日本の食はリンダ牧場が握ってた
だんじょん荘の住人は、ついに2000万人に達した。そろそろアダマンタイトが乏しくなってきたぞ。
ちなみに半分が外国人だ。
中には全てを失った投資家や、失脚したロシアの元大統領ゴルジェイとその一家の姿もあった。
ゴルジェイは、なんか魂が抜けたように徘徊していた。
彼の身に何があったのか・・・はっきり言って興味ない。
俺には老人をいたぶる嗜好も過去を詮索する趣味もない。
元権力者には社会の最底辺で、権力とは無縁の安定性した余生を過ごしてもらおう。
だんじょん荘近くの船着き場は整備され、ガントリークレーンを保有するコンテナヤードとなった。
毎日冷凍コンテナが次々と積まれ、代わりに雑貨が入ったコンテナが揚がってくる。
だんじょん荘から出荷されるのは、主に魔石と羊肉と小麦だが、魔石は全て関西で消費されるので、貨物船で運ぶのは羊肉と小麦ばかりだ。
羊肉の生産者であるリンダは、すでに100億円以上預金がある状態だ。
これ以上財産があっても何も変わらないと、羊の卸値をどんどん下げ、ついには0円にすると言い出した。
さすがに0円は市場がおかしくなるので、だんじょん荘の外に出荷する分は、ダンジョン課が間に入り、価格を調整している。
もはや人生を何回もおくれるほど資産があるのに、リンダは畜産をやめようとしない。
「リンダは何で羊飼いを辞めないの?」
「んー、畜産家が天職だから。」
そっかー、天職じゃ羊飼い辞められないよなー、俺だってダンジョンマスターが天職だもん。
「えっ!?天職って、まさかカオス様の所に行ったの?」
「うん。ホブ羊10頭を前衛に、羊メイジや羊プリーストなんかで後衛を固めて、クノッソスに挑んだの。
なんとかカオス神の元にたどり着いたけど、魔水晶がなかったから、残った羊全部潰して羊料理を振る舞ったら、都合良くミノタウロスの魔水晶で畜産家になれたの。
帰りは畜産家の権能で、ミノタウロスを家畜にできたから、楽だったわ。」
ミノタウロスは牛とも言えるから、魔水晶は畜産家だったのか?
それより確認しないといけない事が爆盛りだ。
「おーいリンダちゃーん、多分南紀白浜空港ダンジョンからマリアダンジョン行ったんだよね、どうやって10匹以上の羊連れて搭乗カウンター通ったのかなー。」
南紀白浜空港ダンジョンは、空港の搭乗ゲートの中にあるので、必ず手続きしないといけない。
「そういえば、遠くの方にミノタウロスいるけど、クノッソス出てからマリアダンジョンまでアレを連れて歩いたのかなー?」
現地ギリシャの法律は知らないけど、多分ミノタウロスとか猛獣連れて屋外を歩いちゃダメだろう。
「しかもアレ密輸だったりしないよねー。」
ミノタウロスがワシントン条約に登録されてるとは思えないが、少なくとも動植物を国内に持ち込むときには、必ず検査しないといけない。
リンダは聞こえないフリをしてた。これはヤってるな。
なので小一時間ほどルールを守るようにお説教した。
たちが悪い事に、密入国や密輸はカルマが減らないから、誰かがちゃんと教えないといけないのだ。
もっとも、輸入申告で嘘をついた事に対してはカルマは減るけど。
ホント、一体どうやってギリシャまで往復したんだろう。
なんか気になる事も多かったが、カオス神のもとで畜産家となったリンダは、畜産的な事をしてないと落ち着かなくなり、羊飼いを辞める気は微塵もないそうだ。
気持ちは分かる。
俺だって、ダンジョン的な事をしてないと落ち着かないもんな。
天職ってそういう物だよ。
「羊飼い辞められないか、天職じゃしょうがないな。」
「おじさん、何か気になる言い方ね。」
「ああ、今の日本で羊肉といえば、ここの羊だよね。
もし、リンダがいなくなったら、影響が大きいなって思ったんだ。」
1人の資質に頼った組織は危険だ。
ワンマン社長の会社が、社長が死んで潰れたなんてよく聞くしね。
「私が死んでも、白浜拘置所のみんながいるから大丈夫よ。
私より、おじさんが死んだら、だんじょん荘も白浜ダンジョンも白浜拘置所も管理できなくなるんだからね。
何気にみんな心配してるんだから。」
「そうか、ここが無くなると困るもんな。」
「そういう訳じゃ・・・まあ、それもなんだけど・・・」
思えば、俺も結構無理したと思う。
世界にダンジョンを広げれば、自分は特別な存在として狙われにくくなるだろう。
その思いから、ダンジョンを増やしまくったが、危ない場面は何度もあった。
「全ての国にダンジョンを作ったら、だんじょん荘に専念するかな。
もう、長いこと白浜ダンジョンの拡張してなかったし。」
白浜ダンジョンは、誰もが認める初心者用ダンジョンだ。
各階層はスキルを修得しやすいように作ったので、最下層まで攻略しなくでも、実力者はもっと上等なドロップ品を求めて通常のダンジョンに挑むようになる。
それでも白浜ダンジョンに2000万もの住人がいるのは、価値観が変わったからだろう。
10年くらい前は、お金の価値がえらい高かった。
しかし、相次ぐ有名企業の倒産により株式そのものの価値が落ち、金や石油や穀物相場が暴落するなど、お金の価値がだいぶ下がった。
一方、お金では買えないスキルや、信用のバロメーターの1つでもあるカルマの価値が上がった結果、だんじょん荘では無一文でも生活できるようになっていた。
カルマが高い人が、さらにカルマをあげようと、困ってる人に施すからだ。
カルマが並の人も施しは受けるが、施しを受けてばかりだとカルマが減るので、気になりだしたらダンジョンのドロップ品を無料で提供したり、ボランティアで食肉加工場で働いたりするので、労働力が不足する事はなかった。
むしろ、みんなスキルや魔法を使えるので、労働力は余り気味だ。
ブルキナファソでは通貨の代わりにポイントを導入する事で、資本主義との差を埋めようとしたが、だんじょん荘ではカルマに押しきられる形で通貨の適用範囲が狭まっていた。
「あー、腹減った。」
そんな平和が続いたある日のこと、いつものようにフードコートに行くと、チラッと見えた。
総理大臣が焼き肉食ってる。
いいんだよ、別に悪い事なんかこれっぽっちもないんだよ。
でも、どっかその辺で総理大臣が焼き肉食ってたら、みんな二度見するよきっと。
「山本総理、お久しぶりです。」
「ん?鈴木君か。
ずいぶん世界中で暴れまわってるようじゃな。」
「おかげさまで、表立って妨害する勢力は、ほとんどなくなりました。
そういえば、最近政府は何も言ってこないですね。」
「ん?ああ、お前さんはもうやりたい放題やらせるのが一番と、とっくの昔に閣僚全員諦めたわい。」
自分で言うのもなんだけど、俺を野放しにして大丈夫なのか?日本は。
「俺はアフリカで善行主義経済とかやってますけど、大丈夫ですか?
だんじょん荘も、なんかそっち寄りになってきてますけど。」
「ははは、それが意外と大丈夫ぢゃった。
小麦と羊肉とウエハースダンジョンはタダ同然で手に入るから、生活保護や年金の一部を現物支給に切り替えたら、歳出がそこそこ減ったわ。」
確かに、俺のウエハースダンジョンは、栄養的に困ってる人がいたら配れと加藤に言っておいたが、それを日本全体に広めるか?
確かに範囲は指定しなかったけど。
どおりで1億個作っても、帰国したら無くなってるわけだ。
まあ、リュックの空間型ダンジョンにいるゴーレム達が、全部下準備してくれてるから、作るのは一瞬だけど。
「現物支給って、今度は運送費がかかりませんか?」
「それが、意外とかからんかった。
各地の集積所まで届けたら、後は失業者達が届けてくれるのでな、奴らカルマ稼ぎでボランティアに参加するのぢゃ。
炊き出しで人の和が生まれ、新たな就職先が見つかったり、伴侶が見つかったりする例も多数報告されとる。」
歳出は確かに減ったが、日本の市場規模も縮小したっぽいな。
「歳入もかなり減ったのでは?
プロスポーツがなくなって、病院とかもだいぶ潰れたでしょ。」
「いや、病院は整形外科が外科に統合された。
怪我は魔法で治せても、外科手術は依然必要じゃからな。
保険会社や銀行も統合されて、証券会社も1社潰れた。
確かに歳入は減ったが、医療費や年金支給額がだいぶ減ったのが大きい。」
総理によると、おおよそ以下のような歳出が減ったそうだ。
●防衛費
武器弾薬の購入費用
●内閣予備費
災害復旧にかかる費用
●社会保証費
視覚障害者支援費用
医療費
生活保護
年金支給額
●警察関連
犯罪発生率低下に伴い経費全般
勾留に関わる費用
細かい所をあげたらきりがないが、かなり節税になったらしい。
「名前だけで仕事しとらん独立行政法人なんかも、みんな消滅した。
アレは俸給を受け取れば受け取るだけカルマが減るから、あっという間になくなったわ。」
「なるほど、日本政府はかなりダイエットに成功したんですね。
ところで、独法にいた人達はどこに行ったんですか?」
「いろいろじゃ。
リンダ牧場で麦を刈る者、白浜ダンジョンでスキル獲得に精を出す者、本庁に戻る者、カルマ稼ぎでボランティアする者、本当にいろいろじゃ。
特に高齢の者は老後に備えてスキルを修得したがるようじゃ。
かくいうワシも『自然治癒強化』のスキルがLV4になるくらい白浜ダンジョンに通っとる。」
自然治癒強化レベル4ていったら、1万時間ダンジョンにいた事になるじゃないか。
「そんなにダンジョンにいて大丈夫なんですか?
総理大臣ってけっこう激務ですよね。」
「今は時代が変わる混乱の時期じゃ。
世の中が安定するまで、現場に最大限の権限を与えて乗り切るのが懸命じゃ。」
何をするにも、現状を無視したら、まともな政策なんてできる訳がない。
その現状が変わるなら、いっそ変革に身を任せて、自然発生的に根付いた決まりを追認した方が無理がないと山本総理は考えてるようだ。
「そうじゃ、最近『国際ダンジョン連盟』という組織を作ろうという話が出ている。
プロスポーツがなくなって、目標を失った者達が、どうやらダンジョンにも流れているようでな。」
「たまに見かけますね、そんな人。
前はプロレスラーとか見かけましたよ。
そういえば、最近見かけないな。」
「プロレスは復活しおったぞ。
奴らはプロスポーツが衰退するのを見越して、白浜ダンジョンで徹底的にスキルを取得しておった。
鈴木君もたまには新聞見たほうがいいぞ。」
白浜ダンジョンが軌道に乗ったあたりで、一旦活動休止になったプロレス団体だったが、ダンジョンやスキルが当たり前になってくると、今度はキン肉マンとまではいかないまでも、超人的な格闘ができるようになり、今や人気コンテンツになってるそうだ。
「話が逸れたな、国際ダンジョン連盟ができたら、鈴木君も協力してもらうぞ。」
「そうですよねー、ダンジョン絡みは無関係じゃいられませんよねー。
俺にできる範囲で協力しますよ。」
「わっはっはっ!言質はとったぞ。」
なんか誘導されたみたいでムカつくな。
でも、現実問題として、ダンジョンを利用する探索者のための組織は必要な気がする。
それに最近、全ての国にダンジョンを作ったら、だんじょん荘に専念しようかと考えてた所だ。
国際ダンジョン連盟に力を入れるのもいいかもな。
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