アダマンタイトも足りません
さすがにアダマンタイトが乏しくなってきた。
初期の入居者に貸していたアダマンタイト板を回収してアダマンタイト箔にしてるが、それもそろそろ限界だ。
だんじょん荘の入居者は、現在の2100万人が上限のようだ。
オリハルコンは早々に尽きると思ったが、まさかミスリルよりアダマンタイトが先に限界を迎えるとは思わなかった。
「もう無理ですか。」
「はい、残念ながら・・・」
アダマンタイト箔がないと、物がダンジョンに吸収されてしまう。こればかりはどうしようもない。
「何かいいアイデアない?
さっきダンジョンの管理会社に行ったけど、なかなかいいアイデアが出なくてね。」
相談の相手はダンジョン課の鈴木蓮だ。
「なら、アダマンタイト箔の上に建物を建てればどうですか?
アダマンタイトを産出するサンダルダンジョンでは、その方法で入口の安全地帯に休憩施設を建ててるみたいですよ。」
建物がダンジョンと触れる部分だけ、アダマンタイトを使えば、ダンジョンには吸収されない。
しかもだんじょん荘は、地震と台風がないから、日本の建築基準より緩くても大丈夫だ。
しかし・・・
「それだと問題が多いんだ。」
隣の部屋の音が漏れるし、床がゴミを吸収しないから掃除の手間もかかる。
明るさは変わらなから照明には費用がかからないが、低温の空間型ダンジョンを各部屋に接続できないので、冷蔵庫が必要になる。
最大のデメリットは、通常建築を導入すると補修が必要になるから、家賃および敷金をを徴収する点だ。
現在のだんじょん荘は家賃無料なので、格差が生まれてしまう。
「まあ、床に物を放置してダンジョンに吸収される事もないのは考えようによってはメリットだけど・・・」
「アダマンタイトを大量に手に入れる方法ないんですか?」
「そんな方法があるならやってるよ。
正確には、地球にアダマンタイトの隕石落とすって手があるけど、下手すると億単位の死者が出るよね。」
それをやったら、カルマがえらいことになるだろう。
「地球でやるのは論外・・・ん?地球じゃなかったらどうですか?
空間型ダンジョンをつなげば異世界に行けるんですよね。
前にオリハルコン探しのとき、人がいない異世界につながったとか言ってませんでしたっけ?
そこなら隕石落としても大丈夫なんじゃないですか?」
「それだーっ!」
何で気がつかなかったんだろ。
地球でできないなら、異世界でやればいいんだ。
「あ、でも異世界は魔力が薄いから、『隕石』の魔法を使うのに何十人も必要になる。
さすがに『隕石』の魔法は危険すぎるから、大勢に教えるのはまずいな。」
『隕石』の魔法は公開したらダメな奴だ。
恐竜絶滅の原因はクトゥールフ神の暴走だったが、カオス様がカミングアウトする前は、巨大隕石の衝突が恐竜絶滅の原因とされていた。
科学的には人類絶滅の可能性もありうる危ないシロモノだ。
「手加減して地球に落とすしかないかな。」
「まさか、ホントに落とすんですか?」
「まさか、そんな事したらカルマがどんだけ下がるか見当もつかないよ。」
この日は、うまいやり方が思い付かず、鈴木蓮との雑談は終わった。
数日後、山本総理がだんじょん荘に駆け込んできた。
「鈴木君、隕石が直撃するぞ!」
「藪から棒ですね。
でも、その一言で全てがわかりました。
だんじょん荘に住民を避難させるんですね。」
「そうじゃ。」
だんじょん荘は、もともと緊急時の避難所になる事を前提に、白浜町に移転してきた。
現在各国の軍隊が使ってる400mトラックの運動場を全部解放すれば、5万人や10万人は収用可能だ。
もっと言うと、リンダ牧場を解放すれば、何千万もの避難民を受け入れられる。関西人は全員受け入れ可能だ。
「住民の避難は了解しましたが、隕石はどうするんですか?」
「打つ手なしじゃ。」
隕石を各国の天文台が観測できたのは、衝突の24時間前だった。
あまりにも時間がなさすぎる。
「そんじゃ、俺が手を打っちゃってもいいですね。」
「できんのか!?」
「はい、万が一に備えて、総理は白浜ダンジョンに避難してください。
俺は隕石をやっつけてきます。
あ、そうだ、出国手続きやってる時間が惜しいので、南紀白浜空港のゲートを突破します。
関係省庁には後で事情の説明をお願いします。」
山本総理の許可を待たず、俺はだんじょん荘に常駐してるテレビ和歌山のスタッフを引き連れて行動を開始した。
世界中が騒然とする中、俺達は南紀白浜空港ダンジョンから、衝突地点に一番近いハンブルクダンジョンまでトランスポータルの罠で移動する。
この際航空会社への配慮や入国審査なんかどうでもいいだろう、天秤の片方には人類の絶滅まではいかなくともヨーロッパ壊滅が乗ってるのだ。
ハンブルクの街はすでにゴーストタウンと化していた。
俺はテレビクルーを連れて、予想衝突地点で小惑星を待ち構える。
勝負は一瞬・・・という訳でもない。
俺と撮影スタッフは、隕石の進路とその周辺に『低速』の魔法を展開した。
『低速』の魔法は公開してないが、今回はどうしても広範囲をカバーしないと間に合わないかもしれないので、特別に教えた。
例によって後で漏洩するんだろうな。
大気圏に突入した灼熱の隕石は、俺達の魔法によって目で追える速さまで減速する。
「あそこか!」
予想より数百mずれたが、想定の範囲内だ。
急いで落下地点に入る。
「ダンジョン創生」
隕石の進路に空間型ダンジョンを生み出す。
今回は手持ちのオリハルコン電池に目一杯DPを補充したので、かなりでかいダンジョンを作れた。
やがて隕石が低速のエリアを脱し、もとの速さに戻った。
そこに待ち構えてるのは、俺の空間型ダンジョンだ。
いくら隕石の破壊力がとてつもないと言っても、所詮は物理的な話だ、コアさえ守れば、空間型ダンジョンは壊れない。
隕石が出入り口の鏡面を越え、ダンジョン内に突入する。
音はなかった。
直後、噴火したかのように空間型ダンジョンから岩石が飛び散るかと思ったが、それもなかった。
世界を騒がせた隕石は、あっさりと俺に捕まっちゃったのである。
「隕石の材質は、アダマンタイト70%ミスリル30%の混合物か、やっぱりな。」
俺はスマホを取り出すと、ドメニコスに電話をかけた。
「元太だ、隕石をやっつけた。
ラジオで放送してくれ。」
俺は片言のギリシャ語でドメニコスに報告した。
一緒にいたテレビ和歌山のスタッフも、大興奮で事の顛末を報告しているが、俺はそんなに凄い事をしたと思ってない。
「なんだってーっ!
ホントかよ!
リスナーのみんな、今ゲンタから知らせがあった。
隕石の衝突はダンジョンマスターのゲンタによって回避された。
リスナーのみんな、助かったぞーーーっ!」
「すまん、ギリシャ語分からないんだ。
これで切る。」
ブラウンやカミーユといった連絡先が分かる外国人達にも連絡したが、すぐに放送できたのは、ギリシャのラジオ局とテレビ和歌山だけだった。
今回の件は、日本とギリシャから、SNSであっという間に世界中に拡散した。
一部始終を撮影したテレビ和歌山のスタッフは、本社に映像を届けた後、だんじょん荘で盛大に宴会していたが、俺は終始冷めていた。
ただ、不足していたアダマンタイトが大量に手に入ったのは嬉しかったけど。
隕石騒動が一段落して、俺はクノッソスを訪れた。
「カオス様、満足しましたか?」
「ん?何の事だ?」
「俺とカオス様しかいないのに、すっとぼけてどうすんですか。」
「まあ、そこはお約束という奴だ。」
カオス様は、だいぶ俗世に慣れたな。
「まったく、俺があらかじめ隕石を防ぐ方法を検討してなかったら、今頃大惨事ですよ。」
「わははは!落ちなくても大惨事だったぞ。
人間の本性がむき出しになって、世界中で略奪やら強姦やらが巻き起こったわ。」
隕石を落とした張本人は、悪びれもせずカラカラと笑う。
そういえば、カオス神は混沌の神様だった。
これでよく世界ロジックから弾かれないな。
「それに、不足していた魔金属類も補充できたではないか。
『カルマ判定』の魔法を公開したときに激減したカルマも、だいぶ上がったのではないか?」
カオス様は『カルマ判定』の魔法を公開したときに、俺のカルマが激減したと言ったが、実際は予想の1%も減らなかった。
どうやらカルマが低いのは、本人の日頃の行いのせいで、魔法を公開した結果扱いが変わるのは自業自得という事らしい。
それでも俺のカルマが減ったのは、悪者役の善人が身バレしたとか、込み入った事情があったのだろう。
「ええ、おかげでアンタの仕業だとすぐに分かりましたよ。
でも、隕石はすぐには使えないですよ。
ぱっと見で確実に100万tを越えるアダマンタイトの塊なんてそう簡単には溶かせないですからね。」
アダマンタイトはミスリルより強靭と言われてる。ちょっとずつ削って加工するなんてできないのだ。
アダマンタイトの加工は溶かすしかない、混ざったミスリルを取り出すためにも溶かすしかない。
しかし100万tを越えるアダマンタイトを溶かすとなると、どんだけ魔石燃料を食うんだ?
今から頭が痛いぞ。
「そうむくれるな、今回の隕石騒動であらわになった人間の本性を教えてやるから。」
「一応聞いときます。」
これはちょっと興味ある。
特にブルキナファソとニジェールは気になる。
「ネットで調べた結果だが、元太が目指した善行主義経済の国は、暴動が起こらなかった代わりに、性犯罪が多発し非常食のヤケ食いなども頻発した。
人間は明日死ぬと分かると、食欲と性欲を満たそうとするようだな。」
やっちゃったか。
まあ食糧については、常日頃から過剰生産だったから、1日だけ全国民が大食いしたところで、国は小揺るぎもしないだろうが、性犯罪はめんどくさいぞ。
「中東諸国では、ひたすら神に祈る者が多かったが、略奪も頻発した。
貧富の格差が大きい国ほど略奪が多発する傾向にあるようだ。」
略奪は、中東などの産油国にアメリカ、後は東南アジアが酷かったらしい。
「国全体が貧しいほど、平常運転だった。
影響といえば、最後だからと多くの者がプロポーズして夫婦が増えたようだな。」
「だんじょん荘も、避難民がなだれ込んだ以外は平常通りでしたよ。」
だんじょん荘の場合は、隕石が落ちても大丈夫なのが分かってるから、人間の本性が出なかっただけなんだろう。
「あと、若い者ほど問題行動を起こしやすく、老人ほど諦める傾向が見えた。」
「そうでしょうね。」
カオス様は後日、お昼のクレタ島で隕石騒動を総括した。
もちろん自分が隕石を落とした事は秘密にして。
最後に、俺が間に合えば隕石が地上に落ちても大丈夫とヨイショしたが、おだてたって何も出ないぞ。
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