第一章(28) 入隊試験(16)
後ろでは、鎖がどんどん速度を上げながら、地面に向けて攻撃を繰り返していた。
一方目の前では、鞭の攻撃が行われている。
しかし、鞭は攻撃とは思えない動きをしていた。
視覚から取り入れる情報だと、ただ鞭を全方向に振り回しているだけにしか見えない。
「何をしてくる?」
間違いなく相手もこちらの様子を伺っている。
もしくは味方の攻撃までの時間稼ぎかもしれない。
このまま何もしないわけにもいかない。
試しに一歩前に歩いてみる。
「あら、私の方に来てくれるの?嬉しいわ。それならお礼に『捕まえちゃうわ』」
そう言うと鞭で攻撃をしてきた。
しかしその攻撃は今までと変わらないように見えた。
体を捻って鞭を避ける。そのまま攻撃は終わったかに思われたが、そうではなかった。
「逃がさないわ」
手首を少し動かして軌道を変え、鞭を横に動かす。
「うっ!」
避けたと思った鞭が、体の方に向かってきたのである。
そしてそのまま体に巻き付き、身動きが取れない。
「駄目よ坊や。簡単には避けられないに決まってるじゃない。私のテクニックを舐めないで欲しいわ」
「そうみたいですね……」
嘘を言っているわけではなさそうだ。
鞭が予想外の動きをしてきたのも事実だし、体を捕らえられてもいる。
少し手首を動かしただけで自在に鞭を操っている。かなりのテクニシャンだ。
「もしかしてだけど、私が鞭を振り回しているだけだと思った?
鞭の不規則な動きと私の鍛えられたテクニックを合わすことで自在に操れるの。狙った獲物は逃がさないわ。だから捕獲する鞭なの」
だが、身動きが取れないだけで剣は使える。
鞭を切ろうと試みた。
「縛られるのはお嫌い?それは残念」
剣を使おうとしたのを察し、鞭を手元に戻す。
鞭は体を離れていったが、切断することはできなかった。
とはいえ相手の攻撃を確認することはできたため、収穫はある。
「それじゃあもう一度。でも、次で終わりかもしれないから注意してね?」
再び鞭を振り回し始め、攻撃を仕掛けてくる。
「行くわよ!『捕獲する鞭』!」
今度は真っすぐ体に向かってくる。
ハクは避けようとはせず剣に力を込めた。
鞭が体に巻き付く瞬間、剣で鞭を捌く。
「逃がさないわ」
体全体を使い、高速で鞭を動かす。
捌かれた鞭の軌道が変わり、左足へと巻き付いた。
「これでも無理か……」
やはり攻撃を避けたり、捌いたりするだけでは駄目なようだ。
鞭本体を何とかしないといけない。
「こっちに集中してていいのかしら?後ろも注意してね」
後ろを見ると、鎖が頭上に接近をしていた。
鞭が足に巻き付いているため、左右に跳んでも引っ張られて避けることはできないだろう。
「これで終わり!」
鎖を使う女が頭に命中すると確信し叫んだ。
「やってみよう……」
しかし、ハクはこの状況を崩すために一つの作戦を思いついていた。
そのためにまずやるべきこと。
ハクは鞭を使う女の方へと跳んだ。
この連携攻撃においての鞭の役目。それは攻撃の起点を作りつつ逃げ場を無くし、味方の攻撃を当てさせることだ。
あの鞭で捕まえられると左右に動くことも難しくなるし、当然鎖の場所にも行かしてくれない。
けど、鞭の方に行くことはできる。幸いにも今は片足にしか巻き付いていない。
鞭を引っ張ったとしても、自分の元に引き寄せるだけ。
つまり逆に距離を詰められるということだ。こちらにとってメリットにしかならない。
「やっぱり私のことが好きなのかしら?嬉しいわ」
また自分に向かって来てくれるのを喜んでいる。
だが、直ぐに表情が変わった。
「坊やは私に攻撃してくるつもりでしょうけど、そんな考えを持つ悪い子にはもう一つお仕置きがあるの」
「まさか……」
それは全く予想していない事態だった。
女は体にもう一つ鞭を仕込んでいた。
「私は坊やの攻撃を最初からずっと見ていたわ。基本的な攻撃は剣によるもの。体術は少しだけだったわね。それならその剣を封じればいい。そうしたら攻撃はできなくなるもの」
鞭を取り出し、振り回し始める。そのまま剣を持っている右手に向かって動かした。
「させない!」
右手に巻き付こうとする鞭を捌く。
その後も右手を狙い続けてくるが、連続で攻撃を防ぎ続ける。
しかし、女はニヤリと笑った。
「まさか忘れてないわよね?坊やの足には鞭がもう一つ巻き付いているってこと」
そう言いながら手首を大きく回した。
その結果回転が生じ、ハクの体勢が大きく崩れる。
「うわっ!」
体勢を崩した瞬間、再度右手に向けて動かした。
鞭の攻撃を捌くことはできず、鞭が右手に巻き付いてしまう。
それはつまり、剣で攻撃することができなくなったことを意味していた。
「やられた……」
近寄るという作戦は悪くなかったが、跳んでいくという考えが甘かった。
鞭を振りほどこうとするがびくともしない。
「これで剣が使えないわね」
フフフと笑って近づいてくる女。
ある程度の距離まで近づくと立ち止まって話を続ける。
「坊やと戦えて楽しかったわ。けどこの戦いももうおしまいね。場外で私たちの戦いを見ているといいわ」
このままだと負けてしまう。だが全く動くことはできない。
今自分ができることが何かを考えながら体を動かす。
「捕まえたわ!こっちに来て!」
必死に逃げようとするハクを確認しながら、後ろで攻撃を続けていた味方に呼びかける。
すると攻撃が止み、もう一人の女が歩いてくる。
「人使いが荒くないかしら?鎖を使うのも結構力がいるのよ」
「ごめんなさいね。でもこっちだけで終わったしいいじゃない」
ハクはもう体を動かしてはいなかった。何一つ喋ろうともしていない。
その様子を見て既に諦めているものだと思い、話をし始める二人。
「もう少し遊んでから終わらせましょうよ」
「そうね。その方が坊やも楽しめると思うわ」
この後どうするかを相談しているようだ。
しかしハクはそんなことを気にも留めていなかった。
諦めるなんてことはしていなかったのである、
ふーと軽く息を吐く。
「よし……」
右手の手首を捻り、剣を上へと投げる。
「えっ……」
突然の行動に二人が動揺をする。
なぜ急に剣を空に投げるようなことをしたのかが分からない。
もう諦めていたのではないのかと。
しかし、剣を投げた答えは直ぐに分かることとなった。
右手と左足を捕らえていた二つの鞭が切られていた。




