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ジェイド様はゆっくりと顔を覆った両手をおろしたが、顔はまだうつむいたままだ。
リデルは続けて話した。
「私、思い合っているのに、なかなか正式に婚約しないお二人に痺れを切らし、一芝居うって横槍をいれることで、お互いに結婚を意識させる役を演じていたことにしますから!
ファンの代表として!
…彼女さんも、私からこう広めれば、もし気を悪くしていたとしても、納得して元鞘に戻っていただけるのではないでしょうか。」
「…しかし、貴女は、それでいいのか?」
もちろん良くはないわ…
でもそれは口にしない。
「別にいいですよと言いたい所ではありますが、例えばこのやり方がうまくいかず、私の悪い評判となると、今後ちょっと私の方で困るかもしれませんね。
その時は、噂の操作を、ヴァンダル伯爵家のほうに協力を求めるかもしれません。
まあこれは、そうなればの話です。
当面問題なのは、お互いの両親に話をすることですが、すみませんがジェイド様のご両親には、ジェイド様が自ら事情を話していただけないでしょうか。
私は自分の両親には、自分で話すつもりです。」
「すまない。結婚を申し込んだのは私だし、傷をつけてしまったのも私だ。
この件の原因はすべて私の行動によるものだ。
相当する慰謝料などは、きちんと支払わせてもらう。
また、この話の処理については、そちらの今後の婚約話に、可能な限り影響が出ないようにさせてもらうつもりだ。」
「それはさておいて、彼女さんもきちんとご両親に紹介されて、お二人は結ばれてくださいね。
さもないと、私、頑張った甲斐がないですよ…」
リデルは泣き出したい気持ちをこらえながら、外面ではいかにも無邪気そうに笑いながら言った。
ジェイド様はさっとあらたまった顔になり、リデルを見た。
まるで初めてリデル本人を見たような表情だった。
「…貴女は心から私を応援してくれているのだな。
私は貴女に対し、暴言を吐いたり、苦しませるような行いをしたというのに。
貴女の評判を操作して整えたり、慰謝料を払うことはもちろんするが、それ以外でも、貴女の役に立つことを、ぜひ何かさせてほしい。
何か私に出来ることはないだろうか。
貴女の誠意に報いたいんだ。」
「それらの行動は、ジェイド様のせいではないですわ。
…そうですね、もしできるならば、平民の兵士達と共に戦うとき、彼らの命はできるだけ尊重してあげていただけないでしょうか。
あと、彼女さんにしばらく会えていないということなので、しっかりよりそってあげてください。
真っ先に彼女のとこへ行って、はやく以前のような仲を取り戻してくださいね。」
ジェイド様は顔をあげ、こちらの表情に合わせるかのように、口の端をあげ、少し明るい顔になって言った。
「貴女の言うように、うまくいけばいいが。」
「うまくいきますよ」リデルは笑顔のままうなづいて見せた。
「真実の愛が、お二人にはあるのですから。」
ジェイド様はそして帰ってゆかれた。
背の高い颯爽とした彼は、帰る時に振り返ってこちらを見て片手をあげて挨拶をした。
リデルは「さようなら、ごきげんよう!」と笑顔で挨拶したのだった。
そしてその背中を見送ったのだった。
もう彼は、ここに定期的に訪れることはないだろう。そう思いながら。
彼が今後訪れゆくのは、彼が真に愛する彼女のもとなのだから。
ふと壁にある鏡が目に入った。
鏡には着飾った美しい黒髪の女性が映っているのだった。
ああ、素敵なドレスだこと!
リデルは思った。
衣装に合うような、華奢な首飾りも身につけている。
まるで絵画みたいな装いだわ…
リデルが微笑むと鏡の中の女性も微笑んだ。
「とてもきれいだわ」リデルは声に出して言った。
「でも可哀想ね、全部無駄になったの。あなた、とても可哀想…」




