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その後リデルは学園に通うことなく自宅で学習したが、学園側から卒業できる単位は認定し、卒業試験に相当するテストも合格したので、いつ卒業したことにしてもいいという連絡がきた。
これだけを聞くと、まるでリデルがものすごい勉強家のように聞こえてしまうが、
実際は専攻が淑女科というそこまで難しくはないところだったので、可能だったのだ。
高位貴族の女性はすでに淑女としての教育は身についているため、わざわざ淑女科を専攻で取る者は少ない。
低位貴族の女性らも、より実務的な専攻科目を選ぶ者が多く、
リデルのような淑女科専攻は珍しい。
淑女科は、年々受講者は減っているため、講義代やら受講の仕方などに優遇措置があるのだ。
しかしリデルは、卒業の資格がとれても、学園に通わなくなったことで、ミネルヴァと話ができなくなっていることが寂しかった。
結婚しても友人に会いに出かけても良いですよね、とそれとなくジェイド様に尋ねると、どんな友人か尋ねられた。
ミネルヴァが商家の女性で家は男爵になったばかりだと話したら、
なんとジェイド様は友人は選ぶべきだ、男爵程度では親しい友人と認めるべきではない、しかも最近まで平民だった者ではないか、と力説するのだった。
ジェイド様自身、海賊の討伐で平民の兵士達と仲良くしているはずでは…
そう聞くと、彼らと仲良くやらないと、討伐で役にたってもらえないからだという返事が帰ってきたのだった。
でも彼らのおかげで倒せてるんですよね、と重ねて聞くと、彼らというより、女神様のご加護による勝利なのだと彼は言うのだ。
ヴァンダル伯爵家は近年では珍しく女神様への信仰が厚い。
海路を無事航行できるのは祈りのおかげだとして、ことあるごとに感謝の祈りを支えている。
リデルも日に何度も祈りを捧げるジェイド様の姿を幾度となく見た。
信仰が厚いのは問題ではないのだが…
実際に戦い命を落としているのは平民の兵士達だ。
その彼らについて、この言い方はない。
リデルはかつて、ジェイド様が平民の貧民街の子供を暴漢から救出後、彼らに感謝されているのを目撃したことがあった。
今より若かりし頃、少年時代の彼は、何の利益もないことなのに、そういう行動を取っていたのだった。
リデルはその当時、ひどく感動したのだった。
まだ少年であったジェイド様の、善行を行った時の瑞々しい笑顔は、彼女の心に輝かしい光景として刻まれることとなった。
そしてそれ以来、彼に対して、かくも気高い人物として、深い尊敬と憧れの気持ちを持つようになったのだった。
彼にその事件を目撃したことは、なんとなく気恥ずかしくて、未だに伝えてはいないのだが。
その時の輝かんばかりの思い出と、現在の彼の発言の様子がかなり異なるのには、ひどい違和感を感じてしまう…
「…ジェイド様は身分を気にされず人を公平に扱われる方だと、そう思っておりました」
リデルはよぎる複雑な思いについては言わず、ただそうとだけ口にした。
「実を言うと昔は本気でそう思っていたこともあるんだ。
ただ、大人になるにつれて、身分の差というのが乗り越えられないものがあるということに次第に気づいたんだ。
産まれ育ちの差というのは、くつがえせないものがある。
気品だとか教養だとかね。あれらは一夜にして身につくものではないからな。産まれ育ちの差っていうものは大きいんだ。
身分を気にしない、などというのは、しょせんは子供時代の夢にしか過ぎないのさ。
貴女は今でも私が幼い頃に見た夢の中にいるようだね。
貴女のお友達のことだよ。
元平民と対等な仲良しごっことは、少々いただけないご趣味だな。
早く目が覚めたほうがいい。
私の妻になるのだからな。」
…なぜこんな話をするの?私も男爵家の育ちなのに…?
そして、伯爵家の嫁になるのであれば、そこまで友人の身分を気にしないといけないものなの?
リデルは心中で悩むばかりだった。
手紙のやり取りまではとめられなかったのだが、いくら待ってもミネルヴァからの返信は来ないままだった。
リデルはジェイド様に友人を選べと言われた件には、どうにも納得ができなかった。
しかし現時点では、ジェイド様を無視するかのように堂々と彼女と話をしにいくのはよろしくないように思われた。
少なくとも、ジェイド様に、ある程度納得してもらえた状態でないと…。
でも、いつまでかかるやら。
どこかでミネルヴァと偶然会い話ができないかしら、と思うばかりだった。




