無限増殖羊
久々に俺の銀行口座を見たら、残高は258億円もあった。
「さすがに、これは多すぎる。」
世界には、こんなの目じゃない富豪もいるが、異世界を渡ってきた俺にとって、金はそんなに重要ではない。
四条じゃないが、様々な事ができるようになるスキルや、善人を表すカルマも等しく重要だ。
特にスキルは、年を取ると『身体強化』や『暗記』があるかないかで、人生の面白さがまるで違ってくる。
もっとも、ダンジョンマスターの俺は、俺の支配下にあるダンジョンにいる間は、年を取らないんだけど。
「こんなに大金どうしよう。」
「大金で困るなんて、贅沢だな。
俺にくれよ。」
そういう加藤も、年収は1000万円になった。
空き缶集めてたホームレスが、2年ちょっとで稼ぐようになったもんだ。
「家賃・冷暖房・照明・上下水道代全て0円なんだから、これ以上必要ないだろ。」
「まあ、そうなんだけどよ。
オーナーとリンダには負けるぞ。」
「ん?リンダって、そんなに稼いでるのか?」
「ああ、あいつ納税額が10億円越えるくらい稼いでるぜ。」
もともと達飛行機事故で心理的外傷を負った患者のアニマルセラピーとして始まったのがリンダ牧場だった。
それが最近では白浜ダンジョンと並んで、社会的に重要だと認識されていた。
暴力的な元受刑者は白浜ダンジョンで魔物と戦い探索者となり、平和的な受刑者はリンダ牧場が無制限に採用しているからだ。
おかげで元受刑者の再犯率は8%まで低下し、実質の牧場主であるリンダの年収は凄まじい事になっていた。
「そういえば、リンダ牧場って今どうなってるんだ?」
「おいおい、オーナーが書類上の代表なんだぜ、しっかりしてくれよ。」
「だって俺、ダンジョン作るので忙しいし、俺いなくても回ってるし。」
リンダ牧場は、去年の初めまでカピバラは100匹くらい、羊も50頭くらいだった気がする。
一時期は供給が全く追い付かず、ハクビシンとかアライグマが出回ってたが、今では全く見かけなくなった。
今では200万人のだんじょん荘の住人が気軽に食えるくらい羊肉やカピバラ肉が出回ってる。
どう荒く計算しても、繁殖した家畜より出荷した家畜の方が何桁も多いはずだ。
なのにリンダ牧場が供給不足という噂は全く聞かない。
多分、俺が知らないスキルをフル活用してるんだろうけど、不思議でならない。
「今、どんくらい家畜いるの?」
「知らん、本人に聞いてくれ。」
俺は言われるままにリンダ牧場を拡張してきたが、今になってなんか嫌な予感がしてきた。
ダンジョンマスターの権能で広さを調べると・・・うはっ500平方km!言われるままに広げたけど、いつの間にか俺が住んでた横浜市より広くなってる!こんな中からリンダ探すのかよ。
とりあえずリンダ牧場に行ってみると、そこは牧場と言いつつ穀倉地帯になっていた。
「あの、すいません、この辺てリンダ牧場のはずですよね。
何で麦収穫してるんですか?」
俺は、コンバインで小麦を収穫してる農家のおじさんに質問してみた。
「リンダちゃんには許可取ってるぞ。」
なんか農家のおじさんは、責められてると勘違いしたのか、少し喧嘩腰だった。
「いや、別に責めてるんでなくて、あ、俺鈴木元太と言って、このダンジョンのダンジョンマスターです。」
「ダンジョンマスター?」
「ここを作った人です。」
「もしかして、収穫したらまずかったのか?」
俺が何者か知った農家のおじさんは渋面になった。
「それは構いません。
刈った作物をダンジョン内のお店に卸しても大丈夫です。
ただ、海外とかにダンジョン作りに行く事が多くて、ここはリンダに丸投げしてたから、どうなってるのか見に来たんです。」
おじさんは一応納得して経緯を話してくれた。
最初は青いままの麦を家畜の餌にしてたが、24時間四六時中明るいダンジョンのこと、麦の成長が外より明らかに早く、家畜が食べる前に収穫できる状態になる麦が出てきたそうだ。
対するリンダも負けじと羊やカピバラを分裂させて対抗した。
「をゐ!分裂ってなんだよ!羊はスライムぢゃねーよ!」
「さあな、手っ取り早く増やしたかったんだろ?」
どうやらリンダにとって、羊やカピバラはスライムの仲間らしい。
哺乳類ですらないのかよ、俺はそんなもん食ってたのか。
「そうしたら、負けじとダンジョンが対抗してそこいら中から麦を生やして、」
「ちとまてーっ、おとーさんはそんなダンジョンに育てたおぼえはありませーん!」
ちょっと完全放任主義しただけなのに、一体何でそんな楽しい事になってんだ?
ともかく、ダンジョンは麦を生やしまくる事を覚え、さすがのリンダの家畜も食いきれなくなり、余った麦はおじさんが収穫してるんだそうだ。
「それじゃ、製粉所とか必要になるな。」
「え?もうあるぞ。
俺は麦を収穫して、製粉所に運んでるんだ。」
いつの間にか製粉所は作ったらしい、知らないうちに業者が入り込んでるな。
俺は言われるままに、だんじょん荘を増設したり改造したりするだけで、そこが何に使われるかは知らない。
「加藤、俺が拡張しただんじょん荘の部屋を何に使ってるのか知ってる?」
「ダンジョン課や拘置所も絡んでるから、全部は知らないな。」
誰も全貌を知らないのか。
強いて言えばダンジョンマスターの俺だが、俺は俺で各空間の間取りは分かってるものの、そこが何に使われてるかは、毎回意識しないと分からない。
背表紙がない1万の本の概要と場所を把握するような物と言えば少しは伝わるだろうか。
しかも、本と違って中身が書き変わるんだよな。
「既に訳わからない事になってるのか。
まあ、ダンジョンは混沌としてる物だから別にいいけどね。」
「いいのかよ。」
「良いも悪いも、200万人もいれば誰が何してるかなんて分からない。
管理なんて、住んでる人の名前と部屋番号とオリハルコン電池の所在が分かってりゃ、後はゆるくていいんだ。」
すると加藤は遠い目をした。
「そういや、俺も部屋を使ってるのか使ってないのかしか管理してなかった。
後は問い合わせと要望の応対ばかりだった。」
「そんなもんだよ。」
何しろ、空間型ダンジョンは壊れないから、住人が退去した後に修繕の必要がないし、ゴミが出たらその辺に放置すればダンジョンが勝手に吸収してくれる。
空間の結合が弛くなる事が希にあるが、2週間に一度くらい一斉に締めなおせば十分だった。
「おじさん、リンダにはどこに行けば会えますか?」
「さあ、今頃餌場を求めて羊と走り回ってるんじゃないか?」
「牧羊犬かよ。
しかたない、ダンジョンマスターの権能で探すか。」
この、横浜市より広いリンダ牧場から1人の人間を捜すのは手間たが、基本的に大勢の羊を引き連れてるはずだから、目立つは目立つはず。
そう思って探してみたら、100を越える大規模な羊の群れがヒットした。
他にも10頭前後の小さな群れも大量に見つかったが、こちらにはリンダはいないだろう。
逆にひときわ多い群れは10万頭を遥かに越えてる・・・あ、リンダ発見、なぜか羊から頭突きされた。
リンダ牧場はアホみたいに広いので、移動にはトランスポータルの罠を使う。
家畜が間違って使わないように、高さ2mほどの台地を作って、その上に転移の罠を設置しておいた。
なので、遠くからでもどこにあるのかよく分かる。
リンダがいる所まで、3箇所ほどトランスポータルを経由した。
そこで行われていた光景に言葉を失う。
「ていっ!」
一面青い麦が生い茂る中、リンダは頭突きで羊を縦に真っ二つにしていた。
リンダ何してんねん!食用にするにも、こんな捌き方ありか!?
と思ったのもつかの間、真っ二つになった羊は、にゅるにゅると再生を始めた。
スライムか?やっぱりソイツは羊の皮をかぶったスライムなのか!?まさか物体Xの方ではあるまいな・・・
肌色のにゅるにゅるから二本の触手が飛び出し、やがて足に変化する。
残った部分も羊の形に再生し、もとあった半身からゴソッと毛が抜ける。
残ったのは痩せ細った2頭の羊だ。
「おいリンダ、お前いつもこんなことしてるのか?」
「うん、羊さん増やしたり、羊毛集めたり、迷子の羊さんを群にもどしたり、次の餌場まで群を連れて行ったり。」
と、言ってるそばから羊を真っ二つにする。
一時期はPTSDで大変だったが、頭突きで羊を真っ二つにできるほど元気になって何よりだ。
「それ、どういうスキルだ?てゆーか、何で頭突き?何で頭突きで真っ二つになれる?」
「あたしが使ってるのは、『頭突き』『格闘』『衝撃波』『身体強化』のスキルよ。
羊さんと遊んでたらおぼえたの。」
なんでも、羊とのコミュニケーションは、頭突きなんだそうだ。
そういえば、リンダはさっきも羊の頭突き食らってたな。
羊の頭突きは魔物からの攻撃の扱いらしく、身体強化はレベル3まで上がったらしい。
つまりリンダ牧場ができてから、1000回以上頭突きを食らってる事になる、羊飼いってハードだな。
「そんなんで羊が増えるのか?」
「増えるのは羊さんのスキルだから、よく分からないの。」
分裂した羊は、何事もなかったかのように、草をもりもり食べ、しばらくたったら元の体型に戻った。
異様な食欲と回復力だ。羊にしか見えないのに、こいつら何者だ?
「ところでおじさん、何しに来たの?」
「ああ忘れてた。
あまりにもリンダ牧場をほっぽらかしにしてたから、様子を見に来たんだ。」
既に俺の知る牧場とはかけ離れてる。
「ちなみに、今リンダ牧場の羊は何頭くらいいるんだ?」
「分からないわ。
そんなの管理してないもの。」
「羊飼いそれでいいのかよ。」
「いいんじゃない?
おじさんが数えてみたら?多分途中で寝ちゃうと思うけど。」
ダンジョンマスターの権能で数えてみようかと思ったが、いざやろうとしたら、カピバラやケセランパサランまでヒットするので諦めた。
全部数えたら億いくだろうな。
「出荷できるかできないかが分かれば十分じゃない、これだけ多いのに羊さんの数知って何か意味あるの?」
「う~ん・・・無いね。」
俺も国内消費税払うとき、大雑把に金を半分残しときゃ足りるだろと、細かい事考えなかったから人の事言えないけど、リンダも大雑把だな。
「大雑把に羊が何頭いるか分かる?」
「832274頭。」
知らないって言ったのに即答しやがった。
「知ってるじゃないか。」
「おじさんに聞かれてから、『検数』と『並列思考』のスキルで数えたのよ。
この瞬間にも増えたり減ったりしてるから、正しい数は分からないわ。」
「なるほど。」
きっと、さっきのリンダみたいに、頭突きで羊を増やす人が何人もいるんだろな。
「さて、そろそろ出荷するわよ。」
「「メエ!」」
ここからリンダ牧場の出入り口までは、10km以上ある。
一体どうやって羊を連れていくのかと思ったら、リンダがトランスポータル台地に登ると、その後を追うように羊が軽々と2mの台地に飛び乗った。
おい、普通の羊は1mのジャンプが限界だって聞いたのに、台地低いじゃねーか。
いや、ここの羊は普通じゃなかったか。
出産じゃなくて分裂で増えるから、スキルも継承してるんだろう、とんだ品種改良があったもんだ。
食用の羊は、500頭ほどリンダに続き、後は若い麦を食い続けてる。
俺は迷ったあげく、リンダを追いかけた。
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