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Episode3-2 対話

 どこまでも続く真っ白い空間にアリスフィーナ・フランヴェリエは佇んでいた。

 上も下も右も左もないただ白いだけの空間。アリスフィーナ以外のなにかも存在しておらず、ただ足が地面を踏み締めている感触だけが不思議と伝わっていた。

「……なに、これ? 夢?」

 だと思う。こんなところに来た覚えは当然ないし、最後の記憶は学生寮のベッドで横になって目を閉じた瞬間だ。やたらと眠くなって気がついたらここにいた。

 だけど、明晰夢だとしても意識は異様にハッキリしている。

 寝ている間に攫われたわけでもないと思うが……とりあえず、その辺を歩いてみることにした。

 白い景色は変わらない。

 自分が本当に歩いているのか、前に進んでいるのかも曖昧になってくる。一体自分はなにを思ってこんな夢を見ているのか。

 初めて変化が起きたのは、歩き始めて体感で三時間ほど経った頃だった。


『――アリス――』


 誰かに、呼ばれた。

 聞き覚えがあるようでないような、しかしどことなく懐かしさを感じる女性の声。


『――アリス――アリスフィーナ・フランヴェリエ――』

 

 声が次第に明瞭になってくる。

「誰なの?」

 辺りを見回すが、やはり真っ白い世界が広がっているだけでアリスフィーナ以外誰もいない。

『よかった、やっと声が聞こえるようになったみたいね。いえ、普通に考えれば充分に早いのかしら』

 安心したような声音が響く。誰の声だかわからないのに、アリスフィーナは聞いているだけで不思議と安らぎのような感覚を抱いていた。

『私がどこにいるのかわかる?』

 その問いには首を横に振って答える。辺り一面は相変わらず白い世界のままだ。

『……そう、やっぱりもう少し時間が必要みたいね。たくさんお話したいことはあるけれど、それはその時にしましょう』

 声が遠ざかっていく。

「待って!? あんたは誰なのよ!? ここはどこなの!?」

『ここはあなたの夢。大丈夫。不安にならないで、もうすぐ目を覚ますわ』

 優しくそう告げると、声の主はアリスフィーナには見えないのに消えていくように感じた。

「待ってってば!? まだあんたが誰だか聞いてない!?」

 意味がないと知りつつ走り出す。白い世界は白い世界のまま、その景色は一点の染みすら現れることはなかった。


『また会いましょう。私の愛しいアリス』


        †


「――ていう夢を見たの」

「なるほど、夢オチか」

「そうだけどなんか違う!?」

 翌日の昼休みに、アリスフィーナはその辺をぶらついていたジーク・ドラグランジュにたかっ……を誘ってランチを共にしていた。そこで昨夜見た夢の話をすると、ジークには馬鹿にされたように鼻で笑われた。

「そんなことより」

「そんなこと!? いや、まあ、そんなことだけど……」

「アリスお嬢様は遠慮というものを知るべきじゃないか?」

 テーブルに頬杖をついたジークは呆れた顔だった。ちょっとなにを言っているのかわからない。アリスフィーナはただステーキセットとピザとパスタとサラダを注文しただけである。

「あんたって意外とお金持ってるわよね。魔巧技師って儲かるの?」

「腕がよけりゃな」

 魔巧技師は普通どこかの工房に雇われてお賃金を貰っているのだが、ジークはフリーでかなり稼いでいる様子だ。アリスフィーナはジークの竜装製作を手伝うことになっているわけだから、もしかするとワンチャン――

「フリジットならともかく、アリスお嬢様にゃ無理だな。変な考えを起こしたら一気に破産するぞ?」

「ふわぁあッ!? げほっげほっ!? そ、そそそんなこと考えてないわよ!? 勝手に人の心読まないでよ!?」

「考えてるじゃねえか」

 危うくパスタを喉に詰まらせそうになったアリスフィーナをジークは真っ白な視線で眺めていた。

「ああ、そうだ。さっきの夢の話だがな」

 涙目で水を飲んでいたアリスフィーナにジークが思い出したように言う。

「そんなこと、じゃなかったの?」

 さっきはまともに相手してくれなかったためアリスフィーナは膨れっ面だった。

「いや、これが割と重要だ。その夢は〝対話〟が始まった証拠だからな」

「〝対話〟って?」

 きょとんと小首を傾げる。

「お前に譲った竜装あるだろ? 出してみろ」

 ジークはそう言うとテーブルを指して『ここに置け』とジェスチャーした。仕方なくアリスフィーナは魔道術によるプライベート空間に収納されていた紅い拳銃を取り出す。

「もうわかってると思うが、こいつにもちゃんと竜核が備わっている。竜核にはドラゴンの意思が宿っていて、持ち主と精神世界で繋がることで話をすることができるんだ」

「え? それがあの夢だって言うの?」

「恐らくな」

 となると、あの声の正体はドラゴンだったってことになる。

「ここは素直誉めてやる。普通、何年も竜装を使い続けてねえと〝対話〟に至ることはできない。お前は間違いなく天才だ」

「……あんたに誉められるとなんか気持ち悪いわね」

 あと微妙に棒読みだったのが気にくわない。そんなに誉めたくないなら誉めなければアリスフィーナも鳥肌が立ちそうにならなくて済んだのだ。

「俺のことはいいが、竜装の『声』を気持ち悪がったりすんなよ? 竜装の力を全て引き出すには〝対話〟ってのは必須科目だ。しっかり耳を傾けて、こちらからも話しかけて、友達にでもなってこい」

「友達って……」

「そうすりゃ、お前の竜装はもう一段回上に行ける」

「……これで完全じゃないのね」

 ただでさえ山の形を変えてしまうほどの威力を出せるのに、これ以上強化されたら一体どうなってしまうのか? アリスフィーナには想像がつかない。

 恐怖もあるが、それ以上に竜装を持つ者として必要なのではないかという気持ちが勝っていた。ジークもやめろとは言わず、寧ろそうするべきだという雰囲気である。

 もっと鍛錬を積めば会えるかもしれない。

 どこか懐かしい、あの『声』の主に。

「さてと、飯は食い終わったな。早速だが手伝ってもらうぞ」

「……」

 来た。竜装製作の手伝い。

 どんな恐ろしいことをさせられるのだろうか? もっとゆっくり食べていればよかったとアリスフィーナは後悔した。

「買い物と、街外れに一件用事がある」

「あ、案内でもすればいいのかしら?」

 それならお安い御用だ、と思ってほっと平坦な胸を撫で下ろしかけたアリスフィーナだったが――

「いいや、荷物持ち。大質量の鉱物を運ぶことになるんだが、アリスお嬢様には便利な魔道術があるからなぁ。食った分は働いてもらうぞ」

 その悪魔のような微笑みに全力ダッシュで逃げ出したくなった。


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