マスコットじゃない、私の場所
桐生は、唇の端をほんの少しだけ上げた。
声は出さなかったが、何かを隠そうとするような素振りがあった。
彼女は振り返らなかった。何か話を続けることもしなかった。
空気が一度だけ静かになり、そしてすぐに「普通の会話の間」の空気に戻った。
俺は彼女のさっきの表情に、特別な意味を探ろうとはしなかった。
彼女に返答を求めてもいない。
ただ――俺は自分の評価を、素直に口に出しただけだった。
それだけのことだった。
俺は彼女を一瞥した。
桐生は店内に入ってこなかった。
ガラス扉の横に立ったまま、姿勢を崩さず、まっすぐ前を見ていた。まるで業務中のように。
俺はわずかに頭を傾けて、彼女のユニフォームのベストと、胸元の「KIRYUU」と書かれたネームプレートを見た。
ベストはやや長めで、腰のあたりまで垂れていた。袖口には折り目があり、どう見てもオーダーメイドではなく、
コンビニでよくある「共用制服」の標準サイズだと分かった。
彼女の足元には空のプラスチックバスケットが置かれていた。
俺は穏やかに尋ねた。
「……それで、君の仕事はここに立つことなのか?」
桐生はうなずいた。まるで天気の話でもしているかのように、自然な声で。
「うん。店長たちが言ってたんだ——私がここに立ってると、お客さんの数が増えるって。」
俺はあごを少しだけ上げて、コンビニの入り口の位置を見渡した。
ちょうどメインストリートの交差点の角で、店のドアは外向き、両側から通行人がよく見える構造だった。
日差しがガラスに当たって、彼女の金とピンクのメッシュが入ったポニーテールと制服の輪郭が反射していた。
立ち姿も整っていて、たとえ立っているだけでも、目を引くのは確かだった――それは否定しない。
俺は一秒だけ黙り、それから淡々とした声で尋ねた。
「……つまり、レジ業務はしてないんだな?」
彼女は首を横に振った。
俺は続けた。
「レジの操作もしてない?」
「うん。」
「品出しは?」
「してない。」
「発注業務は?」
「知らない。」
「棚への補充は?」
「やってない。」
「在庫の並び替えは?」
桐生は何も考えずに、笑いながら言った。
「全然知らなーい!」
俺の声色は変わらず、そのまま問いを続けた。
「値札の整理?」
「やってないなあ。」
「ラベルの貼り替え?」
彼女は肩を軽くすくめて、あっけらかんと笑った。
「それも触ってないよ。」
俺は2秒黙ってから、静かに結論を下した。
「……マスコットキャラ、ってことか。」
桐生は一瞬止まった。俺がそう言うとは思ってなかったのか、目を大きく開いた。すぐに素早く反論してきた:
「マスコットなんかじゃないよ!私はちゃんと立哨してるの!これは私の仕事だもん!」
桐生の表情は真剣だったが、声には怒りがなく、むしろ説明のために真面目に訴えているようだった。
俺は彼女を見ながら、感情を込めずにこう繰り返した:
「マスコットも仕事だよ。」
彼女は言葉に詰まった。
だが、それは言い負かされた時の気まずさではなく、反論したいのに言葉が出てこないような感じだった。
顔には少し見透かされたような不服さが浮かび、彼女自身も「確かに間違ってはいない」と思っているようだった。
俺はそれ以上何も言わなかった。
桐生はその場に立ったまま、「マスコットってバイトになるのかな」なんてことを考えているようだった。