表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

            第4話 <再会>

「以上で、文学部の紹介を終わりにします」

 部長と思われる男子生徒が、礼をした。

すると、隣に並んでいた部員が揃って礼をした。

パチパチパチっと、切れ切れの拍手が止むと彼ら

は体育館の入口に向かっていった。

緊張していたのか、肩をさっきより下げて歩いていた。

「では、次の部活動を紹介します」

 マイクを持った女子生徒が言った。

「次はバイオケミカル部の紹介です。

 部長の白川未咲(しらかわみさき)さん、お願いします」

 はい、と自信の込もった声が体育館に響いた。

聴いたことのある声だった。当たり前だ。

昨日、実験室で会った女性その人だったからである。

(そうだったのか)

 部長だったことは別に不思議とは思わなかった。

昨日の、あの饒舌な説明を聞けば誰でも納得できる。

しかし、驚いたこともあった。それは彼女が学校の生徒

だったことだ。つまり、自分と同じ高校生なのである

てっきり部活動の顧問の先生かと思っていた。

それくらい、大人びた雰囲気を持っていたのだ。

「気を付け、礼っ」

 白衣姿の彼女が、昨日よりもなお礼儀正しく礼をした。

「初めまして、部長の白川未咲です。

 バイオケミカル部の活動目的とその内容を一緒に、

 簡単にお話ししていきますのでよろしくお願いします」

 自信のある声で、彼女こと白川先輩が言った。

昨日、はきはきと説明していた時の彼女である。

この状態の方が大人びた容姿と一致していた。

科学に触れれば緊張にも強くなるのだろうか。

昨日の彼女と同一人物とは思えなかった。

「まず、活動目的は2つあります」

 彼女は指を2本立て、そのまま上に掲げた。

「1つ目は、自然科学への興味を養うことです。

 一般的に自然科学は物理や化学、数学などの

 理系科目を含みます。

 このような複雑な自然現象を扱う学問に対して、

 苦手意識を持っている方は多いと思います」

 俺も含めた、同級生の多くが顔を傾けていた。

まぁ、俺の場合は『体質』があるからなんだが。

「そのような意識を、実験・観察とレポートを通して

 壊してもらいます。つまり、楽しんで科学を勉強できる

 ようになるため、活動していきます。

 そのため、入部1年目は私が基本的な実験を指導して

 いきたいと考えています。

 分野にこだわりませんので苦手だと言う人でも入部

 お願いします」

 言い終わると、彼女は指を1本にした。

「2つ目は、自然科学について能動的に働きかけられる

 ようになることです。

 1年目に学んだ内容を、2年目に今度は発展させていって

 自ら実験していってもらいたいと考えています。」

 彼女は、息づかいをしてから話を続けた。

「個人でもグループでも構いません。とにかく、学

 んだ内容を条件を変えるなどをし、変化した

 実験結果から本当の理解に繋げて欲しいのです。

 そして」

 彼女が急に、笑顔になって話し始めた。

「3年生になったら、論文を書いてもらいます。

 いわゆる、卒業論文です」

 急に体育館内がざわつきはじめた。

論文って、ここは大学かよ。

「論文、といっても難しいものではなくても構いません。

 三年生になったら、自分で決めた課題に沿って

 研究してもらいます。課題研究とでも呼びましょう。

 その内容を論文としてまとめてもらいます」

 彼女はどうた、と自慢気な顔で言った。

もしかしたら、彼女はその論文を既に書いている

のかもしれない。だから、急に笑顔になったのだろう。

自慢気な顔がそれを証明している。

 不意に、彼女は掲げていた手を下げた。

「以上で説明は終了となります。何か疑問点があり

 ましたら挙手をお願いします」

 体育館内に沈黙が流れた。

さすがに大勢の中では挙手できる雰囲気ではない。

『質問王』と言われていた自分でもこれは難しい。

「・・・そうですか。では・・・・」

 彼女も諦めたのか、話を締め切ろうとした。

しかし、急に何か思い付いたように言葉を止めた。

イタズラを思い付いた子供のような顔である。

(嫌な予感がするな)

「・・・この中に、中原健斗君はいますか?」

 予感は的中した。名前を呼ばれて、冷や汗をかいてしまった。

同じクラスの男子が、一斉に俺を見ている。

どうする、黙りこんでいれば気付かれないかも。

そう思ったのだが、彼女と視線が合ってしまったので

それは無理だった。そういえば、昨日かけていた

眼鏡が今はない。どうしたのだろうか。

「何か疑問点があれば、質問よろしくお願いします」

 関係ないことを考えていた俺を彼女は見つめたまま、マイクに言った。

 仕方なく立ち上がり、質問事項を考えてみた。

「えーと、そうですね」

 悩んでいると、ある質問を思い付いた。

「部員は、何人なんですか?」

 すると、彼女はためらってから答えた。

「1人、です」

「えっ?」

「1人です。私1人です」

「ええっっ!?」


            H

            |

         ◇H―C―OH◆

            |

            H


 昨日に話を戻そう。結果から話すと、車で帰ること

となった。

なぜなら、電車の終電がなくなってしまったからだ。

 彼女が次から次へと試薬を持ってきて、帰るに帰れなかったのだ。

好奇心に満ちた彼女の目を今も忘れられない。

真夜中の帰宅は女性1人では危険なので、彼女も車で送っていくこ

とになった。

 おかげで迎えに来た母親の目は好奇心に輝き、

車の窓ガラス越しに俺を見ていた。

「珍しく遅いと思ったら・・・。あんたも大人になったわねぇ」

 苛立ちを隠そうとして、車に乗るなり窓ガラスに顔を向けた。

異性関係を母親に詮索されるのを、喜ぶ息子はいない。

彼女も迷惑だろう。まだ親密な関係ではないにしても。

「もう少し詳しいお話をしたかったのですが・・・。

 そうですね。明日の放課後また来てください。

 5、6時間目に全体での部活動説明会がありますので、丁度いいですし」

 彼女の家に着いたときに、彼女がお礼ついでに言ってくれた。

 実はというと、全体での部活動説明会があるのは知っていた。

なぜなら、それに合わせて昨日見学にまわっていたからだ。

 それで、次の日の全体での部活動説明会に至るわけだ。

その説明会も終わったので教室に戻ってきたところだった。

「なぁ、健斗。どうして説明会の時にお前が指名されたんだ?

 近所の知り合いか何かか」

 筋肉質な男が、俺の席の近くの椅子に座ってそう訊いてきた。

「昨日会った人なんだよ」

「昨日?部活動見学の時か?」

「そうだよ。お前が先に帰った後に見学した

 バイオケミカル部の部長だよ」

 皮肉っぽく言ったら、男が笑いだした。

「そうだったのか。そりゃ悪かったな。

 あんな美人との対面に同席できなくて」

 他人事のように言った。皮肉っぽく聞こえたのでイラッとした。

「なぁ、雄太。お前こそなんで来なかったんだよ。

 いっておくが、病院に行きたくなったという言い

 訳は通用しないからな」

「おぉ、よくわかったな!まさにそのとおりだが」

「・・・・・・」

 教室のざわめきが耳に響いていた。先生が来てざわめきが

止まった。全員が席に着いて、クラス会長の女子が号令をする。

 そのままHRが始まり、入部したい部活動を明日用紙に記入する

ことを先生が連絡した。

 それ以外に連絡はなく、号令をして放課後を迎えた。

帰ろうとした時、またしてもひょうきんな筋肉男が話しかけてきた。

「健斗はどうすんだ?」

「何が?」

「部活動だよ。やっぱりバイオケミカル部か?」

「・・・いや、違うよ。帰宅部を考えてる」

「おいおい、悪い冗談はよせよ。犬だって不味くて喰わないぜ」

「冗談じゃないよ。お前こそ、どうすんだよ。

 潔く運動部にしたのか」

「俺がそんな単純な人間だと思うか?」

「思うが」

「・・・そうか、実はそうなんだな。

 俺にはウエイトリフティング部が似合ってるらしい」

「そうかい。それはお前らしくて良かったな。じゃあな」

 そういうと、雄太は慌てて俺を呼び止めた。

「お、おい。ちょっと待てよ。本気で帰宅部を考えてるのか?」

「まぁな。悪いか?」

「いや、悪いわけじゃないが。バイオケミカル部

 はどうすんだ。全体説明会を見た様子だと部長は

 お前を気に入ってる感じだったが。いいのか?」

「いいんだよ」

 自分でも驚くほど、俺はきっぱりと言った。

「そうか?ならいいんだが」

 やけにあっさりと雄太は引いた。

「じゃあな。俺は入部の事前説明会に行くから」

「ああ、じゃあな」

 筋肉質の男は教室を出ていった。

教室には俺独りだけになった。

 俺も教室を出て、そのまま学校から出ていこうとした。

しかし、昇降口から出ようとした時に彼女の顔を思い出した。

(明日の放課後また来てください、か)

初めて必要とされたかもしれない。

雄太に言われなくてもわかってる。

このままではダメなことを。何も変わらないことも。

 やはり気になって、気付いたら実験室に向かっていた。



         H H

         |  |

     ◇ H―C―C―OH ◆

         |  |

         H H



 ドアは相変わらず閉まっていた。ノックをして返事を待つ。

か細い返事が聴こえた。内気な時の彼女の声である。

 ドアを開くと、予想通り彼女が中央のイスに座っていた。

白衣を着て、眼鏡はかけていない。

レポートらしき、何枚も束になった紙を読んでいた。

彼女はこちらに視線を向けると、自信なさげに礼をした。

俺も礼をし、彼女が向かい合っている机に近づいていった。

「・・・ひどいじゃないですか」

 俺は近づくなり、例の件に文句をいいたくなった。

「な、何がですか?」

 彼女はうつむきながら、動揺した声で訊いてきた。

「全体説明会のことですよ。俺のことを指名した

 じゃないですか。死ぬほど驚きましたよ」

「そ、それはすいませんで、した。少し調子に乗って

 し、しまいまして。思いつきで、行動、してしまいました」

 噛みまくりながら、彼女が話す。

「それに、部員1人ってなんの冗談ですか?」

「そ、それは、本当です。正式な部員は

 私1人です」

「冗談を言わないでくださいよ」

「冗談では、ありません」

「だって3年生1人じゃ部活動の継続は無理

 じゃないですか」

「わ、私はまだ2年ですよ」

「えっ!?そうだったんですか?」

 思わず叫びに近い声で言った。

「そ、そ、そんなに驚くことですか?」

「いや、最初あなたのことを顧問の先生かと思ってたので。

 先輩とも思えませんでしたし。白衣を着てたらどうも・・・」

「それって、どういうこと、ですか?」

「えと、なんでもありません。忘れてください」

「?分かりました・・・」

 そのまま俺達は黙り込んでしまった。

話すべきことは分かっていた。しかし、俺はためらっていたのだ。

「・・・白川未咲さん、ですよね。お名前は」

 彼女は顔だけをこちらに向け、頷いた。

「自己紹介、まだでしたね・・・。あなたは確か・・・」

 自分の存在に気づいたように、体全体を俺に向けた。

「中原健斗です」

「中原健斗さん、ですね。昨日は、どうもお世話になりました」

 彼女は俺に向けて、深々とおじきをした。

「いや、こちらこそ、お世話になりました」

「いえ、私はなにも・・・」

「『体質』の話を聴いてもらったじゃないですか。

 それに、原因まで考えてもらいましたし」

「あの、その件についてですけど」

 突然、彼女は強気な顔になった。説明しているときの彼女である。

俺もつい、真剣な気持ちになる。

「こんなことを言うのもなんですが」

「はい。なんですか」

「『体質』はもしかしたら克服できるかもしれません

 その方法もわかりました」

「えっ、本当ですか?」

 仮説ですが、と彼女は慎重に言った。

俺は唖然とした。話を聞いただけで原因だけでなく、克服する方法が

わかったなんて。

俺には真似できないことだった。

「ですが、ひとつ確認しておきたいことがあります」

 なんだろう、と俺は思った。しかし、次の言葉

を聞いて俺は考え込んでしまった。

「『体質』を治す必要性です。つまり、治したい

 という気持ちはあるかということです」

 彼女は、真剣な顔で言った。

 いざ訊かれてみると、直ぐに答えられなかった。

治したいという気持ちはある。でも、どうしても

というほどでもなかった。

確かに小学校では理科が好きだったが、今は微妙な

気持ちである。

悩んでいると、彼女が鋭い声で言った。

「もし、治したいという気持ちがなければ大変苦労すると思います。

 時間もかかりますし」

「えーと、それはどういうことですか」

「リハビリをするんです」

「はい?」

「身体的・精神的な外傷を負った人が、社会復帰を可能にする

 ために行う訓練のことです」

「い、いえ。それは知っていますが、なぜリハビリを?」

「後遺症としての『体質』の症状を弱めるためです。

 単純に慣れれば克服できるのではないかと思いますので」

「うーん、つまり症状に耐えられるようになれってことですか」

「そうです。なので」

 彼女が懇願するような顔で近づいてきた。

「ど、どうしました」

「お願いしたいことがあるんです」

「お願いしたいことって・・・。

 俺じゃないとだめですなんですか?」

「もちろんです」

 緊張して胸がドキドキした。

なんだろう。お願いって。

「その・・・お願いってなんですか?」

「えと、実はですね」

 彼女がそういった途端、誰かがドタドタと駆けてくる音

が廊下から聞こえてきた。

 白川先輩は話を中断し、怪訝な顔で廊下を見ている。

誰だ、こんなときに。

「白川、大変なことが起きたぞ」

 慌てて実験室に入ってきた、白衣姿の男が言った

ボサボサとした髪で髭の伸びた親父顔である。

「どうしました?」

 白川先輩が訊いた。男は息を切らしている。

「はぁはぁ・・・盗まれたんだよ。薬品庫にあった薬品が」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ