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だんじょん荘に越してきました

「わーっ!」


 白浜駅についた瞬間、娘がホームを走りだした。

 子供は元気だ。

 その元気に何度救われた事か。


「あなた、ついたのね。」


 やつれ果てた妻が、元気なくつぶやいた。

 僕は東京で中規模の建設会社を経営していたが、先日倒産した。

 だんじょん荘に何百万人も入居者を取られたため、首都圏の新築マンションが売れなくなり、倒産に追い込まれたのだ。

 家賃0円で退去するときに修繕の必要なし、保証人もいらず、スキルが身に付く。

 いくらネットや電話が全く繋がらないからと言っても勝てる訳がない。


 自殺も考えたが、僕たち夫婦に残された最後の財産である娘の笑顔は絶対に守ると決め、何とかここまでたどり着いたのだ。


 改札を出ると、筋骨逞しい人達が列をなして歩道を進んで行く。

 駅からだんじょん荘まで歩く人達に間違いない。


「ぱぱーっ、おなかすいたー。」


「えっと、現地についたらご飯にしようね。」


 白浜駅周辺は、探索者目当ての飲食店が軒を連ねている。

 おなかがすいた娘には酷な環境だ。


「うん、わかった。」


「よし、お利口だね。

 パパがだっこしてあげよう。」


 僕自身、昨日の朝から何も食べてないから、娘を抱えて歩くのは正直つらい。

 情けない、おなかをすかせた娘に食べさせるだけの金がない。

 今できる事は娘を安心させる事と、だんじょん荘まで歩く事だけだ。

 僕は娘を抱え上げると、探索者に混ざってだんじょん荘を目指そうとした。


「お前ら、だんじょん荘に行くのか?」


「え?あ、はい。」


 僕を呼び止めたのは、筋骨隆々とした迫力満点の男だった。


「だんじょん荘までは3kmある。

 子供を抱えたままじゃ辛いだろ。

 これでバスに乗ってきな。」


 僕に千円札をにぎらすと、漢は颯爽と去っていった。

 

「ありがとうございます!」


 漢の背中に感謝の言葉を送り、僕達はだんじょん荘に向かうバスに乗り込んだ。

 バスはぎゅうぎゅう詰めだ。


「ままーっ!いたいよーっ!」


 娘が苦しがっている。

 まずいと思ったその時だった。


「この席どうぞ。」


 先に座っていたお姉さんが、席を譲ってくれた。

 さっきの漢といい、この辺りは親切な人が多い。


 バスはまだ田舎の面影が残る開発中の道を進み、ダンジョンという名のバス停で止まった。

 このバス停の辺りは、カラオケボックスやネットカフェなどの遊ぶ店が軒を連ねているが、不思議な事に飲食店が少ない。

 他には、幅15mくらいの鏡があり、みんな鏡の中に消えていく。あれがだんじょん荘だ。

 鏡の脇には、主だった施設が書かれた案内板があった。


 アパート内には、学校に行政センターと、町として必要な施設は全て揃ってるようだ。

 多分、だんじょん荘から出なくても、生活できるのだろう。


「ここがだんじょん荘なのね。」


「うん、会社が潰れた原因だから複雑な気分だが、結局ここ以外に思い付かなかったよ。」


 ダンジョンは東京にもあったが、普通のダンジョンは難易度が高い。

 最近はマジックミサイルの魔法があるので、ひと昔前に比べてやりやすくはなったが、ダンジョンで行方不明になるニュースは毎週報道されている。娘のためにも、ハイリスクな方法は取れなかった。


 僕達も鏡の中に足を踏み入れる。

 中は情報通りそこそこ明るく、光源は不明で影がない世界だった。

 よく曇りの日の昼間と表現されるが、まさにそんな感じだ。

 まず目に入ったのは、大きな世界地図だ。

 世界地図にはダンジョンがある位置にピンが刺さっている、これが現在の最新情報だ。


 世界地図はあるのに案内板が無いので、どこがだんじょん荘の受付なのか分からない。

 これは後で知ったのだが、だんじょん荘では『地図』スキルを修得しやすくするため、あえて詳しい案内表示をしないのだ。


 人の流れはおそらくダンジョンに向かってるだろうから、そっちじゃないのは分かった。


「新しい入居希望者ですか?」


「あ、はい。」


 少し立ち止まってキョロキョロしてると、またしてもその辺にいたおじさんが声をかけてきた。


「初めてじゃ分かり辛いですからね。

 一緒に役場にいきましょう。」


 おじさんは、こっちだと手招きして、一枚の鏡に入った。

 よく見ると、鏡の上には行政センターと書かれていた。

 これじゃわかりにくい、もっと文字を大きくしてくれればいいのに。


 中は市役所みたいな雰囲気だった。

 先に入ったおじさんと職員の目が合っただけで、転入手続きが始まる。

 僕はとても助かるが、なんか手際が良すぎる。


「いらっしゃいませ、こちらの書類に必要事項を記入してください。」


 カウンターに座る間もなく、転入届けを渡される。


「ぱぱーっ、おなかすいた。」


 事務手続きは面倒で、子供には暇でしかない、今まで良い子にしてた娘がとたんにぐずりだした。

 妻も必死に機嫌を取ろうとするが、さすがに限界のようだ。


「お嬢ちゃん、こんな物しかないが食べるかい?」


 職員さんは、お土産コーナーから『ウエハースダンジョン』と書かれたパッケージを掴むと、一切ためらわず開封した。


「いいんですか!?」


「いいのいいの。

 ここの大家さんからは、困ってる人がいたら、気にせず使えって言われてますから。」


 娘はウエハースダンジョンを手にすると、結構な勢いで食べきった。


「まだ足りなかったら、後でフードコートで食べさせてもらいなさい。」


「え?でも。」


「ここでは、困っときは素直に助けを求めた方がいいですよ。

 盗んだらカルマが下がりますが、交渉して食べ物をもらうのは、ほとんどカルマが下がりませんからね。」


「カルマですか。」


 ここでは僕が思ってるよりカルマが重要らしい、どおりで親切な人が多いわけだ。


「ただ、働けるのにぐーたらしていたら、それはそれでカルマが減るから、もらうのが当然と思ってはいけませんよ。」


「はい、気を付けます。」


 それから、だんじょん荘や白浜ダンジョンの決まりが書かれた『ダンジョン利用のガイドブック』をもらい、行政センターを後にした。


 部屋に少ない手荷物を置きに行きたい所たが、ウエハースダンジョンしか口にしてない娘がそろそろ空腹の限界なので、フードコートに先に寄る事にした。

 鏡を抜けること3回、フードコートについた僕達は圧倒された。

 広さはドーム球場を遥かに越え、三階建てになっている。

 各階の高さは6mくらいあるようだ。

 3階と2階真ん中に大きな穴が空いていて、穴に近い席は下の階が見える。

 最下層中央には舞台かあり、今日は和服姿の女子高生が琴を奏でている。

 店の数は各階20軒程度だが、1軒が結構大きい、どの店もレジが10箇所以上あり、凄い勢いで会計されてはガンガン料理が運ばれていく。


 時計では10時なのに、席がそれなりに埋まっている、中には仕事が終わって宴会中の探索者もちらほら見える。

 ダンジョンは四六時中明るいので、学生以外は、みんな好きなタイムテーブルで過ごしているのだ。


「ままーっ、おなかすいたーっ。」


 僕は巨大フードコートに圧倒されていたが、娘の声で我に返った。


「えーと、そうだね・・・」


 さすがに娘に何か食べさせないと。

 しかし、お金がないから食べ物をくれとは、なかなか言えない。

 そう躊躇していたときだった。


「おきゃくさーん、お弁当いかがですかー?」


 一目見て女子高生だと思われる売り子が、弁当を売りにきた。


「あっ、すいません。

 でもお金が・・・」


「あらやっぱり、そんな事だと思ったわ。

 それじゃ、お金はいいから、食べた分は他の人が困ってたら助けてあげてね。」


 そう言うと、紙箱に入った弁当を僕達に手渡して去っていった。


「ぱぱーっ、おいしいね、」


 娘は早くも弁当のカツサンドを口に入れていた。


「ちゃんと座って食べようね。」


 席はそこそこ空いている。

 僕達はようやく食事にありつけた。

 人情が心に染みる。


 食事が終わって、僕達は管理会社に向かった。

 そこで部屋の鍵とレンタルの寝具、それと戦闘用に棍棒を受け取る。

 棍棒は、僕のような都落ちには無料で配っている初心者装備だ。


「前はバッテリーも月5000円でレンタルしてたんだが、オリハルコンが乏しくなっちまって、今は新規には貸し出してないんだ。

 まあ、ここじゃ電気なしでも生活できるから、馴れりゃ気にならないけどな。」


 ちなみに、電気が欲しい理由の1位は、洗濯機だそうだ。

 『掃除』の魔法でも十分かと思いきや、空間型ダンジョンは魔力が薄いから効力が薄く、魔力切れを起こすんだそうだ。

 魔力を回復するには、寝るかだんじょん荘から出ないとダメなんだそうだ。


「困ったら、その辺にいる人達に相談するといい、みんなカルマ稼ぎしたくて、すぐ相談に乗るはずだ。」


「はい、ありがとうございました。」


 管理会社から自室に向かう。

 大荷物だったが、事情を察した通行人が手伝ってくれた。


「04370832号室・・・」


 部屋の番号は、鏡にもぐる順番でもある。

 アパート区画の4番の鏡をくぐると、そこは左右に5枚ずつ鏡がある空間だった。

 各鏡の上にはまた番号が書かれてあり、今度は3番の鏡にもぐるのだ。


 そんなのが7回続く。

 3回目くらいの所に水場があったので、水はそこで汲めば良いようだ。


 最後の鏡を通り、間違いなく04370832号室だと確認する。

 入口は普通の扉だったが、扉を開くと鏡になっていた。


 自宅となる部屋は、8畳くらいの部屋とトイレがあるだけだ。

 いや、壁に鏡が2つついてる。それぞれ冷蔵庫と冷凍庫だった。

 頭を突っ込まないと中身を確認できないのは不便だが、それが嫌ならバッテリーと冷蔵庫を持ち込めという事だろう。


 その他にあるのは、薄くて黒い板が8枚だけ、アルミ箔みたいに薄いのに全く曲がらない、これがさっき受付で聞いたアダマンタイト板なのだろう。

 ダンジョンはアダマンタイトと身につけている物以外は何でも吸収するので、うっかり床に物を置きっぱなしにできない。

 生活が安定したら、アダマンタイト板を手に入れるのが次の目標となるだろう。


 部屋に入ってから最初の作業として、管理会社からレンタルした三段ベッドを組み立てる。最後に布団を敷いたら一息ついた。

 娘は横になるなり、そのまま寝てしまった。かなり疲れが溜まっていたようだ。


「あなた、これからどうするの?」


 目を覚ますと、妻から聞かれた。

 どうすると言われても、やることは一つだ。


「さっきの管理会社で武器を借りたから、ダンジョンに行こうと思う。

 スライムなら滅多に怪我しないらしいからな。」


 最低でも食費を稼がなくては。

 と、白浜駅を出る前なら覚悟と呼べるくらい気負っていたが、今は金がなくても何とかなりそうな気がしていた。


「じゃあ、行ってくる。」


 生活の拠点は得られた。

 さて、再起を図るための第一戦、行ってくるか。

 言葉のチョイスがおかしい場合も、誤字脱字報告でお願いします。

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俺もこのダンジョンに住みたいよ
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