第十九話
それからしばらく歩くと、ようやく砂漠を抜けた。砂漠といっても、あまり大きいものではなかったし当然ではある。
途中で追撃部隊と遭遇するというハプニングもあったが、どうにか切り抜けることに成功したし問題ないだろう。
「町があるわね」
フロルが不意に、つぶやいた。
実際、フロルが言うように目の前には町が広がっている。それもありえないほどに巨大な。
「町....なんですか?」
.....少し、訂正しよう。実際、フロルが言うように目の前には町が広がっている。それもありえないほど巨大で――空を飛んでいる町が。
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「地図にはそんな町のってないんだけどなぁ」
地図を開いて、俺はそうつぶやいた。
その地図にはこの先しばらく平原が続き、その後山脈が横に大きく連なっている――という絵が書いてある。
だが、これはいったいどういうことだろうか。
俺たちの目の前に浮かんでいるのは、町というよりもはや国とでも言うべきほどに大きな都市だった。
その都市は約10メートルほど空中に浮かんでおり、入り口まで橋が架かっている。橋の付け根には大きな門が設置されているが、今は固く閉ざされていた。
門以外のところは分厚い石の壁に囲まれていて、そこから進入するのは不可能だろう。
「こんな町、見たことも聞いたこともないわね」
「私も、聞いたことありません」
「ラピ○タは....ラ○ュタは本当にあったんだ!」
若干1名、あまりの衝撃に壊れている人が....ええ俺ですがなにか?
それはともかく、ほかの2人もこんな町は知らないらしい。となるとあれか?やっぱりラピュ○か?
まあいい、本当はすごく立ち寄ってみたいのだが、今は旅路を急がなければならない。またいつ追撃隊がやってくるのか分からないのだ。
「ま、どうせ立ち寄るってわけでもないし、無視でいいだろ、無視」
そういって歩き出そうとすると....。
「ま、待ってください、お姉さま」
「うん?」
アリーが急に立ち止まって、町のすぐ下を指差した。
「あそこ....」
「なに?」
俺とフロルがでかい町の下に目を凝らす。
そこでは小さな黒い点がもぞもぞと動いてるように見えるだけで、それ以外は特に何も見えない。ということは、あの黒い点のことを言っているのだろう。
だが、あの点はおそらくただの人間。
そこまで脅威になるようなことはないはずだが.....。
「違います。あれは人間ではありません」
だが、アリーはそう断言した。
これでも俺は、暗殺者をやっていたのだ。暗闇でもきちんとターゲットを細くできるように、目は鍛えられていた。
そんな俺が点にしか見えないのに、なんでアリーには見えるんだ?
「あの場所から、膨大な魔力の流れを感じます。あれはおそらく....」
その瞬間、黒い点が羽ばたいた。
「ドラゴンの子供です」
「.....え?」
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「え、ドラゴンって、あの?」
「はい、あのドラゴンです」
この世界においてドラゴンとは、もはや人間の手に負えるものではないという認識の、恐ろしいほどに強力な魔法を扱う魔法生命体として有名だ。
前の世界のサブカルチャーでは『ドラゴンナイト』だの『ドラゴンスレイヤー』だのそういったもんがぽんぽん出てきたが、この世界では違う。
ドラゴンは人間だけでは倒せない。
それがこの世界の一般常識だった。
「やべぇ、ここは迂回するしかないか」
俺は即座に迂回することを決めた。子供とはいえ、ドラゴンのそばを通ってただで済むわけがない。
「え、見捨てるんですか?あの町の人たちを?」
ピュアなまなざしでこちらを見つめるアリー。
それに対して俺は断言した。
「当然だろ?」
「え?」
「え?」
しばし、見詰め合う俺とアリー。
「で、でも、このままだとみんなドラゴンに殺されちゃいますよ?」
「俺たちが行っても死体が3つ増えるだけだろ?」
「え.....まあ......」
歯切れ悪く肯定するアリー。そう、ここで行ったところで俺たちも死ぬだけだ。意味がない。
「まって、様子がおかしい」
真剣な表情でフロルがドラゴンをじっと見つめる。
見えるのだろうか、この距離で。
「なんだか....衰弱しているわ.....」
衰弱?どういうことだ?
俺も目を凝らしてみるが、やはり何も分からない。
「少し行ってみましょう」
「でも、ドラゴンなんだろ?もし襲い掛かってきりしたら、太刀打ちできるはずがないだろ!
ただでさえ人間には絶対に倒せなくてもしも人間の町に現れたりしたら神とかに頼んで討伐してもらうほど危険な生き物なのに!」
こっちをじっと見つめる2人。
「.....あ」
そういえば、ここに人間っていませんでした。
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俺は暗殺者ギルドのギルドマスターをやってる者だ。
メンバーからは親しみを込めて「おっさん」と呼ばれている。たぶん、親しみを込めて。最近やたら頭を見られる気がするが、おそらく、親しみを込めて。
俺には、妻もいなければ娘もいない。
生まれてこのかた、自分のギルドを育てるのに必死だったからだ。
暗殺者ギルドというのはそもそも、法に触れているアウトローな存在だ。本来ならば消されるしかない....はずなのだ。
だが、消されなくてすむ方法が一つだけある。
それは、国や有権者からの依頼を裏で受け、秘密裏に仕事を遂行する『必要悪』であることだ。
これならばうちにお世話になった有権者はうちをつぶしたくはないし、それ以外のやつらも有権者に逆らったりはしない。
だがこれは大変難しいことだ。
実際問題、普通に暗殺者ギルド経営をやっていたらそうはならない。国にばれないようにこっそりやるのが関の山だ。
だから、俺はまともじゃないこともした。
国にばれたら即つぶされるようなことも、だ。
その結果、俺は青春と結婚を犠牲に世界最高峰の暗殺者ギルドを作ることに成功した。しかも、たった一代でだ。
だが、そんな俺でもやっぱり娘はほしい。
息子は嫌だ、娘だ。
律儀で、可愛らしくて、親孝行で.....暗殺上手な娘が。
しかし俺はもう40代。
今から、というにはいささか遅すぎる。
どうにかしたい。
でも、どうしようもない。
そんなジレンマに悩まされ、いつしか夢をあきらめかけていたそんなある日だった。
俺はその日、特にすることもなく町をぶらぶらと歩いていた。いや、することはあったのだが、すっぽかしてぶらぶらしていたような気もする。
適当にあたりをぶらついていると、急にドン、とぶつかってくる少女がいた。少女の体の動き、目の動き方、筋肉の硬直具合その他もろもろ――
手馴れているようだが、明らかにわざとだった。
少女は小さく「すいません」と言うとものすごいスピードで走り去ろうとした。だが、そんなことをさせる俺ではない。
「まてっ」
俺は少女を追いかける。
いくらおっさんだとは言っても、俺だって一流の暗殺者だ。素人のスリ程度に撒かれるようでは顔が立たない。
少女は年齢に似合わないスピードで走る。その動きは荒削りではあるが、思わず『お持ち帰りしたい』と思わせるような才能を秘めていた。
だが、俺はすぐに少女に追いつく。
腕をつかみ、逃げ出せないようにした。
「す、すいません!つい出来心で!」
もう逃げられないと分かると、少女は俺からスった財布をすぐに返した。
そのときに見えた少女の顔はすごく整っていて、天使とでも言うべき可愛らしさだった。
「実は親に捨てられた孤児でして!お金がないから仕方がなく、本当に仕方がなくこういうことを!本当は働きたいんですけど、何せ雇ってくれなくて!」
気がつかれたとはいえ、俺から財布をスった技能。
そしてあの俊敏な動き。
何より娘にしたい可愛らしさ。
これは、お持ち帰りのちゃーんすっ!ではないだろうか。
「.....君の足に惚れたよ」
「えっ、足フェチ?」
あらぬ勘違いをされた。
「違う!早さだ!君の足の速さに惚れた!ついてきてくれないか」
そう告げると、少女はごみでも見るような目で一歩下がり
「すいません、そういうのはチョット.....。さすがにだまされませんよ?」
そうはき捨てるように言った。
誤解を解くのもめんどくさかったので、俺は少女を脅すことにした。もう、めんどくさい。さっさとお持ち帰りしたい。
「....憲兵に言われたらどうなるか、分かるよね?」
少しでも緊張を晴らしてやろうと、笑顔で言った。
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「おっさん!大変だ!」
俺が過去にあった出来事を振り返っていると、急にドアが開けられた。
勢いよく入ってきたのは、うちに所属している暗殺者の一人、『毒使いのキロネックス』だった。
「なんだ、今は娘のことを夢想するので忙しいんだ。後にはできないのか」
「その娘さんの話だよ!娘さんのところにランス兄弟が行くことになったらしいぞ!」
「何!?ランス兄弟だと!!」
ランス兄弟とは、この国の中でも10本の指に入る豪傑で、2人の兄弟の豪腕から繰り出される連携攻撃を目の当たりにしたものは生きて帰ることができないと言われている。
「なぜ国はそこまでする?」
「分からん!だがおっさん、あんたの娘がピンチなのは事実だぜ」
「ああ、分かっている.....」
もしもランス兄弟が2人で向かえば、わが娘は一瞬で殺されるだろう。
ならば、どうすればいいか。俺は、俺にできるサポートをするしかない。
「よし、お前がランス兄弟の片方を暗殺して来い」
「えぇ!?」
急な無茶振りに、驚くキロネックス。だが、俺はその命令を取り下げるつもりは毛頭ない。正直、こいつより娘のほうが大事だ。
「そんな、無茶っすよ!」
「大丈夫、適当に毒でも盛って殺せ!できるなら2人ともだ!」
「えええぇぇ!?」
俺は嫌がるキロネックスを殴り無理やり命令を飲ませると、娘は大丈夫だろうかと不安に思いながらも、書類仕事を進めた。
今回はおっさんと主人公の出会いを入れてみました。
話に出てきたキロネックスですが、あれは世界最強の毒をもつ毒クラゲの名前だそうです。




