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「お母様、またそのお話…」何度も聞かされている話にため息をついた。
母が若い頃に王族だったという生まれの王国、アグドラ王国は、火山の噴火のため滅亡したのだ。
母は当時、物見遊山でかなり遠方となるこのアイオーン帝国に来ており命は助かったが、王国が滅びて給料を払って貰えないことがわかったらお供のもの達に貴金属を取られておいていかれてしまったらしい。
本人が売り飛ばされなかっただけマシな話だ。
薄着で一人になった母が与太者に絡まれているところを、たまたま通りかかった父が救い出して結婚し今に至るのだ。
「お母様、かつてあった王国とやらはもう無いのです。
つまりは王族などではなく平民と同じです。
現在、男爵家であるだけでもかなり幸運なことなのです。
夢のようなことばかりおっしゃられないでくださいな。」
「でも血筋は曲げられないでしょ?
あと、このところ恋愛結婚が主流じゃない。
男爵家の出身でも皇太子殿下と結婚するチャンスはあるということよ。
そして爵位について文句を言われたときには、かつての王族だと言えばいいの。」
「お母様、そうは言っても、その血筋を証明する手段は何一つ無いのです。
証明できたとしても、なんの後ろ盾もないため、結局どうにもならないですよね。
どちらにしろ、ジェイド様とのことで、こちらに酷い噂が広まってしまえば、少し良さげな家の方は、私との縁談を避けるようになるかもしれないです。」
「たしかにそれは困るわね」母は閉じた扇を口元に置いて考えているようだ。「私のお友達に相談でもしてみましょうか…」
「言っておきますけど、私は本当にジェイド様のご両親に突撃なんてしてないですからね!
片恋の相手の親に突撃して失敗した可哀想な娘を哀れんでね、なんて出だしで話をしないでね!」
母はギクッとした。さては、そのつもりだったな…
先に母に話しておいて良かった!心からそう思った。
母が外で初めてこの話を聞いたら、「あら、うちの娘ったらそんなことをするなんて!
…あの娘ったら、前から、かのご令息のことを素敵だとか言ってたのよ。
そんな行動に出るなんて!」
などと、噂を肯定するようなことを言っていただろうから。
「…皇族の方もそんなふうに突撃する娘なんかはお断りのはずだから、そういう噂、広まると困るんじゃないかしら!」
「そ、そういえばそうかしら。ここ帝国って王国より堅苦しいわよねえ。
それでは、何もしてないのに娘が酷い誤解をされている、という方向で話をするわ。」
良かった、変な方向にならなくて。リデルはほっとした。
母は、元王族と自分では言っているが、証拠があるわけではない。家族以外にはその話はしていないらしい。
平民の母が男爵である父と婚姻するために、作った話なんだろうなあ、父も本当はそう思ってるんだろうなあ、と自分は思う。
実の親なので、それを口に出したことはないが。
ただ、父は母に一目惚れしたのだった。結婚のとき不自由はさせないと約束したらしく、母は男爵の収入からは分不相応とも思われる贅沢を繰り返していた。
こちらが物心ついてからは、兄がその件を苦々しく思っていることに気づき、何度もその件でこちらからも苦言を呈してきたので、これでも少しはマシになったのだが。
ともあれ、ちゃんとした話を相談できそうな父とは、今夜は会えそうにない。
リデルは母との会話は終わりにした。