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その日帰って父を探したが、父は僅かな領地の見回りに出向いたか、それとも高位貴族の御用聞きか何やらなのか…とにかく仕事で不在だった。
貧乏暇なしとは言うが、父は心配になるほど働き詰めである。普段会える方が珍しい。
自分も学園を卒業したらなんとか働きに出よう。体がそこまで丈夫というわけではないため、どういう働き口があるかわからないけども。
そう考えを巡らせていたら、母に見つかって声をかけられた。
「お父様を探しているって?一体どうしたというの?忙しいからなかなか帰って来られないの知ってるでしょ?
もう大きいんだからそのくらい気を遣えてもいいはずだわ。」暑いのか手に扇を持ちあおいでいる。
母は客が来るわけでもないのに、ひどくお洒落な格好をしている。薄地のストンとしたワンピースに黒いビーズが上から重ねてある服を着ていた。
黒髪、黒目なので良く似合っているが、高価なもののように見える。髪はあげている。
高位貴族やら大金持ちなら自宅でしてもおかしくない格好だろうが、我が家ではそぐわない。
若い頃は傾国の美女と呼ばれていたの、と誇らしげに語っている母はあまり老けたようにみえない。
働き詰めのため白髪となって老けて見える父とは対照的である。
リデルは心の中でため息をついた。母アデルは実の母親だが、少し常識的でない部分があり、この手の相談事には向かないのだ。
母はどこかいつまでも無邪気なところがある。そして破天荒なことを平気でやらかす一面がある。
父はそんな母に夢中なのだが。
こういう微妙な人間関係の話では、母を挟むと、トラブルを起こすかもしれない…
でも、いずれは耳にはいるわ。仕方ない、話そう…リデルは腹をくくった。
「ジェイド様のご両親に私が突撃して彼との婚約を迫ったことになっていて、彼本人から学園でその件で咎められたの。
私、そんなことはしていないのに…なんだかおかしなことになっているのよ。」
「ジェイド様?あのヴァンダル伯爵家の?」母は小首を傾げた。
「なぜ伯爵家ふぜいに突撃して、婚約を迫ったりしたの?」
「伯爵家ふぜいだなんて!不敬です!
…私、突撃してないっていってますよね!今説明したじゃないですか!」
「さあ、どうかしら。
あなた、ジェイド様は本当に素敵!とか前から言ってたでしょ。
本人から断られたから恥ずかしくなって、自分のしたことを、私知りません!としらを切ったんじゃない?」
「違うわ!本当にしていないのよ!」
まさかジェイド様や周りの人達が、母のように考えてたらどうしよう。
そういえばジェイド様はそんなことを言っていたような気もする。そう考え、心中青ざめた。
母の顔を見る限り、自分のやってないという話は、あまり信じてくれていないようだ。
母本人が、デリケートな物事でも、いきなりストレートに相手に向かっていく、いわゆる突撃してしまうタイプだからだろう。
「リデル、どちらにしろ、お前にはもう少し志を上に持って貰わないとね。
そうね、皇族、できたら皇太子殿下なんてどうかしら?あの方はまだ婚約者はおられないみたいだし」
「だーかーら!なぜ男爵家の娘が皇族と婚約するのよ!普通は無理でしょ?」
母はあおいでいた扇をパタリととじて、こちらに顔を寄せてきた。
「それは私の娘だからよ。私は今はもう失われてしまったアグドラ王国の王族として生をうけた。
今でこそ男爵家の嫁だけども、世が世ならば、私は王族。そしてあなただってその血をひいているのですよ。」