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            第2話 <体質>

挿絵(By みてみん)


 読者には、できるだけ簡潔にお話ししようと思う。

彼女には俺の「体質」の原因について、これに近い話を長々とした。


             ◇H―H◆      


 俺は小学生の時まで、理科が大好きだった。

学校ではよく「理科博士」と呼ばれた典型的な少年だった。

理科のテストでは毎回必ず100点、とはいかないまでも100に近い点数をとっていた。

 理科の実験では、積極的に質問したり器具の準備を手伝ったりしていた。

他の教科はサッパリで、活躍の場が理科くらいだった。

だから、よく友達に「理科博士のご登場だ」てからかわれていた。

また板書内容も、その時にはちゃんとノートに写せていた。

 国語の授業中でも、理科の教科書を読んだりしていることもあった。

まぁ、当然先生に見つかって「君は理科の教科書を

国語の教科書代わりに使っているのかね」ていう皮肉が飛んできたが。

ひどいときは、理科の教科書を音読させられたこともあった。

今でも「スチールウールは、空気中では穏やかに燃えるが

酸素中では激しく燃える」という文章を読んだことを覚えている。

 また家に帰っても、直ぐ学校の裏山や川に遊びに行っていた。

自然のなかで、生き物と触れあえるのが何よりの幸福だったからだ。

よく先生に注意されて、捕まる前に急いで逃げ出していたことを覚えている。

 時には友達と一緒に行って遊んでいた。

山では木登りや虫捕り、ウサギの追いかけっこもした。

川では、釣りや石投げ、夏には泳いだりなんかもしていた。

これは憶測だが、小学生時代が一番楽しくて輝いていた時期と言えるかもしれない。

これからのことはわからないので断定できんが。

 しかし、そんな小学生時代があったにもかかわらずだ。

中学生からなぜか「科学用語をみると気分が悪くなる体質」になってしまった。

誰もが不思議に思うことだろう。

しかし、俺には原因がなんとなくわかっていた。

今からその原因に関する話をしよう。


 ある時、小学生6年生になった俺はいつも通りに川へ遊びに行った。

学校の近くにある川である。

確か真夏で蒸し暑かったので、みんなで泳ぎに行こうと

友達と約束したのを覚えている。

 約束通り、川で友達が泳いでいた。

その様子を見て、俺も早く泳ぎたいと焦ってしまったんだ。

急いで水着に着替えて、川に飛び込んだよ。

そりゃあ、気持ちよかったさ。けど、直ぐに後悔することになった。

 しばらく夢中になって泳いでいたら、みんながいる場所から離れてしまったんだ。

 慌てて戻ろうとしたけど、川の流れが速くてとても無理な話だった。

みんな泳ぐのに夢中で、俺が来てることに気付かなかったんだな。

助けを呼ぶにも、声が出せなかったよ。そのかわり、水を吐き出すことはできたが。

 必死になって泳いでいたら、友達の1人が気付いてさ。

驚いてたよ。「みんな、健斗が溺れてるぞ」て叫んでいたのを覚えてる。


 そのあとはどうなったか覚えてない。

意識が薄くなっていったからだ。

気付いたら、俺はO総合病院のベットで寝てた。

 後から聞いた話では、先生に助けてもらったということらしい。

友達が緊急事態だってことで、呼んでくれたんだそうだ。

おかげで、溺死せずにすんだわけだ。

 結局、具合がよくなるまで入院することとなった。

自分の意思ではなく、医師の判断で決まった。

しかし、俺はいつも外で遊んでいたような子供だ。

当然、病院内で大人しくしていられなかった。

病院内では多くの人に迷惑をかけた。

それでも、他の入院患者の人は俺が来ると喜んでくれたっけな。

懐かしい思い出だ。

 話はそれたが、そんなこんなで溺れかけてO総合病院に入院することとなった。

しかし、これが「体質」の直接の原因ではないだろう。

次に話す、病院内での出来事が関係しているのではないか、と俺は考えている。

 ある時、俺はいつも通り別室の患者さんの人に会いに行った。

確か、親しみやすい60から70代のおじさんのとこだった。

部屋に入ろうとしたとき、中からヒソヒソ声が聞こえてきた。

入ってはマズイかと思って外で聞いてたんだ。その時の会話はこうだった。


「山口さん。あの子の奥さん、白血病なんだってよ。若いのに可哀想にね」

「仕方ないんじゃないか。夫が科学者で放射線関係の研究をしてるんだ。

 被曝していたっておかしくない」

「それでも、奥さんと娘さんは可哀想じゃない。

 夫さんならまだしも、家族が被曝しちゃうのはね。

 私は理不尽だと思うのよね」

「家庭内にも研究に使う機械や資料を置いているらしい。

 それが大きな原因だと言われたそうだ。確かに理不尽な話だな。

 全く科学者というのは迷惑なものだよ。

 興味探究のためだか知らないが、たかが研究のために他人を不幸にしてしまうのだから」

「あら、山口さんもひとのこと言えないんじゃない?

 この前、奥さんが愚痴ってたわよ。

 『ゴルフばっかりやってないで家のことも考えて欲しい』って」

「ま、まぁ、それは置いといて。中原君はそうはなって欲しくないものだな」 

「理科が大好きな男の子のこと?

 そうよね。不幸を振り撒く子にはなって欲しくないわね」


 その話を聞いて俺は愕然とした。

なぜなら、科学者のイメージが崩れてしまったからだ。

科学者は、みんなの生活をよりよいものにする

ために根気よく研究をする、俺にとって憧れの職業だった。

自分の知的好奇心を満たせるだけでなく、みんなも幸せに

できると思っていたからである。

 しかし、その会話を聞いて俺は失望した。

研究が人を必ず幸せにはしない。時には不幸にすることを

知ってしまったからだ。

 その日、俺はその部屋に入らずに自室に帰った。

明るく会話する気分になれなかったのだ。


 後日、俺は病院内の本棚をあさっていた。

しかも、普通の本棚ではなく医者が読むような難しい本だ。

許可なく勝手に医師の部屋に入ったのである。

昨日のことが気になって、調べたくなったのだ。

本当に科学者が人を不幸にするのかと。

 その時にある薄いペラペラの本を見つけた。

「放射性同位体を利用したがん治療」という題名の、研究論文だった。

放射性、と昨日聞いた言葉と似ていたので興味をもったのだ。

今も覚えているのはそのためだ。

 早速読もうと、近くの椅子に思い切り腰掛けた。

読んでみると、全く内容は理解できなかった。

小学生が理解できる内容ではないのは当然だ。

しかし、読んでいると押し絵が貼ってあるページが目に止まった。

中心に沢山の球体があり、その周りを囲む円に沿って同じような球体が沢山回っている図である。

 また、文中に確か、らじおあいそとーぷ、とカタカナで書いてあったが意味は理解できなかった。

 適当に流し読みしたが、それ以外に小学生でも興味を引く内容は書かれていなかった。

 読み終わり次の本をとろうと、思い切り立ち上がった。その時である。

 ガタンッと大きな音が、聞こえた。棚にあった試薬の瓶が倒れていたのである。

立ち上がった拍子で倒れてしまったのだろう。

 中には液体が入っていたのか、俺の服とその周辺が濡れていた。仕方なく片付けようと、もう一度立ち上がろうとした。

しかし、そうはできなかった。なぜなら、めまいと頭痛がして、体が動かなかったのである。

俺は、そのまま気を失ってしまった。


 気が付いたときには、また病院のベットで寝ていた。

どうやら、倒した試薬の正体はメタノールだったらしい。

理科室によくあるアルコールランプの燃料として使われている液体である。

ホルマリンと呼ばれている、有名な防腐剤の原料として置いておいたということらしい。

 あやうく失明しかけたという話を、後で医師から聞いた。

おかげで、こっぴどく親に叱られたよ。

またしても健康に関わる問題を起こしてしまったからだ。

心配もかけてしまった。

 その後の異変に気付いたのは、退院して学校生活に復帰した時である。

理科の教科書を見ると、メタノールを被った時と同じ症状が現れたのである。

また、ノートを写す時も同様の症状が起きた。

親や先生に相談したが信じてもらえなかった。なぜなら、常に症状が現れるのならまだしも理科の教科書を見てるときという、限定的な条件であったからである。

それに治療は済んでいたし具合は快調だったからこそ退院したのだ。

教科書を読んだ途端に症状が出るなど、信じるのも難しい話だろう。

 そして、そのまま小学校を卒業した。そして、中学生に進学した。

そこからが悲劇の始まりだった。

 中学校では相当、苦労したと思う。特に、板書をノートに写す時である。

見るだけでも辛いのに、それをノートに一文字ずつ書いていくなんて。

正気ではいられなかった。それで仕方なく、小学校と同じく

ノートを写すのは諦めてしまった。

しかし、先生の話は真剣に聴くことにした。聴くだけだったら、「体質」に反応しないからだ。

質問もたくさんした。おかげで、理科の先生には顔と名前は直ぐに覚えてもらった。

まぁ、「授業には積極的だがノートを写さず、テストの点数も低い生徒」という変な評価をもらったが。

 それでも、実験に関しては昔と変わらずに手伝っていた。

器具や試薬の準備なら、知識はなくともできるからだ。

器具を間違えることも多かったが、先生は強く責めなかった。

今思えば、自分の積極性を高く評価してくれていたのかもしれない。たとえ成績が悪くとも。

 そんなこんなで、俺の楽しみは学校の実験だけになってしまった。

今までの山や川での外の遊びは、小学生以来禁止されてしまったのである。

本も科学関係以外で、読書は好きになれなかった。

部活動にも入ったが、練習はお情け程度で面白味がなかった。

 しかも、自分の中学校は有名な進学校なので勉強に力を入れていた。

それが余計、理科を学べない悲しさを増強させたんだな。

 それでも数学は得意だったので、この栃木県立のN高校に進学できた。

1教科だけでもずば抜けて得意なら、ギリ合格できる高校なのである。

 そして現在に到る、ということだ。


         H

         |

    ◆  H―C―H   ◇

         |

         H


「俺は、メタノールが「体質」の原因だと考えています」

これに近い話を、俺は目の前の女性にした。

黙ったまま、考え込むように聴いていた。

話すのに何分かかったのだろう。

少し疲労感を感じた。思い出すと頭がまた痛くなってきた。

 理解されるかどうかは分からないが、構わないとも思った。

そもそも、理解するのも無理な話だった。自分でも半信半疑なのだから。

 先生にも「体質」について話したが、やはり理解されなかった。

勉強できない生徒の言い訳だと思ったのだろう。そのまま流されてしまった。

 今回も正直、それで構わないと思った。

こんな綺麗で、知識のある人に聞いてもらったのだ。

これ以上の幸福はないだろう。追い出される前に、自分から申し出よう。

そう思い、口を開こうとしたときである。

「・・・なるほど、よくわかりました。興味深いお話しです。

 質問をしてもよろしいでしょうか?」

 彼女が言った。鋭くキラキラした目だ。

実験器具を睨んでいるときの、輝いた目である。

 やれやれ、彼女との話はまだまだ終わりそうにないな。

 俺ははっきりした声で、いいですよ、と言っていた。

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