第一章(39) 入隊試験(27)
「さて……」
男から見て左にグラン、右にハクが自分に迫ってきている。
距離としてはほぼ同じ。若干グランの方が攻撃するのが早いだろう。
男は二人と戦った経験をもとに、作戦をもう一度練り直していた。
お互いの戦闘スタイルは似ているようで違う。近接主体ではあるが、剣術と体術で分かれているからだ。
攻撃の威力という点においてなら、体術に軍配が上がる。
大男の攻撃は単純ではあるが、威力は申し分ない。当たればただでは済まないだろう。
一方少年の攻撃は未知数。大男の攻撃ほど威力はないかもしれないが、射撃を完璧に防ぐほどの腕前の持ち主だ。このまま油断しない方が身のためだろう。
そして、お互いの考え方も違っていた。大男は考えや言動などが諸々単純すぎる。
それゆえ攻撃自体なら、見てからでも避けることができるくらいだ。
つまり、警戒すべきは少年の方だろう。判断が早く、分析力も長けていると感じた。
戦闘における冷静さも持ち備えているため、必ず大男に合わせた動きをしてくるに違いない。
「予定通り少年の方から狙いつつ、確かめてみるか」
ハクの方をちらりと見てから銃を再度握り直す。
男が見立てた通り、先に攻撃を仕掛けたのはグランだった。
「そんじゃ一発いくぞ!」
どんな状況だとしても攻撃を宣言するスタンスは変えないグラン。
攻撃が命中する間合いまで近づき、突進を食らわせようとする。
「遅い」
しかし、相も変わらず無駄のない動きで軽く攻撃を躱されてしまう。
グランの突進攻撃は完全に見切られているといっても過言ではないように思えた。
「はっ、面白れぇ」
相手の余裕を持った言葉を聞いても気を落とすことはなかった。
遅いと言われて最初に思ったことが面白いという気持ちだったからだ。
今回の試験で全く躱されることのなかった突進を相手は完璧に見切っている。
そんな相手と戦えるこの状況が面白いという気持ちを掻き立てていた。
「チャンス!」
しかし、攻撃が躱されたとしても全く意味がないわけではなかった。
グランの突進攻撃のおかげもあり、背中ががら空きになっていたのだ。
絶好の機会だと思い、ハクが後ろから斬りつけようと試みる。
「甘いな」
まるで事前に攻撃されることを分かっていたかのように、後ろを見ずとも攻撃を躱してきた。
「やっぱり避けてくる……」
今までの経験からも正直当たるとは思っていなかったが、こうもあっさり躱されてしまうと背中に目があると思っても仕方がないかもしれない。
「もういっちょ!」
ハクの攻撃が終わった瞬間、グランもまた二度目の攻撃を仕掛ける。
自分の突進攻撃が見切られていたとしてもグランは諦めることはなかった。
「これなら!」
ハクもグランの後に追撃する形で攻撃を続けていた。
その後も二人の攻撃は何度も続いたが、全て躱されることとなり、一度も攻撃が通ることはなかった。
「これだけ頑張っても駄目か……」
ここまで攻撃が当たらないとは正直思っていなかった。
一、二回くらいは隙が生まれると考えていたが、現実はそう甘くないみたいだ。
「ふむ、思ったより動けているな」
近接主体の二人相手にこれだけ動けているため、自分に対して悪くない動きだと自負する。
「二人がかりでこの程度か?一人相手にこれとは先々が心配になるな」
男は二人に向かって吐き捨てるように言った。自分の動きが良いと仮定しても、相手に問題があることは明白だ。一度くらいは攻撃を当ててくると思っていたが、正直期待外れだった。
「言ってくれるねぇ」
いつものテンションで言葉を返す。腹が立つ言い方ではあるが、何も間違ってはいないからだ。現状攻撃は全て躱されており、その身のこなしに圧倒されている。
誰が見ても二人の力が劣っていると思うだろう。
グランとしてもこの戦況が続くのは厳しいと感じており、何か策がないかを少しだけ考えていた。
そして、グランが出した結論は単純なことだった。
「ハク!わりぃが作戦とかねぇか?こういうの考えるの苦手でよ」
「えっ、作戦?」
思いがけないことを聞かれて、少し驚いてしまう。
グランなりにも戦況を変えたい気持ちが強いのかもしれない。
集中を一旦といてから作戦を考え始めることにした。
「そうだなぁ……」
作戦と言われても正直悩ましいところではある。今までの攻撃だって決して悪いわけではないからだ。
短い付き合いかつぶっつけ本番の連携攻撃としては、かなりの精度であることは実感しているし、グランの攻撃は狙いもタイミングも理想的だった。
相手の意識が、完全にグランに向いていたのはこの目で確認している。そのおかげで隙が生まれていのも間違いない。
それでも避けられ続けているということは、相手が一枚上手かもしれないということ。
だが、仮にそうだとしても、グランの攻撃で生まれた隙を全く活かせていない自分に問題がある可能性の方が高いだろう。
「んー……」
恐らくこのまま攻撃を続けても戦況が変わることはないはずだ。
つまり、今まで一度もやっていない行動を起こせば相手も対処することが難しいかもしれない。
「そうだ!グラン、僕が合わせるから全く同じタイミングで攻撃しよう」
よくよく考えてみれば、全く同じタイミングの攻撃はしていなかった。
最初は同時に攻撃を仕掛けたといえ、自分の攻撃タイミングが少し遅かった。
その時は、グランの突進のスピードをまだ見誤っていたからだ。
だが、今までの突進攻撃を見ておおよその速度感を把握することができたと思う。
今なら全く同じタイミングで攻撃することも可能かもしれない。
「それと『全力』でお願い!」
「あぁ、分かった!」
グランはハクの作戦に一切反論することなく了承をした。
何故その作戦にしようとしたのかは、自分が考えても一切分からないと思う。
それでもハクなりに色々と考えて最終的に決めた作戦のはずだ。グランにとって信じる以外の考えは浮かばなかった。
「ちなみに作戦といっても、相手である私に丸聞こえだが大丈夫か?」
作戦は相手に知られないからこそ成り立っている。
今回は相手の目の前かつ耳を塞いでいても聞こえるくらいの大声で伝えている。
つまり、完全に作戦を知られている状況だ。抱いてしまっても仕方のない疑問だろう。
「大丈夫です!」
ハクは自身満々に返事をした。今回の作戦は相手に聞いてもらうことで成立している。
グランに向けて言った『全力』という言葉がカギだ。
相手の心理的にも全力という言葉を聞けば、意識しなくても警戒せざるを得なくなる。
グランの全力突進攻撃が命中したら怪我だけでは済まないという気持ちは絶対にあるはず。
だがらこそ、警戒してもらわないと困るのだ。
「聞かれても問題がない作戦か。それは楽しみだ」
「それは良かったです」
楽しみかと考えてしまう。まるで作戦が見透かされているみたいだ。
もし、この連携攻撃でさえも避けられるなら、自分の中で絶対に有り得ないと思っている背中にも目があるなんてことを信じる他ないのかもしれない。
厳密に言えば、後ろを見なくとも状況を把握できるということ。
理由は分かっていないが、必ず弱点の一つでもあるはずだ。
その弱点を見つけるために、相手が回避困難であろう攻撃を続けていくしかない。
「行こう!」
「おう!」
ハクの掛け声とともに二人は同時に動き出した。
「予想通りならいけるはず……」
今までグランの攻撃を躱した方法は二つに絞られる。
一つはシンプルに横に躱す方法で、もう一つは上空に躱す方法だ。
後者の場合は脅威となりうる攻撃の際に使っており、例を挙げるとグランの大技である『突進投縄』と『地面衝撃』をした時だった。
どちらの攻撃も上空に躱して、直接的なダメージを防いでおり、相手は警戒していることが見受けられた。
そこで、全力とお願いすれば今までよりも遥かに強い威力で攻撃してくれるに違いない。
つまり、この憶測が正しければ相手は上空に回避してくるはずだ。
そこを先読みして自分も上空に跳び、攻撃を仕掛けることができるなら、相手も簡単には避けられないという流れになっている。
「おらぁぁぁぁ!」
グランが今まで見たことのないスピードで突進をしていく。
全力でお願いとは言ったが、ここまでスピードを上げられると思ってはいなかった。
大体にはなるが、五十キロくらいは出ているのではないだろうか。
これまでがおよそ二~三十キロくらいのスピードだったため。二倍ほどのスピードが出ていることになる。
「今まで全然力出してなかったんだ……」
「これがあいつの全力か……」
ハクと男の二人は同じようなことを考えていた。それほどまでの明らかな違いが目に映っていたからだ。
「さすがに速いな」
これまでの攻撃よりもスピードが上がったことにより、かなり早いタイミングで回避行動をとる。
「やっぱりだ!」
予想通り、全力の突進攻撃を避けるため男は上空に跳び上がって回避をしたのだった。
ハクは回避するその一瞬を待ち構えていた。
そして、男が回避をしたタイミングか少し速いくらいで上空に跳び上がり、そのまま攻撃を仕掛けようとする。
「なるほど。上空に回避することを予測し、そこを狙うという作戦だったわけか。だが惜しいな。空中だからといって一人相手の攻撃を避けられないわけではない」
また、後ろを見ることなく自分が置かれている状況を判断し、言葉にしていた。
「なっ……」
ハクの作戦はあと一歩及ばなかった。
男は空中で体を反転させ、全く後ろを見ていないにも関わらずハクの攻撃を躱した。
「あの攻撃も避けられるならさすがに信じるしかないか。理由は分からないけど明らかに後ろが見えてる……」
記憶が正しければ、グランの二回目の突進攻撃の時だったはずだ。
後ろを見てもないのにグランの攻撃を空中に跳んで躱していた。
そして、今回も後ろを見ていなかった。それなのに攻撃するタイミングを完璧に把握して躱している。
あの時は背中にも目があるとか変なことを考えていたが、ここまで攻撃を避けられると完全には否定できなくなっていた。
「ん?いや、待てよ……」
体が空中から地面へと落ちていく間、ハクの頭の中である言葉が思い出された。
何故忘れていたのだろうか。背中に目があるなんて非現実的なことを考えなくても一番可能性が高いことがあるではないか。
「『生魂力』を持ってる?」
『生魂力』は人間の力を引き上げ、身体能力を活性化させることができる。
もし『生魂力』の力なら、後ろを見なくても攻撃を回避するなんてことができなくはないかもしれない。
けど、『生魂力』を使っている様子はない。使っているなら明らかに分かることがあるからだ。
「僕の知らない『生魂力』が与える力があるのかも……」
色々と考えたが、現状そう考えるしかない。『生魂力』が与える人間への力。
それが常時与える力だった場合、今までのことも説明がつく。
とりあえず今は仮説でも何でも良い。その可能性を導き出せただけでも、今後の戦いにどんな形であれ活きてくるはずだ。
「来ないのか?」
追撃してくる様子がないので、空中で体の向きをハクの方へと変えて、次は何をしてくるのか探ろうとする。
「また何か考えているな」
表情を見てみると真剣に何かを考えているようだった。
しかし、作戦を考えている割には明らかに集中しすぎているように見えていた。
「……もしかして、気づいたのか?」
他のことを考えているとしても、攻撃手段や作戦と何かしら関係がある重要なことだろう。
つまり、背後を取ったとしても攻撃が当たらない理由を勘づいたのではないかと結論づけることができた。
「ふっ……」
もう少しで地面に足が着こうとしていた時、男は二丁拳銃をハクの方に向け、不敵な笑みを浮かべていた。




