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「ええと、そこに傷あるのは髪おろしてればわからないから。
あ、後髪だけ、あげてくれないかしら。」
「…このこと、奥様はご存知ないんですよね、好きに髪をあげて大丈夫だとおっしゃられてましたので」
自分はマリーに、幼い頃そこに傷ができたのだと、その当時あったことを何でもない風に笑いながら話した。
通学の時間があるので髪や服などの身支度しながらだが。
その間、マリーがいやに深刻な顔をしていたのが気になった。
…もしかして昔ながらの考え方をするタイプなのだろうか。
こちらのなんでもないことのようにまとめようとしている雰囲気、読んでほしいんだけど。
大げさにとらないでほしいんだけど。
吹聴されたら困るわ…
身支度が終わると心配そうな顔をしたまま、失礼します、と彼女は部屋を出ていった。
出る時間が近づいてきたので、自分ひとりで玄関の方に向かうと、途中、走ってきた父とマリーに出くわした。
「あらお父様!今お帰りですの?」
父は朝帰りである。
遊び歩いたわけではなく仕事の所用で本当に忙しく、朝帰りになることはよくあった。
「今しがた帰って来てお母さんと入れ違いになったところだよ。それよりリデルや、顔を見せなさい。」
父が「傷はどこに…」とつぶやくと、横からマリーが自分の前髪を持ち上げて該当する箇所を見せた。
「…ううむ」
「お父様、昔の傷だし、もうふさがってるから。
ほら、うちって高位貴族じゃないし。誰も気にしたりしないわよね?」リデルは言った。
父は答えずにマリーに向きなおった。
「…このことは他言禁止だ。あと、これの母親の方にも言わないように。何をしでかすかわからん。」
マリーは心得ております、と礼をしたのだった。
父は、リデルの顔の傷のことについて、今後決して他人に話さないように、とリデルに言い含め聞かせたのだった。
…うちみたいな貧乏貴族の娘の古い傷なんて問題にならないはずなのに。
お父様ったら、随分大げさなんだわ!
でも私を大切に思ってくれているのがわかるから、少し嬉しいわ…
ともかく、顔の傷の件は、ひどく面倒だ。
メイドさんはマリーだけではない。日替わり交代で来る。
違うメイドさんにお世話をされたら、流行りだと髪をあげようとするたび、見られるたび、口止めなんかが毎回いるようになるかもしれない。
そのため、自分で身支度をするようになったのだった。家計も助かるけど。
リデルは身支度を終え、一月ほど前の事柄から、今日のことへと意識を切り替えた。
今日は学園に行く日なのだ。
昨日あったことを考えると、今日行くのはかなり勇気がいる。
しかしこれまでも学費を出してもらっているのだ。
よって学園に行かないという選択肢はない。
ある程度の学をおさめておかなければ、就職するのは難しい。
辛いからと逃げることが許されるのは恵まれた方々のみなのだ。
「はーっ
今日学園行くの憂鬱だわ。
でも彼とは学年別だし、受ける授業違うから必ずしも顔をあわせるわけではないわ。
いかないと授業料もったいないし。可能な限りミネルヴァとくっついて過ごそっと!」
 




