テレビ出演 前編
鯉淵家では、家族4人で元太が出演する特番が始まるのを待っていた。
もっとも、1人はようやく首がすわった赤ちゃんなので、テレビなんか見てない。
やがてお待ちかねの番組が始まる。
「緊急特番!異世界帰りのダンジョンマスターやりたい放題スペシャルーっ!」
急遽集まったお客さんと、雛壇の出演者が声を上げて会場を盛り上げた。
続けて司会とゲストの紹介が続く。
「そして、7年前に消息を絶った当時15才の少年。
家族や警察が八方手を尽くして探したものの、手がかりは一切なし。
それもそのはず、彼は異世界のブルメキア帝国に召喚され、魔王を討伐!
幾多の異世界を渡り歩き、つい先ごろ帰還を果たしました。
ダンジョンマスター・鈴木元太ァ!」
会場のゲートから、大菩薩嶺にダンジョンがつながった当時の格好で元太は現れた。
「あ、おっちゃんだー!」
テレビに知ってる人が出たので、幼い千代が興奮している。
「元太君本当にテレビに出てるね。」
達也が腕組みをして番組を見た。
元太は異世界召喚され、同じく召喚された勇者パーティーが敗北し、逆侵攻してきた魔王軍をダンジョン内で水責めにし、全滅させたと説明していた。
「鈴木様、その勇者パーティーも、異世界召喚されたんですよね。」
「はい、ただ異世界召喚と言っても世界はバラバラで、地球から召喚されたのは、俺以外だと・・・確かカナダのアルバータ州だったかな、マリアン・マーティンていう女の人が1人だけでしたよ。」
元太はマリアンの特徴を話し、平行してテレビ局が身元を確認した。
すると、元太が語ったマリアン・マーティンは、8年前に本当に失踪している事が分かった。
日本では報道されていなかったので、会場が騒然となる。
「君はマリアンを見殺しにしたのか?」
手品師の男が元太を糾弾したが、元太は気にした様子は無かった。
「俺はダンジョンマスターだからね、魔法もあまり強くなかったし、近接戦闘もイマイチだった。
でも、ダンジョン内では色々なギミックを使いこなせたから、ダンジョンに籠って補給とか退路の確保とか、そういう役割になったんだ。
戦争で前線の兵が死んだから、後方の兵站部隊が責任を取るのって、なんかおかしくないか?」
「でも、同じ世界から召喚されたんだろ?」
「俺だって異世界召喚食らって必死だったんですよ。
彼女とは確かに同じ地球出身だったけど、それ以外は他のみんなと同じく見も知らない他人ですよ。
しかも帰還する方法が無いんですから、出身がどこかなんて気にして人間関係を選んでたら、生き残れないですよ。」
「でも、結果的にあなたは帰って来れた。」
「あの当時は空間型ダンジョンなんて発想無かったから、帰還不能の認識でしたよ。
確かに結果的には帰って来れましたけど、この方法で本当に帰って来れるか分からなかったんですから。
正直、通信機も海図も羅針盤も持たずに太平洋を横断する方が、よっぽど堅実だと思いますよ。」
そこで司会者が仲裁に入り、ゲストの渡辺弁護士の見解を聞いたところ、元太には責任なしとの見解だった。
他のゲストもそりゃそうだとうなずいている。
「自分のダンジョンを完全に水没させるなんて荒業がたまたま効いたから生き残れたけど、水中で戦える種族がいたら、俺も死んでましたよ。
生き残るだけでこっちは必死です!」
それから、なんとか空間型ダンジョンを開発し、いくつかの異世界を渡り歩く話をする。
帝国の次の異世界では「援助してやったんだから」と戦争に連れて行かれそうになり、隙を見て空間型ダンジョンを作って逃げた話をした。
「その経験から、たっぷり備蓄する事にしました。
結果大量の貴金属を保有したら、今度は帰国した瞬間国内消費税を1兆円払えない状態になりましたけど。」
「法的には密輸状態じゃないか!」
くだんの手品師が大声で再びなじる。
「渡辺弁護士、これはどうなんでしょう。」
「そうですね、個人に1兆円払えと言っても不可能ですし、かといってそれをもって逮捕したら、異世界から帰って来るなと言っているに等しいですからな。
法律には異世界とかダンジョンとかの定義がありませんから、リュックのダンジョンを外国と解釈すれば、許可なく物を出さない限り、とりあえずは違法性はないんじゃないでしょうか。」
「しかしダンジョンには政府がありませんから、外国というのは無理があるのでは?」
「公海や宇宙および南極大陸みたいな扱いにすれば良いと思います。」
現状ではこれがベストだと渡辺弁護士はドヤ顔だ。
「しかしそれだと、せっかく俺が持ち帰った資源は国内に卸せませんよ。」
「お金を貯めて、少しずつ輸入手続きするしかないでしょう。」
「現行法じゃそうなりますよね。」
ゲストもみんなそうだろうとうなずいた。
ごく一名を除いては。
くだんの手品師だ。
「ちょっと待て、君は市場にどんだけ金を流す気だ?」
「それは国内消費税を払えるまで何トンでも売りますけど。」
「そんな事をしたら、金の国際相場が大暴落するぞ!」
「でも、現行法を守るなら、やるしかありませんよ。」
実際にやったら、金相場が落ちると困る国が買い支えるだろう。
それでも、国際社会は一時的に混乱する事は想像に難くない。
今回はただの難癖ではなかった。
「俺としては物納でもいいんですけど。
いっそ超法規的措置とかいって、税金相当の金を物納にしてほしいですね。
めんどくさいなら、金だけ全部物納して、それで税金関係は解決でもいいんですけど。」
「法の枠を越える超法規的措置は、法治国家として信用を落とすから、選択肢としてありえませんよ。」
過去にはダッカのハイジャック事件などで、犯人の要求を飲むときに使われた超法規的措置だが、もう半世紀近くも超法規的措置は取られていない。
「なので、立法を待つのが賢明です。」
「それじゃ、次の国会で法律が通らなかったら、金をガンガン売りまくって消費税を賄うようにします。
それまでは細々と準備しますか。」
こうして元太は、さりげなく国に圧力をかけるのだった。
話が一段落したので、ここで一旦CMが入る。
「異世界帰りのダンジョンマスターやりたい放題スペシャル。
大地君は鈴木様にお願いがあるそうですね。」
「はい、僕はダンジョンを見たいです。」
CMが終わり、開口一番お願いしてきたのは、子役で有名な大田大地君だ。
今回はCMを入れて事なきをえたが、この子は、生放送中に話がこじれた場合、子供の立場を利用して、空気を読まず強引に本筋に戻すように、プロデューサーによって送り込まれた工作員だ。
身の丈に合わない椅子に座り、足をブラブラさせてるその姿からは想像できないが、これでも二桁のドラマに出演してきた幼きベテランである。
大地君の強引なおねだりに応えるように、スタッフは1m四方のベニヤ板を運んできた。
「では、このベニヤ板にダンジョンを作りますが、その前に出演者の方々には、仕掛けが無い事を確認していただけますか?」
ダンジョンマスターの権能に種も仕掛けもないのだが、出演者の皆さんにはお約束的にベニヤを調べてもらう。
「では、このベニヤにダンジョンを作りますが、このまま床に置いたら、スタジオの奈落から物を出し入れしてるように見えますので、ズゴックマン元帥のおなかの上にのっけて、ダンジョンを作ってみましょう。」
ズゴックマン元帥と呼ばれたデブキャラのお笑い芸人は、スタジオの床に横になると、太鼓腹の上にベニヤ板をのせた。
そこでアイドルの本多三咲がとんでもない事を言い出した。
「ねえ、服を着てると種があるように見えない?」
その一言に反応し、ベテラン芸人の三遊亭マッチョがズゴックマン元帥のズボンを脱がしだした。
「おいこらーっ!いきなりフルチンはNGだって!これ生放送!なまほーそーっ!」
抵抗むなしくズボンを取られてしまう。
その下は競泳用の海パンだった。
「初めから脱ぐ気やんか!」
ベテラン芸人のツッコミに会場が沸く。
そんな仕込みもあり、けっこう和気あいあいと準備が進む。
海パン姿のズゴックマン元帥の太鼓腹にベニヤが乗せられ、ついにその時が訪れる。
「ダンジョン創生」
ダンジョンマスターの権能で、ベニヤに80cm四方の鏡のような四角が発生した。
この程度なら手品でも再現可能だ、少し遠巻きに見ていた手品師2人もまだ落ち着いている。
「では三咲さん、このダンジョンに手を突っ込んでください。」
本多三咲がダンジョンに手を突っ込むと、ズゴックマン元帥が「あっ、あっ!」と声を上げる。
「変な声出すなや!」
「だって、くすぐったいんだもん。」
「そら、ワシがくすぐっとるからな。」
「ちょっとーっ!」
半ギレしてみせるズゴックマン元帥、組んだことは無いものの、この辺の小技をとっさに出せる辺りは、やはりプロの芸人同士といった所か。
芸人同士の掛け合いの中、本多三咲はダンジョンに手を肘まで入れてる。
その表情は驚きに満ちていた。
「うそ、本当にこの鏡の先に空間がある。」
ベニヤ1枚挟んでるとはいえ、アイドルがデブ芸人の腹に肘まで突っ込んでる絵ヅラは、異様だ。
「でも、たしかこの中って、撮影できないんですよね。」
彼女も臨時ニュースを見たようで、ダンジョンに入る瞬間にカメラの電源が切れるのを知っている。
だが・・・
「それなんですけど、ダンジョンにカメラ入れた後に電源入れれば、大丈夫なのでは?」
そんな事を言い出したのは、スマイルアップの中野シロウだった。
「そうですね、やってみましょう。
入り口の大きさ的に小柄な大地君あたりがいいでしょうか。」
「おっ、始めてのダンジョン探索か!じゃあ武器とかも持っていかんとな。」
三遊亭マッチョが適当に並べられたセットの中から、脇差し(模造刀)を勝手に持ち出した。
スタッフも大急ぎで視線カメラを用意する。
渡辺弁護士がどこか羨ましそうだ。
その間、手品師2人はダンジョンの入り口に手を突っ込んで、驚愕しては互いに顔を見合せたりしていた。
脇差しと視線カメラを装備した大地君は、ロープでダンジョンに下ろされる。
しばらくして、ダンジョンの入り口から脇差しを持った手が出てきた。無事到着したようだ。
大地君の撮影は少し時間がかかるので、その間に話題は魔法に移った。
「魔法を実演するにしても、いちいち効力が高すぎるんですよ。
『点火』の魔法なんか火柱が上がっちゃって、警察署の火災報知器鳴らしちゃいましたし、『微風』の魔法は本来うちわ代わりの魔法なんですが、怖いから最初は風洞実験場でもないと使いたくないですね。」
「それじゃ、バフかけるような魔法とかどうですか?」
渡辺弁護士がそんな事を言い出した。
「そうですね、『筋力強化』あたりなら大丈夫そうですね。
ちょうど半裸で寝っ転がってる方がいますから、魔法をかけた彼にベンチプレスしてもらいましょうか。」
「えっ!俺この状態からまだ仕事すんの!?」
非難の声を上げるズゴックマン元帥だったが、どこか嬉しいそうだ。
「あの、だったら私がやってみたいな。」
本多三咲の無情な一言にズゴックマン元帥が露骨に残念そうになった。
「人の仕事取るなーっ!」
「お前どっちやねん!」
三遊亭マッチョのツッコミに、会場の雰囲気は和やかになった。
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