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この手で、手に入れるために

  俺も、彼女がただ立っていることで客足が本当に増えるのかどうかは追及しなかった。


  ただ、窓の外に視線を向けた。


  確かに、通り過ぎる人たちの多くがこちらを一瞥していく。


  それはコンビニに新商品があるからじゃなく——


  そこに立っているのが彼女だからだ。


  彼女自身は気づいていないかもしれない。


  だが、光の中に立ち、制服のベストを着て、自然な表情で人と視線を合わせるその姿は、


  ある人にとってはすでに「近づきたくなる理由」になっているのだろう。


  彼女はまだ「マスコット」という言葉の余韻から抜け切っていなかった。


  だが次の瞬間、すぐに新しい話題を自分で切り出した。


  放課後のゴシップを語るかのように軽やかな口調で:


  「でもさ、店長たち、本当に言ってたよ……私がここに立ってると、お客さんの数が増えるって。」


  俺は特に反応しなかった。


  桐生はそう言いながら、耳元のポニーテールを手で軽く払った。


  まるでうっかりネックレスに触れたかのように自然な仕草だった。


  その後の声には、少しだけ言い出しにくい自慢のような響きがあった:


  「それにさ、私がいると——売り上げも上がるんだって?」


  彼女は見せびらかしているわけではなく、


  「自分の存在が効果をもたらしている」という事実を伝えたかっただけで、


  それが「自分が役に立っている」という感覚につながっていて、だから少し嬉しそうな調子だった。


  俺は彼女を一瞥した。


  彼女のポニーテールは風に揺れて、毛先が軽く跳ねた。


  制服のベストは普通のものだが、彼女が着ると安っぽく見えなかった。


  ガラスの反射が戻ってきて、まつげにうっすらと光が差していた。


  俺は落ち着いた口調で言った:


  「きっと、君を見かけるだけで気分が良くなる人が多いんだろうな。」


  彼女は一瞬動きを止めた。


  「えっ? なんで?」


  彼女は本当に分かっていないようだった。


  甘えたふうでもなければ、わざと聞き返している感じでもない。純粋な疑問だった。


  俺は詳しくは説明せず、静かにこう答えた:


  「君のスマホに入ってる、あのキャラみたいなもんだよ。」


  彼女は一瞬きょとんとした。


  俺が何を言っているのか理解したようでもあり、思いがけず例えに使われたことに驚いたようでもあった。


  俺は補足した:


  「あの……綿あめ猫。」


  彼女の目が少し揺れ、顔にはちょっと恥ずかしそうな笑みが浮かんだ。


  好みを見抜かれた感じだったが、否定することはなかった。


  俺の声色は変わらず、最後まで言い切った:


  「君がそこに立ってるのは、あの子がカバンにぶら下がってるのと同じ。」


  「機能のためじゃなくて、実用のためでもなくて……ただ見るだけで、ああ、今日はそんなに悪くないって思えるんだ。」


  彼女は何も言わなかった。


  だが、聞いているのは分かった。


  それは「かわいいって言われた」ことへの喜びではない。


  彼女にとって、それは——「自分がいること」が誰かの「心の緩衝材」になるという、初めての気づきだった。


  俺はそれ以上何も言わなかった。


  だが彼女の口元は少しだけ上がった。


  笑いをこらえているようでもあり、


  さりげなく褒められたことに戸惑いながらも、平静を装おうとしているようでもあった。


  俺は彼女の胸元のネームプレートを見た。


  店名のロゴの下には「KIRYUU」と書かれた仮バッジがあり、臨時バイト専用の番号タグもついていた。


  彼女はまだ「店長に褒められた」ことによる高揚感に浸っていた。


  肘をドアの縁にかけながら、視線は遠くの交差点を歩く人たちに向けられていた。


  客足が「さらに増えているかどうか」を確かめているようだった。


  俺は何気なく訊いた:


  「今日、客が増えたってのは、君がここに立ってるからだと?」


  彼女は迷いなくうなずいた。


  「うんうん、店長たちが言ってたよ~。今日私、一時間だけ出勤してたんだけど、売上がいつもより12%も多かったんだって!」


  桐生は自信満々に言った。少し誇らしげでもあった。


  俺は淡々とした口調で、事実を述べるように言った:


  「じゃあ……明日はもっと混むな。」


  彼女はすぐには理解できなかったようで、「え?」と返した。


  俺はペースを変えずに続けた:


  「君がここに立ってることで、人の気分が良くなって、実際に来店者も増える。」


  「ってことは——明日そのチャームが発売される時、客も爆発的に増えるんじゃないか?」


  桐生の表情が一瞬止まった。


  俺は笑ってもいないし、からかってもいなかった。


  ただ、事実を淡々と述べただけだった。


  「つまり、自分で自分の競争相手を増やしてるってことだ。」


  彼女は口を開いたが、すぐには言葉が出なかった。


  俺の視線を受けて、ようやくその論理の全体像が頭の中で完成したようだった。


  桐生の反応はワンテンポ遅れ、小さな声でこう言った:


  「……バイト終わったらすぐ買いに行くもん!」


  俺はそれを否定しなかった。ただ一つ質問した:


  「限定商品?」


  彼女はうなずいた。


  「超限定だよ。『わたあめ星系限定発売』ってやつで……一人一個まで、売り切れたら終わりなの。」


  俺は淡々と言った:


  「そういうのって、大抵数分で売り切れるよね。」


  桐生は口元をきゅっと結んだ。


  「……は、早めに並べばいいもん。」


  俺は彼女を見た。


  「バイト中に並べるのか?」


  桐生は固まった。まるで突然息を止められたように。


  俺はそれ以上何も言わず、ただ静かに、彼女自身が論理の続きを補完するのを待った。


  桐生は自分のベストを見下ろし、店内の列の方向を見やった。


  数秒後、彼女は小さく「あっ……」と呟いた。


  その声には、「自分で掘った穴に落ちた」ような響きがあった。


  俺は笑わなかったし、助け舟も出さなかった。


  困らせたかったわけではない。


  ただ、彼女は本当に考えが甘かったのだ。


  彼女が「努力してそのチャームを手に入れようとしている」のは見てわかる。


  だが「その努力の方法」が、結果として自分に不利になっているとは考えていなかった。


  桐生は小声でぼそっと言った:


  「……どうすればいいのさ。」


  その言い方には甘えもなければ、俺に解決を求める気配もなかった。


  ただ、素直に自分を省みているような口ぶりだった。


  彼女はドアのそばに立ち、両手を前に重ね、小さな飾りバッジを指でくるくる回していた。


  彼女のそんな困惑は、確かに顔に出ていた。


  まるでゼリーの表面に小さな凹みができたようだった——


  溶けているのではなく、何かに触れて、いつものつややかな甘さに小さな傷がついたような。


  俺は振り向かず、ただガラス越しのアイスケースに目をやりながら、


  さっき彼女が言っていたキーワードを頭の中で並べ直していた——


  限定、明日、並べない、争奪、買えない可能性。


  俺は静かに口を開いた:


  「じゃあ、店長に聞いてみればいいんじゃないか……ひとつ取り置きできるかどうか。」


  声は大きくなかったが、はっきりしていた。


  その語調は「提案」ではなく、「一つの可能性」として差し出された選択肢だった。


  だが彼女はすぐに首を振った。動作は小さいが、その態度は明確だった。


  「ダメだよ。」声は落ち着いていた。


  まるでこのやりとりを事前にシミュレートしたかのような雰囲気だった。


  「店長たちは優しいけど、仕事に関してはすごく頑固なの。コンビニにはルールがあるから、絶対守るって。」


  「前にもね、商品を取り置きしようとした人がいたんだけど——


  その時も言われたよ。「公平販売」だから、一つも私物化しちゃダメって。」


  そう言って、桐生は肩をすくめた。どうやらこの店のやり方にはもう慣れているらしい:「店長たち、本当にすごく真面目でさ。新商品が入荷するたびに時間をぴったり合わせるし、店員が棚に近づかないようにもしてるんだよ。内々で買い占めたって言われるのを恐れて。」


  俺は静かにうなずいた。それ以上は何も言わなかった。


  確かに、彼女の口調からは「諦め」ではなく、「もう試した上で、その道が通じないと知ってる」ことが伝わってくる。


  不満も、文句もない。「融通が利かない」とか「堅苦しい」とも言わない。


  ただそれを現実として認識し、受け入れているだけだ。


  けれどその声色には、どこか彼女らしい「わずかな悔しさ」がにじんでいた。


  負けず嫌いだけど、絶対に勝たなきゃ気が済まないわけでもない。


  桐生は一瞬黙った。自分があまりにしょんぼりしていないかを確認するかのように。


  そしてすぐ、桐生はぱっと顔を上げて言った:


  「でも——大丈夫!なんとかするから!」


  その一言を口にしたとき、彼女の口元はわずかに上がっていた。


  その目は、さっきまでの行き詰まりを引きずることなく、むしろ「次の方法スイッチ」が点灯したように見えた。


  桐生は、無理に強がっているわけでもなければ、頑張って笑っているわけでもない。


  彼女は本当に——そういう性格なのだ。


  彼女全体が、光る殻に包まれた柔らかなキャンディーのようだ。


  たとえ地面に落ちても、自力で跳ね返って、パタパタと飴の衣を払って、また瓶に戻っていくような。


  俺は彼女を見ながら何も言わず、向き直ってアイスケースのガラス扉を開けた。


  冷気が一気に吹き出し、さっきの微妙な雰囲気をさらりと消し去っていった。


  そもそも俺はアイスを買いに来ただけだ。その件について、言うべきことはすでに言った。


  彼女がこれからどうやって手に入れるのか、それは俺が口を出すことではない。


  俺は急がず、目線を上段に向けた。


  よく見慣れたパッケージが白い霧の隙間の奥に並んでいた。俺がいつも選ぶ——バニラ×トフィーサンド。


  俺は腰を屈めて2本取り出した。もう1本はチョコレートサンド。


  もともとこの2本だけ買うつもりだった。


  けれど、2本目に手をかけた瞬間、ふと彼女のさっきの言葉が思い出された。


  「……なんとかするから。」


  その声は軽かったけれど、目は本気だった。


  俺は静かに手を止め、何の迷いもなく、もう1本を取り出した。


  同じフレーバーだ。


  ためらいはなかった。


  俺は立ち上がり、3本のアイスを左手に持ち、レジへ向かった。


  店内はちょうど昼時で客は少なく、並んでも10秒もかからなかった。


  会計を済ませ、俺はコンビニの入り口から外へ出た。


  陽射しは相変わらず、まるで反射板のように強く、ガラス扉に映る人影の輪郭をくっきりと縁取っていた。


  桐生はまだ入り口に立っていた。視線は道路の向かい側へ向けられ、時間を見ているのか、誰かを待っているのか。


  俺は桐生の横に歩み寄り、袋の口から1本のアイスを引き出して、彼女のほうへ差し出した。


  桐生は明らかに戸惑った表情を浮かべた。


  「え?」


  俺は振り返らず、ただアイスを彼女の手元へそっと差し出した。


  「バイト、お疲れ様。」


  声は淡々としていて、感情が読み取れなかった。


  「ちょっとしたご褒美だ。」


  桐生は反射的に手を伸ばして受け取った。


  その動きは速くはなかったが、拒むようなそぶりはなかった。


  その瞬間、俺の視界の端で、桐生の口元が微かに動いたのが見えた。何かを言いたげで——


  結局、彼女は小さくこう返しただけだった:


  「……ありがとう。」


  彼女はなぜなのかを尋ねなかったし、過剰な反応も見せなかった。


  俺は足を止めることなく、軽くうなずいて、交差点の方向へ歩き出した。


  コンビニのガラス扉は、開いては閉じ、カランと鈴が2回鳴った。


  風が吹いてきたとき、そこにはほんのりとした甘い匂いが混じっていた。


  おそらく、キャンディー棚のあたりを抜けてきた空気だった。


  俺は振り返らなかった。


  けれど、次の信号を渡ろうとしたとき、視界の端に、システムのウィンドウがふっと表示された。


  【認証対象:桐生 彩羽】


  【好感度:8 / 100】


  通知音はなかった。


  ただ数字が、6 から 8 に変わっていた。


  俺はウィンドウを閉じ、無表情のまま歩き続けた。

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