36
ジェイド様の訪れを聞いてリデルは迎えに行った。
婚約解消について話す覚悟をしているので、ひどく緊張した面持ちになっている。
笑顔を向け近づいてくるジェイド様に向かい、リデルは硬い表情のまま口を開いた。
「お取り巻きのシェリル嬢から、結婚を約束していた女性がいることを伺いました。
以前から約束されている方がおられるのなら、何も私の傷の件で責任を感じて婚約されることはないです。
どうぞその方と一緒になられてください…」リデルはそう口にし目を伏せた。
「ちょっと待ってくれ!私が正式に婚約を申し込んだのは、貴女ただ一人なのだ。
最初に話したとおり、傷の件で責任をとろうとしたわけではない。貴女に一目惚れをしたのだ。」ジェイド様は驚いたように言った。
「それでは、シェリル嬢の話にあった女性と結婚を約束されていたという話はどうなのですか?」
ジェイド様はなぜか口ごもりながら話しだした。
「それは、その方は…いろいろ誤解もあってだな。
こちらもこれまでつきあってきた女性というのは複数名いるのだ。
私もその、男だからな。
相手の機嫌をよくするために、軽い口約束なんかはよくしていたかもしれないな。
まあ、該当するその彼女については、だな…
当時は真面目に交際はしていたつもりだったんだ。
貴女に出会う前の話だよ。
…彼女は気品のある古い家柄の女性でな、とても上品なのだよ。
そんなにむげに扱える相手じゃないことは、わかるだろう?
落ちぶれていたにしても、数こそ少ないが彼女の友人らは、それなりの階級の者たちばかりだしな。
ただ、家の経済状態がよろしくなくてだな。
…もちろん、それは彼女のせいではない。
自分は男として、彼女の将来を危ぶんで、その品格にあったような人生を送らせたいと、生涯面倒をみようと約束していたのだよ。
今思えば、要は同情していたのだと思う。
その後、貴女との出会いがあり、真実の愛をそこで見つけることとなったのだ。
彼女とのことは、貴女に会った時点で終わったことになるのだよ。
ただその彼女には、別の女性と婚約したので貴女との口約束は果たせないが資金は援助する…
そう話をしないといけないな、…と思っていた。
色々慌ただしくてまだちゃんと話はできてないから、そのあたりは関係としては、まだきちんと精算はできていないかもしれないな。
このところずっと会っていないから、向こうもこちらと疎遠になったことは、わかっている話だとは思うのだ。
その、正式に結婚を申し込んだのが、貴女一人なのは間違いないのだ。」
ジェイド様はそう言うのだった。
だがその眼差しは遠くを見ており、まるで自分に言い聞かせているように話しているように見えた。
「…その方のお名前を伺ってもいいでしょうか。シェリル嬢は口にされなかったので。」
「彼女の名前を聞いてどうしようというのだ?」
ジェイド様はいきなり鋭い目つきになってリデルを見た。
「いえ、その方からお話を伺ってみようと思いまして。」
「君が気にすることではない!
…まさか、彼女のところに押しかけて危害でも加えるつもりではないだろうな!
そのようなことを許すわけにはいかない!」
「…」リデルは唖然としてしまった。
ジェイド様は口ではもうその女性と別れる予定だと言いながらも、リデルがその方と話をしたいというと、彼女のことを全身全霊で守る態勢になる。
これは、本心で大事にしているのは、リデルではなくその彼女なのでは…




