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  血のような空。滲んだ朱が遥か彼方の廃墟を染め、世界の輪郭さえ溶かしていた。


  息苦しさが喉を刺す。空気に混じる鉄の匂いと乾いた粉塵が肺を満たし、この場所が現実とはかけ離れた場所だと直感させる。


  気温は28.2度。光は赤みに偏り、地面は瓦礫と焦げた黒い物質に覆われていた。北西15度、風速は2.7メートル毎秒。


  目を開けると、俺は廃墟の中にいた。手の下にあるのは寝具でも部屋の床でもなく、冷たくざらついた石と砕けたコンクリートの感触だった。


  喧騒もない。屋根もない。残されていたのは、ねじ曲がった鉄筋と崩れた壁だけ。文明が死んだ後の、残骸。


  ここは、俺の部屋じゃない。現実でもない。


  俺が着ていたのは、就寝前にいつも身につけているルームウェアだった。


  深みのある色合いのシルク素材で仕立てられたシャツ型のパジャマと同じ生地の長ズボン。


  パジャマの前面は丁寧にボタンが留められ、襟元は自然に開き、柔らかく滑らかな生地が肌にぴたりと沿い、わずかに光沢を帯びている。


  足元は裸足で、靴下も履いていなかった。


  これは夢じゃない。 いや、夢だとしても、あまりにも、現実的すぎる。


  体温、風の音、腰の下に押し付けられる瓦礫の痛み。すべてが明確すぎて、幻想だとは到底思えない。


  誰もいない。音もしない。静寂が支配する世界。


  体を起こそうとすると、破片が皮膚を擦る痛みで意識が急激に覚醒する。


  ……これは幻覚か?それとも異世界?


  判断がつかない。ただ、ひとつだけ確かなのは、軽率な行動が命取りになるということ。


  目を細め、そっと身を動かしながら周囲を確認する。


  崩壊した建物の残骸ばかり。中には空中に辛うじて立っている柱や鉄骨もあるが、どれも今にも崩れそうだ。


  俺がいる場所は、隠れ場所としては不十分。死角も多く、視線に晒される範囲も広い。


  ここには長く留まれない。


  その瞬間だった。


  「ドン、ドン、ドン……」


  鈍く、粘りつくような足音が遠くから近づいてくる。


  ……人間じゃない。


  不規則で、濡れた肉を引きずるような、重く濁った音。踏み出されるたびに、地面が微かに震え、鉄片が震えていた。


  俺はすぐに身を低くして、崩れた壁の影に潜り込んだ。そこは片側だけ体を隠せる程度の狭いスペース。しゃがむのがやっとだが、視線を遮るには十分だった。


  足音が近づいてくる。


  そっと顔を横に向け、瓦礫の隙間から僅かな視界を確保すると、それが見えた。


  化け物。


  灰緑に濁った皮膚。まるで腐敗した肉が骨を覆っているかのような外見。異常に長い手足を引きずりながら歩いている。


  頭部には明確な顔立ちはない。あるのはただ一本、縦に裂けたような口らしき裂け目。そこから「ククッ」という微かな嗅ぎ音が漏れていた。


  衣服もない。言語もない。文明の痕跡は一切なし。


  あるのは、殺意。


  奴はゆっくりと歩きながら、時折頭を下げ、また傾け、何かを探しているようだった。


  俺は息を殺し、壁に背を密着させながら動きをじっと見つめた。心拍数は上がっていないが、意識は冷徹に奴の動線、聴覚・嗅覚の反応、逃走経路を計算し続けていた。


  動くな。呼ぶな。 少しでも見つかれば、終わりだ。


  ……しばらくして、奴は目標を見失ったのか、そのまま背を向け、ゆっくりと立ち去っていった。


  俺は動かない。


  完全に姿が消え、足音も消え、周囲が再び静寂に包まれるまで。


  これは、夢じゃない。


  でも、現実とも違う。


  血のような空を見上げながら、俺は理解する。


  これは、始まりに過ぎない。


  すぐには動かない。奴の足音が途絶えてから四十秒以上が経った。


  「安全」という言葉に意味はない。視界と音の情報が全てだ。


  慎重に身を隠しながら、より奥まった位置へと移動し、入り口を瓦礫で塞いだ。


  壁を背にして姿勢を低くし、さっき見たものを冷静に思い出していく。


  あの化け物の身長はおそらく240〜270cm。 重量不明だが、足音の振動から200kg以上と推定。


  下半身は太く、踵が低い。歩行に引きずり感あり。視覚は不明。頭部に目のような器官はなかった。


  代わりに、聴覚と嗅覚に近い感知システムを備えていると考えるべきだ。


  つまり、奴は「見ている」のではなく、「聞いて」「嗅いでいる」。


  二度と音を立てるな。匂いを出すな。今すぐこの区域から離れる必要がある。


  次の行動目標:音源の作成 → 反対方向への誘導 → 退避。


  俺は周囲の瓦礫を物色した。部屋着にポケットはない。道具もない。使えるものを探すしかない。


  金属棒。破布が絡まった骨組み。使えそうだ。


  破布を金属棒に巻きつけ、結び、簡易的な「音出し棒」を作成。


  それをできる限り遠くの金属塊に向かって投げた。


  「カチ、カラ……キィィン──」


  死のような静寂の中、その音は思った以上に響いた。


  十秒後。


  「ドン……ドン……」


  奴が戻ってきた。音の方向へ向かっている。


  成功だ。


  化け物が俺の隠れ場所から三十メートルほど離れた地点を通過し、音の発生源へと向かっていく。


  その間に、俺は身を伏せながら壁伝いに斜めへと移動し、斜面状になった瓦礫の隙間を発見。


  そこは地下通路と思われる入り口で、崩落はしていたが側面からなら入れる。


  中に潜り込む。温度が下がる。風の音が消え、光も遮られる。


  でも、少し安心できた。


  数十メートル進み、倒れたコンクリート板の裏に体を預け、ようやく息を吐く。


  膝と肘に擦り傷。痛みはあるが、意識ははっきりしている。


  あれは何だ? この世界は何だ? なぜ、俺はここにいる?


  目を閉じ、意識を落ち着けようとする。


  その時だった。


  耳に届いたのは、自分のものでも、この世界の音でもない。


  ……電子音に近い、無機質な女声。


  【感情源の検出:桐生彩羽】 【現在の好感度:5】 【最低戦力変換ユニット、起動準備完了】


  桐生……彩羽?


  聞き覚えのある名前。


  でも、親しいわけじゃない。……ただ一度、クラスで耳にしたことがあるだけの、同じ学校の女子。


  俺は答えなかった。


  システムは、二度目の問いかけをしてこなかった。音声は、まるで初めから存在しなかったかのように、跡形もなく消えた。


  感情ポイント?戦闘リソース?


  それが罠なのか、本物の警告なのか、今の俺には、判別できない。


  だが、あの声の存在は、頭の奥深くに釘のように残っていた。


  ……もし、あのとき「はい」と答えていたら、何かが変わっていたのだろうか?


  いや。


  今の段階では、結論を出すには早すぎる。


  俺は膝を引き寄せ、両腕で抱え込み、自らの体温を少しでも保持しようとする。


  ここに昼夜の概念があるのかも分からない。


  いつ現実へ戻れるのかも、見当がつかない。


  今、俺にできるのは、ただ一つ。生きて、ここを脱出することだけだ。


  光の届かない暗い通路。その上空で、血のように赤い空が無言のまま俺の視界を焼き尽くす。


  空気は乾いており、土埃と鉄の匂いが混じる。不穏な唸り声が、遠くから微かに響いてきた。


  俺は呼吸を整え、ゆっくりと身を起こして視界を覗く。


  そこにいたのは、さきほどの個体とはまったく異なるタイプの化け物だった。


  人型と昆虫の骨格を掛け合わせたような姿。平均的な人間よりも半頭ほど背が高く、関節の数が不自然に多い。


  動きは遅い。しかし、尾のように伸びた触手状の器官を引きずりながら、空気の流れか振動を感知しているかのように動いている。


  俺は動かない。


  脳内で逃走ルートをシミュレートしながら、ただじっと、息を殺してその場に身を潜める。


  集中を切らした瞬間が、死だ。


  それは比喩ではなく、純然たる現実のルール。


  近づいてくる足音に、心臓さえも一瞬止まりそうになる。


  奴は壁をなぞるように歩き、爪が瓦礫を引っ掻く音が響いた。視覚範囲は不明だが、聴覚は鋭い。


  俺はそっと、手をズボンのポケットへ滑り込ませる。


  ……何も入っていない。


  元より、この寝間着に実用的な道具などあるはずもない。唯一使える可能性があるのは、先ほど折れた金属棒の一部。


  あれは、あの角を曲がった場所に落としてある。


  すべては、俺の判断次第。


  息を止め、小さな石を拾い、そっと空き缶の山へと蹴り飛ばす。


  「……ポンッ」


  音が響いた瞬間、化け物は反射的に飛びかかる。鋭い動作と共に、全身の関節が引きつったような低い唸り声を発する。


  その隙に、俺は跳び出した。


  斜め後方に見つけていた、半壊したドアの影へ向かって走る。


  「っ……!」


  着地の衝撃で背中をコンクリートの角にぶつけ、思わず声が出そうになるが、歯を食いしばって堪えた。


  【呼吸レベル:下降中】 【アドレナリン指数:132%】


  耳元に突然、システムのような表示が現れる。


  だが俺は動じない。


  それを「幻覚の延長」に過ぎないと、即座に分類した。


  身を丸め、一人分のスペースしかない崩れた壁の隙間に身を滑り込ませ、深い呼吸で心拍を落ち着かせる。


  ……足音が、遠ざかっていく。


  誘導、成功。


  化け物は予想通り、俺が作った音の方向へと引き寄せられた。


  反応は単純だ。聴覚には優れているが、行動は鈍重。


  まるで低等な狩猟生物のような特性。


  奴らが追うのは「動き」や「音」、決して「ターゲット」ではない。


  俺は壁の陰に身を潜めながら、手のひらをコンクリートに当てる。


  冷たい。ざらついている。石灰の欠片が手に刺さるような感触。


  ここは、どこだ。


  少なくとも、夢の空間ではない。


  これまで見た夢の中で、ここまで空気の粒子まで精緻に再現された世界などなかった。


  足元を滑ったあの灰さえ、本物に思えた。


  ……そして。


  【感情源の検出:桐生彩羽】 【現在の好感度:5】 【戦闘リソースとしての変換を実行しますか?】


  ……また、来た。


  さっきの「声」と同じだ。


  あれは、最初の化け物が近づいてきたときにも聞こえた。


  無機質な女声。脳内に直接響くような感覚。


  幻聴でも、機械音でもない。


  二度目の提示。


  俺は、やはり答えなかった。


  答えるつもりも、ない。


  どれだけ機械的で冷静な声色であったとしても、それが「誘導型の罠」ではないとは断言できない。


  戦闘リソース?感情の変換?ゲームのシステムじみているが。


  「桐生彩羽」って、誰だ?


  名前に聞き覚えはあるが、今の俺にとって大切なのは生き延びることだ。


  システムへの応答は保留。


  体を静かにずらし、隠れ場所から再び周囲を確認する。


  例の化け物は、もう街角から姿を消し、反対側の崩れた壁へと向かっていた。


  即座に地形を分析する。


  三十メートル先にあるのは、瓦礫と露出した鉄骨が散らばる斜面。あそこを通れば動きが大幅に制限されるだろう。


  逆方向には倒壊した歩道橋。その下に、地下通路がある可能性が高い。


  選択肢は多くない。


  奴が振り返る前に、動かなければ。


  俺は、システムなどに頼らず、己の判断だけで生き残ると決めている。


  深く息を吸い、崩れたコンクリートの縁を蹴って飛び出す。建物の影に身を潜めながら、全速力で歩道橋の残骸へと走った。


  地面が不安定で、足を滑らせる。手のひらを擦りむいたが、止まらない。


  頭は冷静だ。


  走りながら風向きと風速、奴の探知範囲と重なる可能性を計算。姿勢を低く保ち、支柱の間を抜け、斜面下の亀裂へ潜り込む。


  「……ッ!」


  肘が錆びた鋼板に当たり、皮膚が裂けて血が滲む。


  だが、声は出さない。本能的な反応を、意識で押し殺す。


  真っ暗な地下の裂け目。その中に入り、ようやく一息ついた。


  ……これで、ひとまず安全。


  だが、ここは、いったい何なんだ?


  なぜ化け物がいる?


  なぜ俺がこんな場所で目を覚まし、なぜ「桐生彩羽の好感度を戦力に変換しますか」などという荒唐無稽な声を聞く羽目になったのか。


  もっとも重大なのは。


  俺は、どうやってここに来た? そして、どうすれば帰れる?


  闇の奥を見つめる。恐怖はない。ただ、冷徹な警戒心だけが残っていた。


  これは夢じゃない。


  仮に夢であっても、「目覚めれば終わる」などという甘いものではない。


  俺は冷たい壁に背を預け、心拍数を抑え、体温と筋肉反応を安定させる。


  しばらくの後。


  俺は低く、小さく呟いた。


  独り言ではない。あの「システム」に対する、明確な意思表示。


  「……黙っているのは、受け入れたわけじゃない。」


  「……だが今は、お前を信じる理由がない。」


  それに対し、システムは何も答えなかった。


  血のように赤い天井は静寂のまま。


  遠ざかる足音。再び訪れる、あの異様な静けさ。


  だが俺は知っている。奴らは、まだどこかにいる。


  そして、俺は、まだ、生きている。


  闇の中、じっと身を潜めながら、外の気配に意識を集中する。


  化け物の足音は、もう完全に消えていた。だが、それは奴が消えたという意味ではない。


  別の場所で、次の機会を待っているだけだ。


  今、優先すべきは現状の把握。


  俺は目を慣らしながら、周囲を静かに見渡した。


  地面には金属片、破れた石板、大小の鉄骨など、崩壊した建物の名残が散乱している。


  鉄の匂いがかすかに漂っていた。長く外気に晒された鉄筋の酸化臭だ。


  手探りで一本の鉄筋に触れる。


  粗く、鋭く、錆びている。


  武器としては頼りないが、今の状況では貴重な防衛手段だ。


  拾い上げて、片手で軽く振ってみる。重さはちょうどよく、扱いやすい。


  俺の身体能力は特筆すべきものではないが、基本的な運動と訓練は欠かしていない。 この鉄筋一本あれば、最低限の自衛には足りる。


  再び、今まで見た光景を思い返す。


  血のような空。崩れたビル群。彷徨う化け物。そして、脳内に突然現れた「システムの提示」と、「桐生彩羽」という名前。


  その名前に強い印象はない。ただ、どこかで聞いた覚えがあるような……そんな程度。


  たぶん、同じクラスの誰かだろう。


  だが、顔も性格も、どんな会話を交わしたかさえ思い出せない。


  俺にとって、関係のない人間を記憶に留める意味はないからだ。


  だが。


  「現実で接点のない名前が、どうしてこんな非現実の中に出てくる?」


  答えはなかった。


  沈黙が返ってくるだけ。


  システムも、俺の態度を察したのか、それ以上の提示をしてこなかった。


  諦めたのか、それとも……反応を待っているのか。


  ゆっくりと立ち上がる。


  深く呼吸を整え、混乱した思考を少しでも整理する。


  ここは夢ではない。


  けれど、現実でもない。


  常識では説明できない。ここに来た理由も、存在する意味も、一切が不明。


  情報が足りない。


  俺は手に持った鉄筋の位置を再確認し、しっかりと握り直す。


  そのまま、奥へと続く裂け目を見据える。


  「……ここに居続けても、何も変わらない。」


  危険を承知で、この廃墟を探索するしかない。


  より安全な場所、視界の開けた地点を確保し、周辺の情報を集める。


  覚悟を決めて、一歩を踏み出す。


  行き先は分からない。


  だが、選択肢は他にない。


  そして、俺は建物の最上階へと足を進めた。


  屋根は崩落しており、コンクリートの板は空へと露出している。


  赤い空が広がる中、風は鋭く乾いていた。


  冷たくもなく、ただ、焦げたような熱を帯びた空気。


  まるで焼却炉の中にいるようだった。


  周囲一面が荒れ果て、無限に広がる廃墟。


  断片的に残された壁や柱が無造作に立っているが、人の気配は皆無。


  この世界が、長い間死んでいたことだけは、


  俺の身体能力は特筆すべきものではないが、基本的な運動と訓練は欠かしていない。 この鉄筋一本あれば、最低限の自衛には足りる。


  再び、今まで見た光景を思い返す。


  血のような空。崩れたビル群。彷徨う化け物。そして、脳内に突然現れた「システムの提示」と、「桐生彩羽」という名前。


  その名前に強い印象はない。ただ、どこかで聞いた覚えがあるような……そんな程度。


  たぶん、同じクラスの誰かだろう。


  だが、顔も性格も、どんな会話を交わしたかさえ思い出せない。


  俺にとって、関係のない人間を記憶に留める意味はないからだ。


  だが。


  「現実で接点のない名前が、どうしてこんな非現実の中に出てくる?」


  答えはなかった。


  沈黙が返ってくるだけ。


  システムも、俺の態度を察したのか、それ以上の提示をしてこなかった。


  諦めたのか、それとも……反応を待っているのか。


  ゆっくりと立ち上がる。


  深く呼吸を整え、混乱した思考を少しでも整理する。


  ここは夢ではない。


  けれど、現実でもない。


  常識では説明できない。ここに来た理由も、存在する意味も、一切が不明。


  情報が足りない。


  俺は手に持った鉄筋の位置を再確認し、しっかりと握り直す。


  そのまま、奥へと続く裂け目を見据える。


  「……ここに居続けても、何も変わらない。」


  危険を承知で、この廃墟を探索するしかない。


  より安全な場所、視界の開けた地点を確保し、周辺の情報を集める。


  覚悟を決めて、一歩を踏み出す。


  行き先は分からない。


  だが、選択肢は他にない。


  そして、俺は建物の最上階へと足を進めた。


  屋根は崩落しており、コンクリートの板は空へと露出している。


  赤い空が広がる中、風は鋭く乾いていた。


  冷たくもなく、ただ、焦げたような熱を帯びた空気。


  まるで焼却炉の中にいるようだった。


  周囲一面が荒れ果て、無限に広がる廃墟。


  断片的に残された壁や柱が無造作に立っているが、人の気配は皆無。


  この世界が、長い間死んでいたことだけは、はっきりと分かる。


  断崖の縁に立ち、荒野を見下ろす。


  そのとき、あのシステムの提示が再び脳裏に浮かんだ。


  【対象人物:桐生彩羽】 【現在の感情値:5】 【戦闘リソースとして変換しますか?】


  ……応えない。


  恐れているわけではない。


  拒絶しているわけでもない。


  ただ、正体も目的も分からない存在に、現実に関わる力を預ける気にはなれない。


  「この「システム」とは、何なのか?」


  「なぜ、表示されるのはその名前だけなのか?」


  「俺と彼女に、何の関係があるというのか?」


  ……思い出せない。


  名前は知っている。


  桐生彩羽。


  どこかで聞いたことはある。多分、クラスで一度だけ呼ばれた名前。


  でも顔も声も性格も、何一つ印象に残っていない。


  なのに、どうして彼女が「好感度5」という数値でシステムに表示されているのか?


  ……それとも、この全てが「誘導」なのか?


  明確な答えは出ない。


  だが、今は深く考えている暇はない。


  今の最優先は、生き延びること。


  そして、ここから脱出すること。


  「……これは夢なんだろうか。」


  この、人間の住む世界ではない「死の大地」を見下ろしながら、俺は小さく呟いた。


  ……さもなければ、こんなにも世界が壊れているはずがない。

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― 新着の感想 ―
目が覚めたら世紀末みたいな廃墟に一人ぼっちって想像しただけでゾッとしますね。化け物も出てくるし、謎のシステム音声まで聞こえてきて、一体何が起こってるのでしょうか……
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