第一話
1メートル先も見えないような暗い森の中。
俺は木の上でターゲットがここを通るのを待っていた。今は真夜中、夜目の利く者以外では俺の存在自体に気がつかないだろう。顔を上げると赤と青の月が輝いている。月と星の輝き以外では光源はない。天気は快晴、絶好の仕事日和だ。
――来た。
まだ遠いが、かすかに馬の足音が聞こえる。遠くに松明の光も見える。
俺は腰の後ろに挿してあった2つの短剣を右は普通に、左は逆手に持ち身構える。着ていたローブのフードを目深にかぶり、顔が見えないようにする。
ターゲットはもう近くまで来ている。護衛は2、ターゲットも護衛も馬に乗って徐行している。護衛はターゲットを挟むようにして馬に乗っている。「護衛は2か、随分舐められたものだ」とぼやきつつも、気を引き締め、反対に肩の力は抜く。頭の中は任務を全うすることだけを考え、煩悩は頭の隅に追いやった。
そしてターゲットが俺の真下に来た瞬間俺は飛び降りて―――斬
ターゲットの喉から血が噴出し、声を出すこともなく絶命した。その瞬間、呆けていた右側の護衛の喉元に右手の短剣を突き刺し、絶命させる。左側の護衛が正気に戻ったが、もう遅い。喉元に右手に持っていた短剣をあてがい――
「ひぃ、助け――」
――切る。
首筋に噴水ができあがる。そこから噴き出すものは水などではなく、真っ赤な鮮血だが。
「ふうぃ」
短剣に付着した血液を布でぬぐい、鞘に収める。代わりにアイテムボックスから出した大きめのナイフでターゲットの首を切り、アイテムボックスにナイフごと入れる。体についた血液や汚れは、《浄化》で消した。この作業も、はじめは吐いたりしたが今はもう慣れたものだ。考え事をしながらでもできる。もちろん、考え事をして隙を晒すような真似はしないが。「死んだと思っても油断するな。たとえ死んでいても油断するな」とは師匠兼義父の言葉だ。
ちなみに、俺はれっきとした現代っ子だ。もちろん現代日本では交通手段が馬なわけない。そう、現代日本では。薄々感づいてはいるだろうが、ここは日本などではない。ましてや地球でもない。ここは異世界。神が実在し、神の加護や魔法なんてものもある世界タテロだ。
その剣と魔法の異世界で、どうして俺がこんなことをしているのか。それは、5年前に遡る。
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5年前、当時の俺はこの世界で俺を産んだ親に捨てられ、絶賛ストリートチルドレン中だった。その当時の俺の年齢は7歳、その辺のボス的な立ち位置だった。
いつも通り、通りすがりのおっさんの財布を掏って、走って逃げようとした。だがおっさんがおっさんとは思えないほどの異常な速さで走って追いかけてきた。なまじ足に自身があった俺は、なぜかおっさんにカチンと来て本気で走った、が。
おっさんは人間離れしたスピードで俺に追いつき、腕をつかんできた。どうしようもなくなった俺はおっさんに素直に財布を返したんだが、おっさんは俺のスピードに惚れたとか意味の分からないことを言って俺を養子にしたいと優しくお願いしてきた。断ったら憲兵に突き出すと笑顔で言いながら。
仕方なくおっさんの養子になったはいいが、おっさんはなんと世界最大の裏暗殺ギルドのギルマスとかで、俺はそれからというもの、みっちりと暗殺の技術を叩き込まれた。死に掛けたのも一度や二度じゃない。
おっさんは常々「お前には魔法の素質があるのにうちには魔法使いがいないからなぁ」とかぼやいていた。
そして、今に至る。
考え事をしていたらいつの間にかギルドについていたようだ。このギルド、一応裏ギルドなのでギルドの見た目は少し大きいぐらいの民家にしか見えない。おっさん曰く、これは憲兵に見つからない為の偽装らしい。その、見た目民家のギルド本部のドアをリズムよく叩く。すると奥のほうから「用件は?」と声がする。その声に「羊を一頭買ってきた」というと、ドアが開く。
「おう、戻ったか」
おっさんが出てきた。このおっさん、見た目はごつい。まさにガチムキスキンヘッドマッチョマンって感じだ。このおっさんが親代わりとして今まで俺のことを育ててきた。暗殺術の鍛え方はともかく、感謝はしている。ありがとよ、ハゲ。
「首は?」
おっさんが催促してきたのでターゲットの首を渡す。このターゲットは結構高名な魔術師で、国のお偉いさんがじきじきに依頼をしてきた。怪しいにおいがぷんぷん匂う。絶対に訳ありだが、そこに突っ込まないのも暗殺者ギルドの役目なので、深くは考えないで置く。
「おう、ちゃんとやったな。ほれ、報酬だ」
投げて渡されたずっしりと重たい袋を受け取って中身を見る。そこには結構な数の金貨が入っていた。
「多いな」
「ああ、訳有りっぽかったしな」
「ん、今日は疲れた。もう寝ていいか?」
「ああ、わかった」
そう言って俺は二階にある自室に向かって歩き出す。依頼に対して報酬が多いことも良くあることだし、国のお偉いさん直々に来ることも少ないが、ある。そんなことで驚いているようなメンタルでは暗殺者なんてやっていられないのだ。自室に入ると、ドアの鍵を閉めてローブを脱ぎ、ハンガーにかける。腰に挿してあった短剣はベッドの枕元に投げて、壁に立てかけてある鏡を見ながら手櫛で腰まである長い髪を軽く整え、ベッドに寝転がった。掛け布団を首まで引き上げて、目をつぶった。
......あれ?言ってなかった?
俺、今は女みたいです。