神様の依頼
魔力を徹底的に消費しろ。
それが神からの依頼だった。
「何で?」
俺は即座に聞き返した。
すると、カオス様は一瞬眉がぴくんと動いた。
「お前は今までの有象無象とは違うな。
今までの奴らは質問してこなかった。」
カオス神が言うには、使命を下した人は全員必ず『自分は神に選らばれた者だ』と言いだしたそうだ。
実際カオス神に呼ばれて来たから、間違いではないが、本人は自分が特別な存在だと思い込んで、人が変わってしまうそうだ。
魔力を消費しろという事は、カオス神から魔法を授かる訳だから、特別といえば特別なんだろうけど、頭の先から指先まで誰かが魔力を通して、魔感を覚えれば魔法は誰にでも使えるから、俺からみれば、さほど特別ではない。
実際、みーんな使えてるし。
自分を特別だと思った人達の末路はクノッソスに籠ってたカオス神には生死くらいしか分からない。
でも普通のダンジョンは、3階層くらいならなんとか電波届くんだよね。
カオス神が過去に魔法を授けた人の年代と名前を覚えてたので、学生たちに調べてもらう。
ある者は自分の権威を高める道具としてしか魔法を使わず、戦乱の世を招いた。
ある者は魔法を自分だけの切り札と考えたら、妬みを買って魔女狩りにあって死んだ。
ある者は宗教団体に捕まり、布教の道具となった。
ある者は正義のヒーロー気取りで悪徳領主を殺したら、賞金首になって始末された。四条がこのタイプになりそうだ。
ロクなのいねーっ!
誰一人として魔法を広めようとしてない!
神に選ばれた存在は特別だってか?そもそも神が選ぶ基準なんて、客がコンビニ選ぶのと同じくらいどうでもいい事なんだぞ、少なくとも異世界のダ女神はそうだった。
神自身は特別な存在だから、神から見た人間なんて十把一絡げだ、結構テキトーだぞ。
「で、何で魔力を徹底的に消費するんですか?」
「魔力が濃すぎるのだ。
我がクノッソスでも吸収しているが、全く追い付かん。
このままでは、魔力の圧力に負けて、宇宙がバラバラになる可能性が高いのだ。」
「ビックフリップですか。」
カオス神の説明にこたえたのは、カミーユさんだった。
ビックフリップは、現代科学における宇宙の成れの果ての1つだ。
ダークエネルギーが重力を上回ると、カオス神が言うような最後を迎える。
ちなみに、重力がダークエネルギーを上回ると、宇宙の全てが一ヶ所に集まるビッククランチとなるそうだ。
「魔力の正体は、いや逆か、ダークエネルギーの正体は魔力だった訳か。
どおりで、地球の星空は寂しい訳だ。
そういえば、星空に銀河がいくつも見える異世界は、魔力が薄かったな。」
「異世界?」
「カオス様は外の事をあまり知らないんでしたね。
俺は異世界から召喚されてダンジョンマスターになったんです。」
カオス神に、異世界に召喚されてから、今までの事を話した。
「なんと、既に魔法が世界中に広まっているのか。
ならばお前達に改めて魔法を授ける必要はなかったのか。」
「魔法を授けた?」
いつの間にか俺達は魔法を授かっていたらしい。
さりげない爆弾発言に、どよめきが起こる。
あ、そうか、全員に魔法を授けたのか、俺ら十把一絡げだもんな。
「おお神よ、私めを選んでいただき・・・あだっ!」
魔法を授けられたと聞いて、なんか恍惚の表情してるバカが多数いたから、全員ハリセンでしばく。
「神に選ばれた私達に、何をする!」
「お前には神罰が下るぞ!」
こいつら今まで何を聞いてたんだ?
そんなに破滅したいんだろうか。
「カオス様、俺に神罰下しますか?」
「いや、そもそも神罰って具体的に何?」
「えっ・・・ほら、ソドムとゴモラみたいに、一瞬で町を壊滅させるとか、人間を塩にするとか。」
学生は聖書の一節を持ち出してきた。
だが、カオス神は神罰を下す下さない以前に、神罰を特別な物と考えてない。
「町を壊滅させるのは、神じゃなくても原子爆弾とかいう兵器を落とせばいい。
俺だって『暴風』の魔法を使えればそんくらいできるぞ。
人を塩にするっていうのはよく分からんけど、ヤバいと思ったらダンジョン作って逃げりゃいいんだ。」
実は俺、ユナイテッドエアー35便の一件で死にそうになったから、最後の手段としてダンジョンコアで作った義歯を、インプラントみたいに埋め込んでいるのだ。
だから、いつでもダンジョンは作れる。
義歯を埋め込むの大変だったから、本当にピンチじゃないとやらないけど。
「ええっ・・・それじゃ、シシュポスみたいに、巨大な岩を山頂まで運ばせて・・・」
「そんなの、やらなきゃいいじゃない。
しかもそれ、死後の話だよね。」
「ならばカサンドラみたいに、予言を誰からも信用されないようにするとか。」
「予言しなきゃいいじゃない。
予言なんかなくても人は生きていけるよ。」
「ならば、プロメテウスみたいに、岩山に張り付けにされた上に、毎日肝臓を鷲についばまれる刑は?」
「俺ダンジョンマスターだから、ダンジョン作って逃げればいいよ。
鷹は、ダンジョン内ならギミック駆使してやっつけられるから。」
「えーっ、それじゃ・・・」
学生達は他の神罰を考えたが、その最中にカオス神が一言ぽつり。
「そもそも、君らは鈴木元太についてきただけで、我は選んでない。
その鈴木元太にしても、ガリア地方に残した記憶を辿っただけで、我は選んでおらん。」
「あっ・・・」
みんな勘違いに気がついたようだ、またしても固まってしまった。
俺も『いにしえのダンジョンにむかえ、そこで待っている』とメッセージを受け取ったから、呼ばれたのかと思っていたが、カオス神はロワール地方にメッセージを置いてきただけで、誰かを選んだ訳ではなかったのか。
「ん?それじゃ、デイヴ・アーンソンは何でクノッソスに来なかったんだ?
あ、そうか、ギリシャ語が分からなかったのか。」
「ここまで来れなかった者は多い。
どうやらクノッソスの情報を与えても、断片的にしか覚えてないようでな。」
「なるほど、デイヴ・アーンソンはクノッソスの情報の断片からD&Dの着想を得たのか。」
てことは、デイヴ・アーンソンは15才の誕生日から200日でロワール地方に来たのは、異世界召喚とは関係なかったのか。
ドンジョンがダンジョンに訛った訳でなく、カオス神が遺した記憶からストレートにダンジョンを理解したようだ。
「ところで、俺達に授けた魔法というのは、どんな物ですか?」
「さあ、個体差が激しく、誰が何の魔法を使えるかは分からん。
我はただ、魔法を使えるように、魔力の通り道を開通させるのみだ。」
カオス神は、頭の先から指先まで誰かが魔力を通す一連の作業の事を、魔法を授けたと思ってるようだ。魔感を覚えるのは本人任せらしい。
そんなんで、まともに魔法使えるのか?とも思ったが、異世界では効果が分からないほと微弱でも、地球は魔力が特濃なので、効果が実感できるのかも知れない。
「えーと、そのくらいなら、ほぼ全世界の人ができますよ。
システム化した魔法も、異世界から持ち込んでます。」
俺はカオス神の目の前で『水瓶』の魔法を使ってみせた。
例によって大きな水玉が発生し、ボス部屋のくぼみに溜まる。
その水たまりにケルベロスがやってきて、凄い勢いで尻尾を振りながら水を飲んだ。
愛嬌がゼロとは言わないが、象みたいにでかいと、かわいい気がしないな。
「こんな感じの魔法が、人類に行き渡って数年経ってます。」
「なんと・・・んー・・・確かに、ここ数年で魔力濃度に変動があるな。
10年単位で精査してたから、まだ手を付けてなかった。」
「そうですか?俺には大気中の魔力が薄くなった気がしませんけど、どんだけ使えばいいんですか?」
「それでは、全人類1億が10万年使い続けて、はじめて分かる程度だろう。」
「今の人類は、80億いますよ。」
カオス神がクノッソスにこもる前は、世界人口は1億しかいなかったのか。
仮に世界の人口が今の4倍に増えたとしても、3000年で魔力が枯渇する事はないようだ。
というか、ビックフリップを回避するには、焼石に水なんじゃ・・・
「そんなので、ビックフリップは回避てきるんですか?」
「遅らせるのが精一杯だ。
しかし、やらないよりはやった方が良い。」
その程度なんだ。
塵も積もれば山となるとか、千里の道も一歩からとか言うしね。
「まあ、人類は80億もいるんだ、誰かが極めて非効率的で無駄な魔力の使い方考えるかもしれないし。」
「今はインターネットもありますものね。
情報を共有して全人類で考えれば、きっといい解決策が見つかるわよ。」
「インターネット?」
カオス神はもちろんインターネットを知らなかった。
そこですかさず、ギリシャ国営放送のスタッフがインターネットを説明し、カオス神と交渉を始める。
「我々で、ここにネット環境を整えますので、暇な時にインタビューに応じて頂けませんでしょうか?」
「分かった。
丁度クノッソスに彫刻を施す所もなくなったから、暇だったのだ。」
「まさか、アレって手彫りだったの?」
「暇だったのでな。」
ダンジョンマスターの権能を使えば、壁画とか凝った装飾を施せるのに、まさかの一つ一つ手彫りだった。
彼によると、壁画は全て神話の1シーンで、入口付近にあったガンダムの壁画も、失伝した『メガラの白い巨人』というエピソードだそうだ。
学生達は、どういう話だったのか聞こうとしたが、ネット環境を整えるのが最優先という事で、今日はお開きとなった。
カオス神がいるクノッソスには、何度も来るかもしれないので、港で出国手続きをした後、お隣のマリアダンジョンにトランスポータルの罠を仕掛け、南紀白浜空港ダンジョンに直接帰る事にした。
後日ギリシャ政府は、クノッソスのカオス神を首相の上位の存在として、憲法を改正した。
しかし、国家元首は首相のままなので、カオス神は日本の天皇に近い立場に落ち着いたようだ。
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