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リデルはミネルヴァから受け取るはずだった手紙の内容を聞くのだった。
それらはこんな内容であった。
ジェイド様は身分差について、実はことのほか気にする類の人間である。そうは見えないようにしているが、身分下の者を簡単に裏切ることがある。
だが被害にあった者達や、その酷な一面を見てしまった者達の話は、なぜかそんなに公にならない。
あるいはそれらのことに気がついていても、周囲はただただ彼のことを賞賛する。
「あなたが先方のご両親に突撃したという話の原因は当時調べてもわからなかったんだけども、リデルのお父様と先方のご両親との話し合いが原因なら、こちらで調べても出てこないわけだわ。
まあ、聞き込みで噂を調べるうちに、いろんな話が集まったのでそれを手紙に書いたの。
個人的には、ジェイド様の周囲の人間が、思考停止に陥り、彼を崇拝しているかのような行動を取ることを一番奇妙に思っています、そういう自分の思いも書いたわ。
そして、これは推測の域を出ないから会って話そうとしていたんだけど…」
ミネルヴァは以下のことを口に出した。
彼は、魅了の力の持ち主ではないか。
彼に流れている大貴族の系列の血筋に、かつて魅了の魔力の保有者がいたという言い伝えがある。
そしてそれは、ヴァンダル伯爵家の者にカリスマ性がある者が時折あらわれるとされる理由になるのではないか。
ミネルヴァはそう考えたと話した。
「私ね、お守りをいとこのクガヤからもらってた。
それは精神支配系の魔法にかかりづらくなるお守りなの。
クガヤは親戚みんなに配ってた。親戚の一人でも精神支配系にかけられると、親戚中が困るから常に身に着けろ、とか言ってたわ。
何言ってんだろうと思ってたけど、わりと可愛いお守りだからいつも身につけてて、効果とかについてはすっかり忘れてた。
でも今回ジェイド様とあなたの噂の原因を探るため、周囲を調べていくうちに、なんだか彼の周りの者たちの振る舞いが、不自然に思えてきた。
彼から精神支配系の魔法にでもかけられているかのように思えてきて。
それでそのあたりを探るうちにジェイド様の血筋と、それにまつわる言い伝えを探り当てたのよ。
ま、別に大して秘密にされてなかったし。
誰でも見れる文献、歴史書とかに堂々と書いてあったのよ、魅了の力の件はね。
私にはジェイド様の魅了は効いてないと思うの。お守りの効果なのかもね。ずっと冷静に状況を見れていたから。」
ミネルヴァはリデルを覗き込んだ。
「この話聞いてどう思う?あのね、文献によると、この魅了の魔法にかかっている者は、これは魅了にかかっているんですって言われると術がとけるらしいのよ。
リデル、何か気持ちに変化はないかしら?」
「気持ちに変化?」リデルは目を見開いた。
「…その、ガックリしてる気持ちはあるわ。ミネルヴァに会う前からだけども。
でも、今、魅了のことを聞いたせいじゃないわ。
ジェイド様は相変わらず素敵な方だと思う。だから魅了ならとけてほしい。ただただ苦しいだけだから…」
「リデルはそうなの!?」ミネルヴァはひどく驚いている。
「他に何人も試してるんだけど…みんなハタと正気になったのに。」
「多分、以前、ジェイド様が素敵な方だと心から思うことがあったからかしら」
リデルは、彼に憧れる原因となった話をした。
昔、彼が貧民街から暴漢にさらわれようとする子供を身を挺して救い、彼らから感謝されていたことを。
リデルはたまたま通りすがりでその光景を見て、感動したのだと。
「あれを見てから、ただ容姿だけで人気のある方ではないと思っていたの。だから私の気持ちは、魅了にかかっていたからではないと思うわ…」
ミネルヴァは調査の内容を思い出していた。
彼の人物像の評価の中には、あえて危険な状況を選び戦いを好む、悪くいえばいい格好をしたがる人物だというのがあったのだ。
しかしそれをこの場で口に出すのは差し控えた。リデルが本気で嫌がりそうだ。




