14
ミネルヴァ・ドーヴァは新興貴族、ドーヴァ男爵家の娘だ。
だが彼女本人は平民の育ちである。爵位は金で買ったものであり、本人も貴族でございという意識は全くない。
そんな彼女が男爵家のリデルと友人となったのには、当初、思惑があった。
ミネルヴァには歳の離れたいとこがいる。
クガヤという名前の男性だ。
彼は若くして商人として成功した。
クガヤは親戚ではあるのだが、ミネルヴァの家では彼のことをダークホース的な成功者として注視していた。
ミネルヴァの母はよく言うのだった。
「あそこの家では彼は三男で、店舗どころか資金もびた一文持たされていなかったはずなのに、ひどくうまいことやったもんだわ。
どうやら、身分の高い人と友人となれたそうなのよ。そのへんが成功の要因らしいわ。」
そしてミネルヴァに言うのだった。
「お前も、なんとしても貴族の友人を作りなさい!
商売の基礎はもう仕込んであるから、学園では人脈作りに精を出すのよ!
結婚相手なんて探すのはその後でいいわ。
人脈ができれば、自然にいい相手が寄ってくるものです!」
ミネルヴァは、母に全面的に賛成というわけではなかった。
確かに貴族の友人ができたら、商売では有利だ。家のためになる。家のためになると、回り回って自分が得をする。
そのことはわかってはいたが、いざ実行するとなると、これがまた難しい。
そもそも、貴族達から、自分達新興貴族に、仲良くなろうなんて向こうからすり寄ってなど来ないものだ。
こちらからおべっかを使いながら寄っていかないと、話すらできないのだ。
そして、ミネルヴァの試みは、貴族達からは蔑みや憐れみの笑みで迎えられることとなった。仲良くなるどころではなかった。
ミネルヴァはちょっとしたことで平民の口調が出たりするが、
そんな時、貴族達は酷く面白そうな目で彼女を見るのだった。
彼らは、はっきり口に出して貶めるようなことは言わないし、口元は笑みをたたえたままだ。
しかし、目は口ほどに物を言う。
彼らから見下されていることを思い知らされるのだった。
そのことを苦痛に思い始めると、ますます立ち居振る舞いにミスが出て、さらに嘲笑される。
そんなことの繰り返しで、何もかも嫌になりそうだった。
そんな中、リデル・モリウス男爵令嬢だけが、ミネルヴァにまともに相手をしてくれたのだった。
初対面の挨拶で緊張し、うっかり平民の口調が出てしまい謝るミネルヴァに対し、リデルはこう言うのだった。
「私ね、デビュタントから、立ち居振る舞いが、あまりよろしくなくて。
恥ずかしくて逃げるようにすぐ帰ったの。そのせいで、その時は誰とも話せなかったのよ。
私、帝国での正式な立ち居振る舞いとか、礼儀作法とか、ちゃんと教わることがなかったの。
デビュタントでそのことに気がついたの。他の子はみんなできていたのに…
うちは教育係がつくほど裕福じゃないし、お母様は帝国より遥か離れたところの出身だから、いろいろ習わしが違い、帝国の作法を知らなかったから、そうなったみたいなの。
書籍などで調べたりして、どうにか形になるようにしたのよ。
礼儀作法や話し方って、身につけるのは大変よね。」
そう言いながら、リデルはミネルヴァへ自然な笑顔を向けてくれたのだった。
モリウス男爵家は平民を大切に扱っている。
少なくとも、現在の当主、リデルの父親は、そうであるという評判で有名だ。
娘であるリデル本人も、きっとその影響下にあるのだろう…
ミネルヴァの母はリデルとミネルヴァが友人になったことを聞くと、やったじゃない!と大変喜んでいた。
しかし、モリウス男爵家が裕福とはほど遠いことを知ると、なかなかうまいこといかないもんだわねえ、とがっかりしていた。
ミネルヴァはそう言われてカチンと来てしまった。
そんな、それだけが大事なことじゃないでしょ!と怒鳴りそうになり、慌てて口を閉じた。
そうしながら、自分の気持ちに気づいた。
どうやら、リデルにたいしては、計算づくではない友情らしき思いを、自分は抱いているらしかった。
リデルはこちらの近づいた思惑なんかには、まるで気づいてなさそう。普通に友達と思ってくれているようだ。
うん、リデルは友達。ミネルヴァは思った。
その友達が、今、妙なことに巻き込まれている。
早く事態を解決してあげたい。
可能な限り、商売の情報網を使って、調べあげるんだから。
待ってて、リデル。




