兵(エクスマキナ)は?」

「……学園の工房。取りに行っている余裕はなかった」

 息切れしていたのが少し不思議だったが、自分の足で走り回っていたのなら納得だ。そこまで必死になって捜していたのだと思うと、やはり彼女は感情表現が苦手なだけなのだとわかってしまう。

「意外と友達思いだな」

「……そ、そんなことはない」

 バツが悪そうにそっぽを向くフリジット。そんな彼女の頭にジークはヘルメットを被せた。

 目の前には二輪駆動車。

「こいつで行く。後ろに乗れ」

「……やった。これ乗ってみたかった」

 一瞬、フリジットは友達のことなどぽーんと忘れたかのように青い瞳を輝かせていた。


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