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Episode3-8 ドラグランジュ

 風亜竜(ウィンドドレイク)の死骸から素材を剥ぎ取ってシュゼットの鍛冶工房へと戻った時には、既に西日が稜線の彼方へ沈んでいた。

 いくら魔道師が三人いても全ての素材を回収することはできなかったので、ジークはもう何往復かするつもりで夜の山へと逞しく入って行った。流石にアリスフィーナはそこまで付き合いたくない。もう全身がくたくただったので、ジークの気が済むまで鍛冶工房で休ませてもらうことにした。

 最初は適当に座って待っているだけのつもりだったのだが――

「そういうことなら工房の裏に天然温泉があるんだが、入ってくか?」

 シュゼットから大変魅力的な提案をされてしまっては断るわけにはいかない。アリスフィーナはもちろん、フリジットとアルテミシアも木こりの真似事で汚れ疲れた体をリフレッシュしたかったのだ。

「ふわぁ、すごい! 本当に温泉があるわ! 広い!」

 鍛冶工房のすぐ裏――渓流の川原へと降りた場所で、岩を円形に重ねた露天風呂から真っ白い湯気が立ち上っていた。四人で浸かっても有り余る広さ。これをシュゼットが毎日堪能しているかと思うと嫉妬しそうだ。

 シュゼット手作りの簡易脱衣所で服を脱ぎ、四人揃って湯船に浸かる。丁度いい温かさが体の芯まで染み渡り、山登りの疲れなんて一瞬で飛んでいった。

「う~ん、水じゃないお風呂って久しぶり!」

「水じゃないって……アリスフィーナ様の私生活が気になりますわね」

「……火の魔力燃料代が払えないなら、お湯くらい自分で沸かせばいい」

「それ、一回やったら寮の管理人さんに怒られた」

 ちょっと加減を間違えて部屋を半焼させかけた事件は決して表に出してはならないアリスフィーナの黒歴史である。おかげで馬鹿にならない修理代が飛んだ。節約どころか余計に出費してしまった。もう一回やらかすと寮を追い出されるので二度とやらないと心に固く誓っているアリスフィーナである。

「あーそうか、お前さんフランヴェリエだったな。貴族様ってのは没落したら一般平民より金に困るのか?」

 体にタオルを巻かず頭に乗せただけのシュゼットがドサリと湯船に浸かってからかうように訊ねた。目の前の湯船に大きな乳房がぷかりと浮いてなんとも言えない気分になるアリスフィーナである。

「ある程度質素に暮らしていればそんなことはないはですが……」

「……ランベールは豊かな国。少しくらい贅沢しても最低限の生活はできる。アリスフィーナのお金の使い方が頭悪いだけ」

「な、なによ。フリジットこそ、変な魔巧具の開発にがっつり使ってるって話じゃない!」

「……私はちゃんと予算内でやってる」

「うぐぐ……」

 アリスフィーナは歯噛みした。確かに後先考えずに変な物を買ってしまう癖があるような気がする。竜装と間違えた剣とか。

「なにに使ったのか知らねえが、これからは生活費に回した方がいいぞ。じゃねえといつまで経ってもそんな貧相な体のままだぜ?」

「貧相言うな!」

 アリスフィーナは視線をシュゼットの顔からやや下にずらした場所を睨む。湯船に浮かぶ二つのそれを擬音で表すなら――バイーン。

 続いて視線を自分の真下に向ける。体に巻いたタオルが申し訳程度に凹凸を示しているそれを擬音で表すなら――ストーン。

 さらにフリジットとアルテミシアを見る。シュゼットほどではないが、確かな女性的膨らみがそこにあった。フリジットなど自分と大して身長も変わらないのに。

「あ、あんたたちは育ち過ぎなのよッ!! その無駄な脂肪をちょっとくらいわたしに分けなさい!!」

「大きくても肩が凝るだけですわよ?」

「勝ち組の嫌味!?」

 と、フリジットがアルテミシアの背後から抱き着いた。

「……確かに会長はナイスバデー。ジークをメロメロにするためにえっちぃ体づくりの秘訣を教えてほしい」

「きゃっ!? あ、ありませんわそんなもの!?」

 フリジットを振り払って湯船の反対側まで逃げるアルテミシア。庇うように腕で隠した胸元が逆に強調されてアリスフィーナはジト目にならざるを得なかった。

 カカッとシュゼットが笑う。

「まあ、あの生意気小僧がたかが女の体で骨抜きにされる姿は想像できねえがな」

「え? もしかしてジーク様ってそっち系ですの? だとすれば……ふふ、妄想が捗りそうですわ♪」

「……あ、会長の目が輝いた」

「なによ、そっち系って?」

「そっち系じゃねえだろうが、あの小僧を落とすつもりなら並大抵じゃいかねえぞ」

「だからそっち系ってなに!?」

 アリスフィーナの疑問には誰も答えてくれなかった。あの真面目な学生会長が恍惚とした表情をしているので悪いモノではないのかもしれないが、なんだか聞いてはいけない気もしてくるからちょっと怖い。

「……シュゼットはジークと昔からの知り合い。それってどのくらい?」

「おう、そうだな。あいつがまだこーんなに小さい頃から知ってるぜ」

 シュゼットは人差し指と親指で豆と摘まむような仕草をした。いくらなんでも幼いジークがそんなに小さいわけがない。いや、胎児の頃から知っていたということだろうか?

 するとアルテミシアがさっきまでとは別の感情で瞳を輝かせた。

「小さい頃のジーク様のお話、聞いてみたいですわ」

「おいおい、シュレッサー家の嬢ちゃん。他人の過去をおいそれと聞くもんじゃねえぜ。過去ってのは人によっちゃ話したくないもんだからよ」

「そ、そうですわね。わたくしとしたことが、少々デリカシーにかけておりましたわ」

 しゅんとするアルテミシアだったが、シュゼットはニヤリと人の悪い笑みを口元に刻んだ。

「まあオレは本人じゃねえから余裕で話せるがな! あいつの恥ずかしいことなんか特に!」

「この人やっぱり性格最悪だわ!?」

 シュゼットの前では絶対に弱みになるようなことを見せてはならない。なんか既にいろいろ遅い気もするが、アリスフィーナは心の中でそう誓った。

「で? なにが聞きたい。オレが答えられるもんならなんでも答えてやるぜ?」

 シュゼットはノリノリだった。この場にジークがいたら殴ってでも止めにかかるだろう。もし本当にいたなら殴られるのはジークの方だが……。

「では、お言葉に甘えまして――」

 アルテミシアが瞑目して質問を考え、そして少し真面目な表情になってこう訊ねた。


「ジーク様は、ドラグランジュの人間はどうして竜装を作ることができるのですか?」


「……む? それは私も知りたい」

 ピクリ、と鼻先まで湯船に浸かっていたフリジットも反応した。

「ジークの話じゃねえのかよ」

 予想外の質問にシュゼットがテンションを落とした。だが、アルテミシアは構わずに質問を続ける。

「ジーク様は竜核を素手で触っておりました。竜核は、普通の人間でしたら触れる前に腕ごと消し飛ぶ魔力の『圧』を放出していますわ。お父様からはドラグランジュの技術とだけ聞かされていますが、わたくしはどうもそれだけではないような気がしていますの」

「その話はオレに振るもんじゃねえだろ。本人に聞けよ」

「ジーク様は恐らく教えてくれませんわ。ですがシュゼット様、あなた様なら知っているのではありませんか?」

 シュゼットは鍛冶師だ。魔巧技師ではない。けれど、ジークと――ドラグランジュ家と古い縁があるのなら知っていても不思議はないかもしれない。

「……シュゼット、私からもお願いする。教えてほしい」

 頭を下げるフリジットだったが、正直アリスフィーナにはどうでもいい。ジークは竜装を作れる。それだけ知っていれば問題あるまい。手伝いだって技術的なことをやらされるわけではないのだ。

「わーったよ。オレが知ってんのは触りだけだが、それでいいか?」

「はい」

「……感謝」

 アルテミシアとフリジットが頷く。シュゼットは諦めたようにお湯を顔にかけると、星が輝き始めた空を見上げて言葉を紡いだ。

「あんたらは、このランベールの王家と六大貴族、それぞれに加護を与えているドラゴンの名前は知ってるか?」

 意図のわからない質問だった。

「当然ですわ」

「……それがなにか関係あるの?」

「いいから言ってみろ」

 言われ、アリスフィーナたちは顔を見合わせてから質問の答えを口にする。

「まず、ランベール王家に加護を与えているのは白の始祖竜――レギンレイヴ様ですわ」

「……ファウルダース家が紫の始祖竜――サングリーズル。デュアメル家が鉄の皇帝竜――ヘルムヴィーゲ。グランボルカ家が黄の始祖竜――ランドグリーズ」

「わたくし、シュレッサー家は緑の始祖竜――エルルーン様ですわ」

「……私のグレイヴィア家は青の始祖竜――シグルドリーヴァ」

「フランヴェリエは赤の始祖竜――ブリュンヒルデだったわ」

 アリスフィーナのフランヴェリエ家にはもう加護がない。だから過去形だ。

「かつてランベールを救った七柱の女神たちは、それぞれが美しいドラゴンへと姿を変え、七人の人間に力を与えた。七人のうち一人は王に、六人は王を支える大貴族となりランベールの礎を築いた」

「……今度は伝承?」

「一体なにが言いたいのですか?」

 少し不審に思ってきたらしい二人が眉を顰める。シュゼットはその反応を楽しむような笑みを浮かべて――

「さて問題だ。始祖竜とは元々七柱の女神だったわけだが、今の挙げてもらった中に始祖竜は六体しかいない。これはどうしてだ?」

「あ、本当だ!」

 アリスフィーナは指折り数えて今気づいた声を上げた。六大貴族の一つが始祖竜ではなく、皇帝竜と称される高位のドラゴンだった。

「デュアメル家ですわね。彼の家は百年前に高位ドラゴンの試練に挑戦し、見事打ち勝った超武闘派の貴族ですわ。それまでは五大貴族だったと伝わっていますの」

「じゃあなんで『六人は王を支える大貴族となり』なって伝承があるんだ?」

「……最初は六大貴族だった。でも一つ減って、百年前に一つ増えた?」

「そうだ。減ったのが何百年前か何千年前かは知らねえ。だが、かつては確かにいたんだ。黒の始祖竜――ヘルヴォールが加護を与えていた貴族がな」

「黒の始祖竜……?」

 アリスフィーナも知ってはいる。黒も伝承にちゃんと出てくる始祖竜の一体だ。しかし、黒の始祖竜がどこかの貴族に加護を与えていたなんて話は聞いたことがない。

「竜装の技術はその黒の始祖竜がもたらしたらしい。そんで、そいつが加護を与えていた貴族ってのが――ドラグランジュだ」

「「「――ッ!?」」」

 これには三人とも目を丸くした。

「ドラグランジュ家の人間が竜核に素手で触れるってのは、技術でも特殊な道具や魔道術を使ってるわけでもねえ。その加護があるからってわけさ」

 ここにきてようやく最初の質問の答えを聞けた。黒の始祖竜が竜装技術をもたらしたとは興味のないアリスフィーナでも驚きだった。

「まあ、全部ユルギスのおっさんから聞いた話だから確かめたわけじゃねえけどよ」

 ユルギスとは確かジークの父親だ。寧ろここまで話しているということは、シュゼットは余程に信頼があったのだろう。

 それにしても――

「ジークって、元貴族だったの?」

「伝承時代の話だ」

「なんで、黒の始祖竜はいなくなっちゃったの?」

「実際んとこは知らねえが、大よそ予想はつくだろ。――竜装だ」

 シュゼットはその辺の小石を拾って露天風呂の仕切りに積み上げた。

「こいつが一つの都市だとする。で、こっちが竜装」

 風呂桶を竜装に見立ててお湯を掬い、積み上げた小石に向けて勢いよく放出した。小石はお湯に飲まれて呆気なく崩壊し、露天風呂の外側へと押し流された。

「今のは陳腐な縮図だったが、つまり竜装は一歩間違えば危険過ぎる兵器ってことだ。それを生み出す技術を封印しないまでも、拡散しないために黒の始祖竜とドラグランジュ家は歴史から姿を消したのさ」

「……だからジークは私の弟子入りを断った?」

「でもおかしいですわ。加護がなければ竜装を作れないのなら、拡散される恐れはないはずですの」

「なにを聞いていた? 加護があれば竜核に直接触れられるって話だぞ。技術自体は別だ。直接的な加工ができなけりゃ劣化品になっちまうだろうが、それでも竜装ってのはどこの国も欲しがっているほど強力なんだよ」

 そうだ。加護がなくても竜核を運搬したりする方法はある。緑の始祖竜の竜核を時計塔の最上階に運んだように。だから技術さえ知られてしまえば、竜装が量産されて戦争の引き金になったりするのだろう。

「さ、終いだ。魔巧技師でもねえオレが話せるのはこのくらいだぞ?」

「いえ、充分過ぎますわ。ありがとうございます、シュゼット様」

 感謝の意を込めて深々と頭を下げるアルテミシア。よく考えたら大貴族とただの鍛冶師が一緒に風呂に入っている光景は異様だった。しかもその鍛冶師は大貴族に頭を下げさせている。

 ランベールは身分の壁が薄い良い国……ということにしておこう。

「(……その黒の始祖竜が十年前に殺されちまったって話は、しねえ方がいいな)」

 最後にシュゼットが呟いた言葉は、アリスフィーナにはよく聞こえなかった。


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