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Episode2-6 竜核

 学園長室の隠し通路から階段を上り、いくつもの厳重な封印処置が施されてあったと思しき大扉をくぐった先にジークは案内された。

 時計塔の床面積をほとんど使っていそうな広い空間。だが、魔巧具開発に必要な機材が乱雑に置かれているためどうにも狭く感じる。床もその機材に魔力を通す配線が張り巡らされており、気をつけていないと簡単に躓きそうだ。

 まさに今からでもここで竜装開発を行える設備だったが――

「いや、もう少し整頓しとけよ」

 部屋の惨状を見回しながら嘆息するジークだった。

「ごめんごめん。でも素人の僕らじゃあ配置とかよくわかんなくってさー」

「おいおい、まさか大貴族様が自分でこれ全部運んだのかよ?」

「そりゃそうでしょ? シュレッサー家の人間以外にこの場所を知られるわけにはいかないしねぇ」

「なるほど。そんじゃ、そこにいる奴もシュレッサー家の関係者か?」

 ジークが視線を投げた先――部屋の中心に置かれた台座の前に、一人の女性が影のように静かに屹立していた。

 青みがかった黒髪をショートカットに整えた美人だ。

「紹介しよう。彼女はクレール・キャスパー。封印魔道学を専攻している学園の教師だよ。ここの封印は彼女に任せていてね」

 ヴィクトランが軽く紹介すると、クレールと呼ばれた女性は小さく会釈をした。

「クレール・キャスパーです。私はシュレッサー家の者ではありませんが、代々使用人として仕えさせていただいております」

 信頼はできそうだ、とジークは第一印象でそう感じた。少なくとも、そこのオチャラケ眼鏡よりはずっと。

「一応、君のクラスの担任で……僕の将来のワイフさ」

「違います」

 コンマ二秒で否定が入った。

「学園長……いえ、お父様。その冗談は笑えませんわよ?」

 と、眉根を吊り上げてどこか鬼気迫る形相になったアルテミシアがヴィクトランに詰め寄った。再び空間を開いて竜装〈ゲイレルル〉を取り出し、実の父親に向かって突きつける。

「お母様はお父様のそういうユーモアに溢れているところが好きだったのかもしれませんが、流石に今のは不謹慎過ぎますわ!」

「ちょ!? 待って待ってアルテ!? パパが悪かったからその槍は仕舞ってください!?」

「いいえ! 今日という今日はいい加減にお父様の軽薄で薄情な性根を叩き直して差し上げますわ!」

「ひぃッ!?」

 後ろに下がろうとしたヴィクトランは配線に躓いて尻餅をつく。そんな彼の顔面スレスレに槍を突き立てた娘は、風も凪ぎそうな冷ややかな目で見下ろしていた。

 怒るのはわからないでもないが、少々度が過ぎている。

「なにかあったのか?」

 ジークはクレールに訊ねる。彼女は少し言い淀んでから瞑目した。

「シュレッサー夫人は先日、緑の始祖竜を守るために戦い――そして、命を落とされたのです。あのお方がいなければ、緑の始祖竜の竜核を確保することはできなかったでしょう」

「……」

「アルテミシアお嬢様はそのお母上を誰よりも慕っておりました。心中、お察ししていただければ幸いです」

「そいつはヴィクトランが百パー悪いな」

 他人の家の事情である。深入りするつもりは毛頭ない。が、とりあえずジークもヴィクトランに対する軽蔑度を跳ね上げることにした。

 ――だが、そこまで薄情な奴でもないはずなんだけどな。

 三年前、ジークの父親が死んだ時は真っ先に遠方の国まで駆けつけて涙を流してくれたことを覚えている。その時のヴィクトランも大変ウザかったが、シュレッサー家の事情を少し知った後では空元気のようにも思えてきた。

 だがなんにせよ首を突っ込む事柄ではない。ジークもジークで充分薄情だと内心苦笑しつつ、本題に切り替えることにした。

「アルテミシア、パパの折檻は後にしてくれ。おいヴィクトラン、エルルーンの竜核はどこだ? 見当たらないぞ?」

 一方的な親子喧嘩が本格的になる前にジークは割って入った。この隠し工房を訪れた最大の目的である始祖竜の竜核がどこにもないのはずっと疑問だった。

「あ、ああ、そうだったね。クレール、頼む」

「はい」

 ヴィクトランは眼鏡の位置を直しながら立ち上がると、クレールに命じて中央の台座を操作させた。

 台座をよく見ると、魔道文字の刻まれた鍵盤がずらりと並んでいた。クレールがカタカタと高速でその鍵盤を叩いていくに連れて、台座を中心に光の幾何学模様が展開される。

 光は次第に強さを増し――

 やがて、台座の中心に先程までなかった物体が出現していた。

 それは緑色に淡く輝く掌サイズの真球だった。物質と言うよりは、超高濃度の魔力が一点に凝縮されたエネルギー体に近い。そこに在るだけで空間がピリピリと振動しているような圧力を感じる。

 吸い寄せられるようにジークは台座へと歩み寄った。

「確かに竜核だ。そこいらのドラゴンとは比べ物にならん魔力を感じるな」

 竜核とはドラゴンの力の根源とも言うべき膨大な魔力からできた結晶体だ。高位のドラゴンともなればそこに意思すら宿るとされている。『魂』と呼ぶのが一番しっくりくるだろうか。

 世に存在している竜装は全てこの竜核を組み込んでいる。とはいえ、本物の竜核を使っている竜装は稀だ。そのほとんどはドラゴンが蓄えた魔力の余剰分から生み出した複製品――疑似竜核を使用している。

 疑似でも充分人智を超えた魔力資源であるが、そこにあるのは本物だ。

 本物の、始祖竜の竜核だ。

「あ、ジーク様!? 直接お手に触れてはなりませんわ!?」

 竜核に手を伸ばそうとしたジークをアルテミシアが慌てて止めた。これほど高濃度の魔力の塊に指一本でも触れようものなら……いや、触れようと近づいただけで手首から先が消滅してしまうだろう。

 普通なら。

「えっ!?」

 何事もなく台座から竜核を拾い上げたジークを見て、アルテミシアは驚愕に目を見開いた。ヴィクトランとクレールは知っていたのだろう。驚いているのは彼女だけである。

「普通なら触ることもできない竜核に触れられる。アルテ、これがドラグランジュの秘術だよ」

 眼鏡を持ち上げるようにしてヴィクトランが娘に説明した。

「僕らだと魔道術や道具を使って持ち運ぶことくらいしかできないけど、彼はそうじゃない。だからこそ彼にしか竜核の加工はできないのさ。大昔は何人もいたみたいだけどねぇ」

 時代が移り変わるにつれてドラゴンと人間は互いに干渉しなくなり、やがて竜装の技術も潰えていった。

 その最後の生き残りがジーク・ドラグランジュ。竜装という下手すると国すら傾く武具の制作技術を持った者が、十七歳の若者だという事実は少々残酷なようにも思えた。


        †


「(竜核!? あれが緑の始祖竜の竜核ですって!?)」

「(……驚いた。まさか時計塔にあんな魔力資源が隠されていたなんて)」

 乱雑に置かれた機材の陰に隠れて様子を窺っていたアリスフィーナとフリジットは、ジークが手にした緑色に輝く物体とその正体に驚きを禁じ得ないでいた。

「(凄い魔力……あいつ、よくあんなの触ってられるわね)」

「(……ジークはアレを使って竜装を作るつもりだと思う)」

 小声で話す二人は、これからジークが竜核をどうするのか興味津々だった。

 ジークが竜核を持って学園長の前に立つ。

「ヴィクトラン、この竜核なんだが」

 なにやら真剣な表情で片手に持った竜核を指差すジーク。


「どうやって食べる?」


「(は?)」

「(……え?)」

 二人にはジークがなにを言ったのかさっぱり理解できなかった。

「(今、なんか『食べる』って聞こえたけど、気のせいよね?)」

「(……私もそう聞こえた)」

 なにかの隠語なのかもしれない。もしも魔巧技術用語だったならばアリスフィーナはさっぱりだが、フリジットならわかるだろう。そのフリジットも首を傾げているとなれば、一体『食べる』とはどういう意味で――

「そうだねぇ。僕としてはパン粉をまぶして油で揚げて食べてみたいねぇ」

「生のままソースをつけて食べるのもアリだと思うぞ」

「おぅ、ジークちゃんてばワイルドだねぇ♪」

 そのままの意味だった。

「え? え? あの、ジーク様? お父様? なにを仰っていますの?」

 どうやら学生会長もアリスフィーナたちと同様に意味がわからないらしい。困惑した様子で謎な会話をする二人の間をキョロキョロしていた。

「鍋物にしてはどうでしょう?」

「クレールさんまで!?」

 封印魔道術のクレール先生までおかしな発言をしている。もしかすると誰かが幻聴の魔道術を使用しているのかもしれない。

「始祖竜の竜核を食べるなどと!? 皆さま一体どうなされたというもがもが……ッ!?」

 わけがわからず叫んだ学生会長の口をジークが手で塞いだ。そのまま抱き寄せるようにして耳元でなにかを囁く。学生会長は顔を真っ赤にしていた。

「(あ、ああああああいつなにしてんのよ!?)」

「(……学生会長、うらやま。ずるい)」

 ぐぬぬ、と歯噛みしてジークと学生会長を睨みつけるアリスフィーナとフリジット。ジークが囁き終えて離れると、学生会長は花咲くような笑顔で口を開いた。

「わたくしはパフェにして食べてみたいですわぁ♪」


「どうなってんのよもぉおおおおおおおおおおおうううう!?」


 堪らずアリスフィーナは絶叫していた。

「あっ……」

 つい機材の陰から飛び出してしまったアリスフィーナに四人の視線が集中する。連鎖的にフリジットも見つかってしまい……ジークと学園長は人の悪い笑みを浮かべていた。

「……しまった、罠」

 気づいた時にはもう遅い。唯一の出口にはいつの間にかクレール先生が回り込んでおり、残り三人がアリスフィーナを囲うようにじわじわと迫って来ていた。

「お二人ともどうやってここまで入って来ましたの? ここは関係者以外立ち入り禁止ですのよ?」

 学生会長が腰に手をあてて叱りつける。素行の悪い生徒を注意するような響きだったが、その怒った表情の奥にはもっと深刻な感情が込められている気がした。

「……学園長室にあった仕掛けなら私が動かした。でもここまで入るって言ったのはアリスフィーナ」

「ちょっとフリジット!? わたしのせいにする気!?」

「待ってください。仕掛けが作動しましたの? 学園長、なぜロックしなかったのですか? し忘れたわけではありませんわよね?」

 学生会長が怒りの矛先を学園長へと向けた。学園長はへらへらと笑って鷹揚に頷く。

「ん~、そりゃあもちろん、彼女たちが聞き耳立てていたのはわかってたからねぇ。部屋の仕掛けに気づけるかどうかちょっと試したくなってさ」

「つまり?」

「わ ざ と♪」


 ゴッ!!


 学生会長の拳が学園長の鳩尾にクリティカルヒットした。腹を抑えて膝を折る学園長にアリスフィーナとフリジットはゾッとする。

 次にあの鉄拳で制裁されるのは自分たちではなかろうか、と。

「信じられませんわ!? せっかくわたくしたち以外には秘匿していたのに……自分からバラすなんてなにをお考えですの!? ジーク様からもなにか言ってくださいまし!」

「ん? あー、まあ、こいつらなら別にいいんじゃないか?」

「ジーク様!?」

 味方だと思っていたらしいジークからテキトーな回答をされて学生会長は愕然とした。そこにまだ痛む腹を擦りながら学園長が立ち上がる。

「ジークちゃんの言う通りさ、アルテ。旧フランヴェリエ公爵の娘さんと、グレイヴィア公爵の三女様だよ? 事はシュレッサー家だけの問題でもないんだ。どうせなら彼女たちにも知っておいてもらった方がいい。いざドラゴン狩りをしている連中と戦うことになった時、その二家とも連携が取れれば随分と有利になると思わないかい?」

「それは……そうですが……」

 納得はしたようだが、学生会長はどこかまだ不満そうだった。なにかを言いたそうにしている彼女は無視して、学園長はニコリと笑ってアリスフィーナとフリジットを交互に見る。

「というわけだ。知っちゃったからにはタダでは帰さないよ」

 ビクリ、とアリスフィーナの肩が跳ねた。ドラゴン狩りとか正直なんのことだかさっぱりだが、もはや見てない聞いてないと言って見逃してもらえる段階ではない。

 学園長はこう見えても大陸に三人しかいない大魔道師だ。飄々としているが、その凄みは確かな威圧となってアリスフィーナたちに圧しかかってくる。

「く、口止め料でも貰えるのかしら? 最低一万エルは堅いわね。あはは」

「……安い」

 それでも萎縮するまいと無理矢理に傲然と言い放つアリスフィーナ。フリジットは要求金額の残念さに呆れていた。

「もちろん、ここで見て聞いたことは絶対に口外しちゃいけないよ。破ったらきつ~いオシオキが待っているからね。まあ、君たちに告げ口する友達がいるとも思えないけど」

「余計なお世話よ!?」

 フリジットはいないだろうが、アリスフィーナにはちゃんと友達くらいいる。いると思う。クラスで毎朝挨拶だけしているあの子とか、魔道術の実技で一度だけ二人組になってくれたあの子とか、席が隣のあの子とか…………だんだん虚しくなってきた。

「あとはそうだねぇ……」

 そんなアリスフィーナの事情をなぜか全部お見通しな様子の学園長は、苦笑しつつ顎に手をやってなにやら考え込んでいる。そして名案を思いついたようにポン! と手を叩いた。

「よし、君たちにはここでジークちゃんの助手になってもらうとしよう」

「は? おい眼鏡ちょっと待てコラ」

「……乗った」

 シュピッとフリジットが姿勢よく手を挙げた。元々ジークの弟子になりたかった彼女にとしては願ったり叶ったりだろう。しかし、魔巧技師ではないアリスフィーナにとってはこの上なく面倒なことであり――

「アルバイト代も弾もう」

「乗ったわ!」

 一瞬で目の色を変えて挙手するアリスフィーナだった。

「待てと言っている! 助手なんて不要だ! 俺は竜装の技術を他人に教える気はないぞ!」

 だが、全力で反対しているのは当のジークである。

「落ち着きなってジークちゃん。別にそこまでしろとは言ってないさ。彼女たちを雑用として使い倒すのもよし、必要な素材を採取して来させるのもよし。君の好きにするといい」

「ハッ、くだらんな。奴隷にでもしろってか?」

「奴隷!?」

 かぁああああっとアリスフィーナの顔が真っ赤になる。『奴隷』と聞いて真っ先に思い浮かんだのはちょっと前に読んだ十五歳未満お断りの恋愛小説。没落した貴族の令嬢が王子様の奴隷になって夜中にあんなことやこんなことを――

「……む、アリスフィーナがえっちぃこと考えてる」

「ふわぁああっ!? かかか考えてないわよ!?」

 ジト目を向けてくるフリジットにアリスフィーナは耳まで真っ赤になっていた。

「まあまあ、いいじゃないの? 人手は多いに越したことないでしょ?」

「……」

 そんなアリスフィーナの様子など気にもせず、ジークはしばらく考えるように目を瞑って腕を組んだ。たっぷり一分ほど試行錯誤してから、溜息混じりに口を開く。

「……はあ、わかった。助手を認める。フリジットは純粋に戦力になるだろうし、アリスお嬢様に渡した竜装の経過も観察したいところだったしな」

 やった! とアリスフィーナは心の中でガッツポーズを取った。他言無用の秘密のアルバイト。給料が安いわけがない。これでしばらく生活に困らなくなるならパシリの一つや二つくらい我慢できるというものである。

 というアリスフィーナの喜びは――

「ただし、俺は遠慮しないぞ?」

 ニヤリと悪魔のように笑ったジークの一言で無残にも瓦解するのだった。


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