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1-2


 善は急げだ、という昭に後押しされ、急遽上司に頼み、その週の半ばに有給を取り、産婦人科を受診することになった。


 そして、その日のうちに、はじめての妊娠と可愛い文字でかかれた雑誌を買ってきた昭は、ネットと雑誌を駆使してあれこれとこれからのことについて調べ始めた。


 昭は元から行動力のある人間ではあったが、まさかここまでとは。


 そんな昭の傍で、優子はお茶を飲みながら驚きを隠さずにいた。優子の飲む温かいノンカフェインのお茶も、優子の膝にかけられたブランケットも、ソファでくつろぎやすいようにと用意されたクッションも、全部昭が用意したものだ。いたせりつくせりな、お姫様扱いを受けている優子はなんともむず痒い心地で昭を眺める。

 元々優しい人ではあったが、ここまで過保護になるとは……昭の長い間一緒にいたつもりでいたが、こんな意外な面を見ることができるとは。その上、子どもが生まれたらどうなるのだろうと、優子は超過保護な父親の昭を想像しクスリと笑う。


 さっきまで調べ物をしていた昭が、徐ろにスマホを置き優子の横に腰を下ろす。そして、真剣な眼差しで優子に向き合うと、小さく咳払いをした。


「あの、さ……もし、優子さえよければ、の話なんだけど……」


 歯切れの悪い昭に優子は不思議に思いつつも、「どうしたの?」と話の続きを促す。昭は口をもごもごさせた後、意を決したようにまっすぐに優子を見上げた。


「もし、優子さえ良ければ、健診、僕も一緒に行きたいんだけど……どうかな?」


 まるで幼子が母親に甘えるような、ワガママを自覚した表情でそう懇願する昭に、優子は驚きつつも優しい笑みが浮かべる。


「すごく待つと思うよ?半日以上かかるかもしれないよ?仕事は大丈夫?」


「うん。毎回は休ませてもらえないかもしれないけど、それでも、できるだけ一緒に行きたいんだ。僕にできることはないかもしれないけど、君が赤ちゃんのことを知る時、僕も一緒にいたいんだ」


 何の記事を読んだのだろうか。昭の言葉が重みを伴って、真っ直ぐに優子の胸に届く。

 妊娠しているかどうか、2人の赤ちゃんが育ってくれているかどうか、そして、その身に何かあった時、優子は時には重い言葉をこれから医師に告げられることもあるだろう。その時に、昭がいてくれたら、どれだけ心強いか。

 それに、赤ちゃんの存在を知る初めての場所に、昭が共にいてくれて、その感情を共有できるのならば、どんなに幸せなことだろう。もし、妊娠していなかったとしても、昭とともにその答えを聞きたいと、優子は思った。


「うん。昭さん、よろしくね」


 そう答えた優子に、今度は昭が輝く瞳を細めて優しい笑みを浮かべる番だった。

 穏やかな温かい空気が2人を包み込み、どちらからともなく、2人は互いの手を取り肩を並べた。


「僕、お父さんになるのか……」


「ふふ、まだ分からないよ?」


「そうなの?」


 優子が笑う振動が伝わった昭は、穏やかな声色でそう問うと、優子は甘えるように昭の肩に顔を埋める。


「そうなの。ネットに載ってなかった?」


「妊娠した後のことばかり調べてたから」


 恥ずかしそうに笑う昭に、優子は小さく微笑む。


「本当に妊娠しているかは、病院で診てもらわないと分からないんだって。でも……」


「でも?」


 優子は昭の肩に頭を預けて、そっと目を瞑る。


「でも、本当に赤ちゃんがいてくれたら……とても嬉しい」


 昭がそっと優子の肩を抱く。

 はじめての妊娠で不安ではあったが、昭といると優子の心は不思議と落ち着いてきた。

 

 この人となら、何があっても、きっと大丈夫。


 優子は信じて疑わなかった。この優しい人との未来が明るく幸せなものである、と。

 しかし、この先に待ち構えている厳しい現実を、この時の優子はまだ知る由もなかった。


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